入院日記~手術~

前回のあらすじ「入院日記~検査~

手術日が2月5日に決まった。
前日から入院をして、一週間ほどで退院できるとのことだったが、なんせこれだけの期間入院するのは初めての経験なので、正直、手術よりも入院生活への興味の方が強かった。

2月4日
病院に向かうと、入院受付は廊下まで人が溢れるほどの大盛況。整理券を手に取ると20人待ち。およそ30分ほどかかって、ようやく入院の手続きを終わらせた。
病室は4人部屋。正面のベッドは空いていて、斜め向かいの老人はほぼベッドに寝たまま。隣は30代半ばぐらいの兄ちゃんだろうか、やたら忙しなく部屋を出たり入ったりしている。
この日は翌日の手術に備えるだけなので、ベッドの上でスマホを弄ったりテレビを見たり、時々廊下を歩いたりして。
これが一週間も続くのか。本とか持って来ればよかったな。まあいいや。明日面会に来る親父に差し入れ頼もう。

2月5日
いよいよ手術当日。
手術は8時半から。6時までは水分を摂って良いということで、5時半には起きて歯磨きなどを済ませる。こういうときはなぜか、目覚ましに頼らなくてもそれなりの時間に目が覚める。不思議だ。
8時15分ごろ、両親が面会に来た。
「差し入れだ」と言って親父が紙袋を手渡す。受け取って袋から本を取り出すと、芸術新潮の「21世紀のための三島由紀夫入門」特集だった。いまから腹にメスを入れるというのにどんな冗談かと思ったが、どうだ、と言わんばかりの親父の顔を見て、ありがたく受け取る。
「まだ全部読んでないから退院したら返せよ」
わかったよ。

時間になり手術室へ向かう。てっきりベッドに乗せられて運ばれるのだと思ってたら、歩いて向かうという。手術室まではけっこう長く、3分ぐらいは歩いただろうか。それが良かったのか、意外なほど緊張はなく、冷静に、新鮮に、目に映るものを眺めていたように思う。
手術は全身麻酔で行われたので、当然だが気が付くと終わっていた。とはいえ、術前に噂で聞いていたような「瞬きしたと思ったら終わってた」とかいう感覚ではなく、麻酔から覚めるときは睡眠から目が覚めるのと同じような感覚だったし、なんなら夢も見ていたような気がする。どんな夢だったかは思い出せないけれど。
4時間の手術の後、この日はただただベッドの上で過ごした。

2月6日
前々から「翌日にはもう歩ける程度の手術」と聞いていて、昼過ぎには点滴や尿道カテーテル(そう!あの憎き尿道カテーテル!なぜか今回はまったく痛くなかったのだ!)を抜いてもらう。
自由に動いても良いということだったが、手術痕はまだ痛みがあり、腹筋に力が入るような動作は少し辛い。とはいえ、手術翌日にほぼ不自由なく一人で何でもできるというのは、なんと有難いことか。
医療って凄い。

そして前日は気が付かなかったが、同室の2人がすでに退院したようで、この日から4人部屋を1人で使うことになった。ラッキー。いくら自由に動けても、いろいろ気を遣いながらというのはやっぱり息苦しい。

夜になると身体が熱っぽくなってきた。体温を計ると38度6分という高熱だったが、咳やノドの痛みもなく、もちろん味覚や嗅覚も正常。風邪の類ではなく、おそらく手術痕によるものだろう。ということで安心はしたが、念のためこの日は早く寝ることにした。
ベッドに横になってすぐ、そうだ、アイスノン枕もらおう、とナースコールに手を伸ばしたそのとき、お腹を庇って変な腕の伸ばし方をしたせいか、左肩の筋を痛める。とんでもない激痛。
いや違う!今日はそこじゃない!ブレるから!いろいろブレるから!なんてセルフツッコミをしながら、無理やり寝た。
翌朝起きると、熱と左肩の痛みはきれいに治まっていた。

2月7日
この日の午前中に、残っていたドレーンも抜いて、もうほぼ完全に自由の身となる。こうなると、もうヒマでヒマで仕方がない。
親父の差し入れの三島由紀夫入門も、あらかた読んでしまった。入院中に読むもんじゃないだろこれ、なんて思っていたが、読み終わったころには生と死についての新境地を見た気がしたので、これはこれで意味はあったのかもな、なんて。

まだまだ時間はたっぷりあるので、雑誌かマンガでも買おうと院内のコンビニへと向かう。
「ミナミの帝王」や「クローズ外伝」に手が伸びそうになるが、マンガでは時間が潰せないなと思い留まり、文庫本のコーナーに目をやると、オードリー若林の「社会人大学人見知り学部 卒業見込 完全版」が目に飛び込んできた。今度は迷わず手に取り、レジへと向かった。
ダヴィンチで連載していたのは、もう10年も前のことになるのか。これが単行本化された時点で、オードリーの地位はすでに揺るぎないものだったと思うが、現在の立ち位置を踏まえた上で読んでみると、またさらに面白いものがある。
ちなみに、三島由紀夫入門で案内役として三島著書の解説をしていた平野啓一郎の"ディブ(分人)"という概念が、社会人大学~にも出てきて、この本を手に取った巡り合わせのようなものを感じてしまった。

2月8日
手術痕の痛みはまだ若干残るが、もうほぼ問題ないと言っていいだろう。
肝心の血圧は、最高血圧がおよそ130前後。まだ高血圧と言われる範囲ではあるが、一ヶ月ぐらい様子を見ながら、140を超えたときだけ薬を服用しましょう、ということだった。

早いもので、明日にはもう退院となる。
手術という選択が正しかったのか、正直なところ分からないし、いまさら考えても仕方のないことではある。
まあ、もし血圧が下がらなかったとしても、この半年ぐらいの経験はきっと人生を豊かにするんだろうな。

退院したら、まずは本屋で三島由紀夫の本でも買ってから帰るとしよう。

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