見出し画像

西遊記どの訳が好きか―空三で読み解こう⑤


さあ、もう第五弾。旅もいよいよ後半戦にさしかかってきました。

空三ももう両想いだしね?気持ちは通じ合っているのにちょっとしたことからすれ違うBLあるあるを楽しんでいきましょう。

この試みは、三蔵一行の旅をさまざまな訳ver.で味わいながら悟空×三蔵、すなわち空三関係の進展を見守っていくことです。

今回はあの有名な西梁国の三蔵女難エピソードがあるから大興奮だね。読み解くのが楽しみ楽しみ。


さて、今回も前回同様、この三冊から引用します。

  ①岩波文庫版 中野美代子訳「西遊記」

   6巻(1990年)

  ②平凡社版 太田辰夫・鳥居久靖訳     

   「西遊記下」 (1972年)

  ③福音館文庫版 君島久子訳

   「西遊記中」「西遊記下」(2004年)

 (①は明の時代の本「世徳堂本西遊記」、

   「李卓悟先生批評西遊記」の完訳本、

  ②は明の時代の本をダイジェストにした

   清の時代の本「西遊真詮」の完訳本、

  ③は一部のエピソードが未収録の部分訳本です。)


金とう(山篇に兜)山の独角兕の○に苦しめられる回


今回は金とう(山篇に兜)山の独角兕のエピソードからですね。(悟空が地面に大きな○の結界を描き、「この丸の外に出ちゃいけませんよ」と言ったのに、三蔵たちが勝手に外に出てしまい妖怪にさらわれる、あのエピソードです)
独角兕エピは③でまるっと省略されているので、①②の比較でいきます。

独角兕は金剛琢という不思議な輪を持っていて、相手のすべての武器を吸い込んでしまいます。三蔵とおとうと弟子たちを救い出そうと奮闘した悟空も頼みの綱を如意金箍棒を奪われてしまい、一人で意気消沈するシーンです。


まずは②

「お師匠さま、わたしの願いはあなたさまと― 
 同住同修 同じく解脱し
 同縁同相 神通を顕わさん
 豈料(あにはか)らんや如今 主杖(よるべ)無く
 空拳赤手 いかで功を施さん」

 素敵な漢文の匂いにくらくらしますね。
 「同住同修」ですよ。いっしょに住んで一緒に修行してるんですよ。
 「同縁同相」ですよ。運命共同体ってことですよ。やだもう、好き。
 師匠のことを「主杖(よるべ)」と呼ぶんですよ。おれの人生を支える杖なんですよ。あのなんでもできるつよつよの猿のくせに。
 そして如意棒を奪われてしまった徒手空拳ではどうやって助けたらいいんだ、と嘆いているわけですね。

次は①。こっちは書き下し文なので、こっちの方がとっつきやすいかな。

「お師匠さまァ!おれさまの願いはですね、あなたと―
 仏恩の徳と情けのおかげもて
 生まれも育ちもみなともに
 暮し修行し解脱もいっしょ
 慈わり慕いつ神通を顕わす
 同じ縁と助けあい心は一つ
 経験も同(おんなじ)ならば道また通ず
 噫(ああ)それなのに今は主杖(つえ)なく
 徒手空拳じゃ再起の術なし!」

最初の「お師匠さまァ!」と気持ちを抑えられず呼びかけてるのがたまんないですね。

「慈わり慕いつ」ですよ。いたわり、したっているんですよ。あのなんでもできる神猿は、師匠のことをいたわって、したっているからこそ「神通を顕」せるんですよ。
「心は一つ」の師匠と弟子がいるからこそ、天竺への「道また通ず」。つまり師弟が揃っていなければ天竺にたどり着けないんですよ。師匠がいなければどうしたらいいんだーっていう悲痛の詩ですね。ああ、味わい深い。


さて、独角兕を倒すために援軍を呼んでくる悟空ですが、「だれにしようかな」のシーンを①から。

「はてな、天界にはこの孫さまの足もとにも及ばないやつばかり多くて、強いやつは少ないんだ。おれさまが天界をさわがしたときだって、玉帝は十万もの天兵をつかわし、天地に洩れなく布陣したけど、ひとりたりともおれさまにかなわなかったじゃないか。あとで小聖二郎をひっぱり出して、それでどうにか勝負になったんだ。今度の化けもんときたら、その孫さまよりももっと強いらしいんだぞ。勝てっこないじゃないか!」
(中略)
「(略)じゃあ、玉帝に申しあげてもうらうとするか。托塔李天王と哪吒太子のふたりだけでけっこうです、とな。(略)」

「小聖二郎」というのは二郎真君のことです。
悟空がとりあえず天界で頼りになる将として、托塔李天王と哪吒太子と選ぶの、熱いなーと思います。可愛い親子。
真君を選ばなかった理由は述べられないのですが、霊霄殿にはいなくて灌口にいる設定なので駆けつけるには遠かったから、なんですかね。


さて、再び独角兕と戦うシーンですが、その場面で悟空が語る長い詩があるので、紹介させてください。(私は読み飛ばしててフォロイーさんに教えて頂いたやつです)

①です。

「このろくでなしの化けもん!おれさまの腕前を知りたいのなら、ちょいとこちらに近づきな。てめえに聞かせてやろうじゃないか―
 ガキの時から計略たくみ
 この名は天地に響いている
 (中略)
 かくして孫さま五百年も
 飲み食いできずに山の下
 そこへ来られた三蔵法師
 西天の仏を拝す旅の途次
 まことのお経を持ち帰り
 唐の衆生を救う旅とか
 観音は仏の帰依すすめ
 もはや無法をするなとて
 おれを自由にしてくれた
 おれいま聖なる旅してる
 てめえつまらぬ術やめて
 尊い師匠をば返しやがれ!」

