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西遊記ソムリエによるあなたのための「西遊記」選び

 中国古典文学 「西遊記」に興味がでてきたそこのあなた、こちらへどうぞ。
推しが西遊記の役をやるからこの機会に西遊記原作を読んでみようかと思ったそこのあなたもこちらへこちらへ。

  巷には「西遊記」と名の付く本があふれかえっています。派生作品を含めると星の数ほどあります。

 読んでみようとは思ったものの、一体どの本から手をつけたらいいのかわからないというあなたのために、あなたのための西遊記を選ぶお手伝いをさせてください。 

オタクは最初に目にしたものを親だと思う習性があるので、どの西遊記から履修を始めるかが非常に大事です。

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孫悟空

 まず今、日本で読める全訳本は二種類。

 ただし、かなり長いし同じようなエピソードが続く場面も多いので、普段読書をしない人にはとっつきにくいかもしれないのと、まだ西遊記の面白さに目覚める前に途中で飽きてしまう可能性があるので、全人類にオススメするにはややハードルが高め。
 まずは悟空×三蔵関係のエモさと、互いに協力しつつも足を引っ張り合いつつぺちゃくちゃ喋りながら旅をする一行の可愛さをとりあえず味わってほしいので、全訳本の紹介は後に回します。もちろん、「最初っから全訳読んでやんよ。かかってこいやぁ。」という強気のあなたにはぜひ全訳を読んでいただきたいです。(後で紹介するね。)

 では、全訳本が2種しかないのに、巷にあふれている「西遊記」の本は一体何なのかというと、訳した人の解釈や創作が混じっている翻案や創作本(創作が含まれていても「西遊記」というタイトルなのでややこしい)だったり、原作にわりと忠実には訳していても天竺に向かうまでのエピソードが多すぎるので、どのエピソードを収録するかで訳者の好みが入ってきたりする一部翻訳本であったりします。
 西遊記初心者には全訳本よりも創作本や一部翻訳本から入る方がオススメです。


 まずは原文になるべく即した一部翻訳本を三冊紹介します。


① 「西遊記」 伊藤貴麿編訳 岩波少年文庫版 上中下巻 1955 年

 訳文はオーソドックスだが、1955年が初版なので文体がやや古いが気にならない人は気にならない。完訳版以外の本としては一番多くのエピソードを盛り込んでくれている可能性あり。(atこぶた比)三蔵出生の秘密が詳しく書いてある。
 行間から悟空×三蔵の関係を妄想できる余地あり。三蔵が悟空を「悪ザルめ」などと呼んだり、少々口が悪いところが非常にチャーミング。



② 「西遊記」 君島久子訳 福音館書店  上中下巻   1975年
 文庫版とハードカバー版があるが、ハードカバーはかなりデカくて重いので文庫の方がオススメ。エピソード収録数も岩波少年文庫に次いで多い。格段に文章が読みやすく、悟空×三蔵の関係も所々非常に萌える訳が散りばめられている。小ネタとしては、悟空が偉ぶるときに「孫さん」、「孫様」と自称するのが可愛い。非常におすすめ。小説を読み慣れている人はまずはここからどうだろうか。


③ 「西遊記」 君島久子訳   講談社 少年少女世界文学館23巻 1987年
 小学校高学年向けなので難しい言葉や中国古典の知識等に注釈も入っていて非常に読みやすい。1冊で完結しているので分量的にもサクッと読めるし、西遊記の全体像をざっくり知るためにまず手に取るのには最適。ただし、子ども向けだからか、三蔵が女難に遭う話や三蔵が妊娠する話など一部読者にぶっ刺さるエピソードは未収録。

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玄奘三蔵


次は、筆者による創作が多めの西遊記を四冊紹介。

 訳ではなく「作」であるため、天竺に向かうおおまかな流れは原文と同じだが、筆者の解釈がかなり強く出てくる。


④ 「西遊記」 邱永漢作   中央公論社 全8巻 1959年
 Kindleで読めます。天界を政治の世界に例えており、その際に「キャバレー」「ゴルフ」などの単語が出てくることがあり、時代を感じる。印象としては三蔵一行の道中よりも、天界の人間関係を描くことに力をおいている印象あり。悟空は三蔵とのつながりよりも八戒や悟浄と共に三蔵の愚痴を言い合う関係性が強い。
 藤城清治氏の挿絵がエモくて美しい。


⑤ 「西遊記」 渡辺仙州編訳 偕成社 上中下巻 2001年
 こちら「編訳」とは書いてあるものの、「釈迦如来の血の染み込んだ岩から孫悟空が生まれた。」など原文にはない設定が多い。筆者によれば、これは原文にはないものの中国や台湾では一般的に知られている俗説とのこと。さらに特筆すべきは玉竜。中国では一般的に白竜と呼ばれているそうであり、まず「白竜」と呼ばれ、彼を裏切った許嫁とのすったもんだが丁寧に描かれる。(完訳版にも白竜の許嫁の描写など一切入っていない。)著者の創作なのか、中国では一般的な俗説なのかわからねえが、そもそも西遊記の成立自体が取経伝説を下敷きに民間で講釈師や演劇で目や耳を引く表現を取り込んで熟成してきたものなんだから、まあ面白ければなんでもいいってことらしい。懐深い西遊記。
 登場人物がでてくるページにその人物絵が載っていて、想像しやすい。(登場回数一回、しかも名前しか出てこない人物までキャラデザしてあるので畏れ入る)


⑥  「西遊記」 斉藤洋作 理論社 1-14巻(2022.2月現在)  1巻2004年
  いわゆる萌え訳と私は解釈している。原文を補完するような形で悟空×三蔵の関係を書いており、悟空が三蔵大好きっ子であるのが明確に描かれる。三蔵の一番になりたい悟空が可愛い。さらに特徴的なのが悟空が天界に反抗心を持ち続け、妖怪にだってそれぞれの立場があるんだからと、妖怪の肩を持ちたがる点。
 とりあえず悟空×三蔵の可愛い師弟関係を可及的速やかに楽しみたい方は2巻から読み始めるのがおすすめ。ただしまだ完結していない(2022年2月時点)のが難点。次巻が待ち遠しい。


⑦ 「西遊記」 平岩弓枝作 毎日新聞社・文春文庫 上下巻  2007年
 孫悟空がきかん気の小猿でとてもかわいい。三蔵法師が手際よく小猿を手なづけているような感じの悟空×三蔵関係になっている。猪八戒が妖怪に成り下がる前、天界では屈指の色男だったなど、興味深いエピソードを盛り込んでいる。特に花果山の山神と悟空のエピソードは悟空が可愛すぎて泣ける。原文にない萌えを読みたいときにおすすめ。

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猪八戒

そして、全訳版はこちら。何回も言うけど、長いよ。あきらめないで。


⑧「西遊記」 太田辰夫・鳥居久靖訳 平凡社 上下巻 1960年
 中国の明の時代の西遊記をダイジェストにした清の時代の本(「西遊真詮」)の完訳。ダイジェストにしたといっても、多くは詩の部分を削っただけなので上下版だけどかなり長い。訳文はオーソドックスで読みやすい。注釈も基本に忠実。現在のところ中古本でしか手に入らない。図書館にはきっとある。


⑨ 「西遊記」 中野美代子訳  岩波文庫 全10巻  1986年
  ダイジェストにする前の本(「世徳堂本西遊記」「李卓吾先生批評西遊記」)の完訳なのですさまじく長い。西遊記を確実に好きな人でないと途中でくじけるかもしれない。中野先生の解釈は、三蔵の表向きの目的は取経だが、秘められた目的は有子精(精液)を取りに行くことということであり、解説を細かく読むと面白い。
 1−3巻は中野氏の師匠である小野忍翻訳版もある。(小野氏逝去により、中野氏が翻訳を引き継いだ。)


沙悟浄
(河童ではない)


 さあ、今度は推し役がいるオタクへ。

  推しのやった役が活躍する本を読みたいんだけどどの本を選べばいいのかわからない、というあなた。わかる、その気持ち。俺に任せろ。


三蔵推し:やはり三蔵出生の秘密が載っている本がおすすめなので、①・⑧あたりはどうだろう。
 原作の三蔵は軟弱ですぐに妖怪に捕まり、すぐに泣き、すぐに怒る。悟空には厳しいわりに八戒の軽口にはすぐにだまされる。



悟空推し:どの本を読んでも活躍するが、可愛い悟空が良いなら⑦、カッコいい悟空が良いなら⑥の創作から入るのも手かもしれない。ハマってしまってから①・②あたりは読んでほしい
 原作の悟空は智力武力ともに最強で、しかも面倒見がいい、猿の王様。三蔵の身の回りの世話から妖怪からの救出まで一番乗りで駆けつける。愛なんだよ。愛なんだ。



八戒推し:どの本を読んでもわりと小狡いので面白い。カッコいい八戒がみたければ稀柿衕でもりもりご飯を食べて大豚になって道を切り拓くところをぜひ読んでいただきたいので、①・②をオススメする。
 原作の八戒は欲という欲を詰め込まれた夢のキャラ。一番キャラが立っている。


悟浄推し:どの本を読んでもあまり活躍しないので、ここはいっそのこと中島敦の「悟浄歎異」を読んでほしい。悟浄視点で三蔵一行の様子を書かれた文章が最高にキレキレなのでぜひおすすめしたい。著作権切れてるので無料で読める。本編では師匠を助けてもらった恩義があるからと、囚われた姫のために命がけで嘘をつく宝象国のシーンが胸熱である。このエピソードは③でも載っている。(①、②はもちろん載っている)
 原作の悟浄はわりと影が薄い。よくケンカする悟空と八戒の仲裁役という立ち位置でいることが多い。ちなみに河童キャラは日本のみの創作。西遊記好きな人は絵本の西遊記ですら悟浄が河童だと怒りだすので要注意。(人による。)


玉竜推し:断然⑤。玉竜の許嫁とのエピソードは読んでほしい。原作での本文では、女装して舞踏しながら敵妖怪(宝象国の黄袍怪)と戦うシーンと薬のためにおしっこするシーン(朱紫国)がイチ押し。③でも載っているが、①、②の方が描写が細かいのでオススメ。
 原作の玉竜は竜王の息子。馬になっている時はあまりしゃべらないが、危機の場面になると動いてくれる。


 以上、西遊記ソムリエによるあなたのための西遊記紹介でした。これを機会に西遊記の本を手にとっていただけたら嬉しいです。そして西遊記の面白さが沢山の人に広まっていったら嬉しいし、あわよくばですけど悟空×三蔵沼の住人なので空三好きな人が一人でも増えてくれたら狂喜乱舞します。なにとぞなにとぞ。









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