れをゆうにてくれたっ
れいまいなるびしてるっ
ライム刻んでんのか、ぐらいにリズムが良い。
口に出して読みたい日本語No.1じゃないですか?
「おれいま聖なる旅してる」って悟空の口から語られるの何という尊さ。妖怪風情が汚い手で邪魔しちゃならねえほどの聖なる旅してんだよ、という自負。
そして最後の「尊い師匠をば返しやがれ!」の迫力。
悟空にとって師匠は尊いんですよ。ほんとうに。強い妖怪だかなんだかしらねーけど、お前に邪魔されていいようなテキトーな旅じゃねえんだよというまじり気のない怒りが感じられて、ほんとうに素晴らしい。(と読み飛ばしてしまった私が語る)

一方の独角兕も返せと言われて返すはずもありません。悟空を煽ります。
まずは②

「あの三人の坊主ならもうきれいに洗って、間もなく屠ることになってるんだ。きさまも、よほど進退を知らんやつだな。早く帰れ!」
 悟空、聞くより烈火のごとくいきどおり、身構えするなり、拳を振り回して、魔王の面を取ろうとする。

きれいに洗っちゃったんですかあ。それ誰にやらせたんですかあ。三蔵洗い担当の妖怪を突き出していただければ問答無用で悟空が殺しますね。

①はもうちょっと展開が熱いので、見てみましょう。

「三人の坊主はな、もうとっくにごしごし洗ってしまったよ。おっつけさばくことになるだろうよ。これでもまだものの道理がわからんか。帰れ!」
 悟空は、「さばく」ということばを耳にしたとたん、あたまに血がのぼりました。もうじっとしていられません。パッと身がまえ、こぶしをふりまわし、斜から攻めて魔王の顔にフックを入れようとします。

さっきも腹を立ててましたけど、今回の訳だと「さばく」という言葉に血が上ったことがはっきりわかりますよね。師匠を餌のように言及されてキレる悟空、最高じゃないですか。師匠のことでキレる猿、ほんとうにありがたい。

そして独角兕を退治した後、三蔵が感謝をする場面

 そこで三蔵、
「悟空よ、そなたにはほんとに苦労をかけたな。礼の言いようもない思いだよ。あのまるから出さえしなければ、こんなにひどい目には遇わなかったろうにな」
 そこで悟空、
「お師匠さま、ほんとのことを言いますぜ。あなたがおれさまのまるを信用しなかったばっかりに、おれさままで魔王のまるにかかってどれだけひどい目に遇ったことか!いやはや、情ないこってすよ」
 すると八戒が、
「へえ、ほかにもまるがあったのかい?」
と言いますので、悟空はどなりつけました。
「この口ぎたないうすのろめ!なにもかもおぬしのせいなんだぞ!お師匠さまはとんだ災難にまきこまれるし、おれさまは天地をひっくち返すほどの大さわぎをやらかしたんだ。(中略)如来が、やつの本性について羅漢に暗示し、それを羅漢がおれさまに言ってくれたんで、やっとこさ老君にたのんでとり押えてもらったんだぞ。あの妖怪め、なんと青牛の化けものだったんだ」
 三蔵はそれをきき、感激にたえぬ様子で、
「そなた、ほんとうに賢い弟子だ。こんな目に遇った以上、以後はきっとそなたの言うことをきこう」
 それから四人は、その托鉢のご飯を分けあって食べたのですが、暖かくて湯気がほかほか出ているのです。
「托鉢してからなん日もたっているのに、まだほかほかしてら。なぜだろう」
と悟空が言いますと、土地神がひざまずいて申しますには、
「てまえ、大聖さまのお仕事がすんだと知って、ご飯をあたためてからお伺いしたわけでして―」

悟空の描いた結界から出よう出ようとごねて三蔵をそそのかしたのは八戒なので、悟空は八戒にものすごく文句言ってます。
三蔵の「そなた、ほんとうに賢い弟子だ。こんな目に遇った以上、以後はきっとそなたの言うことをきこう」というお礼の言葉、ありがたいですよねえ。でも、お前その言葉、よく覚えておけよなwどうせまた悟空の言うこときかねえくせにな。

小ネタなんですけど、私この場面で斎をあっためて持ってくる土地神がわりと好きなんですよ。数日前の斎ですよ?詳しくは言わないけど、おそらく悪くならないようにおそらく冷蔵庫で保管しておいて、レンジでチンして持ってきてくれたんですよ。ほんと気の利くレンジ土地神だな。

②では、

三蔵、
「悟空よ、ずいぶんやっかいをかけたな。なんと礼を言ったものやら。初めから、そちの描いた輪から出なければ、かような死ぬほどの目には会わなかったものを」
 悟空、
「あなたがわたしの輪を信用されなかったばかりに、わたしまで魔物の輪でひどい目に会いましたよ。まったく情けないことです」
 そして八戒をしかりつけて、
「みんなきさまみたいなばかもののせいだぞ。おかげで師匠はこの大難に会われるし、おれは天地もひっくりかえるほどの大騒ぎをやって(中略)釈迦如来があいつの生まれを示してくれたので、ようやく太上老君を頼んで降伏させてもらったのだ。知ってるか、あれは青牛だったのだぞ」
 三蔵は、それを聞くと、しきりと感嘆し、悟空に向かって言うのであった。
「そちはほんとうに賢い弟子だ。今後こんな目に会ったからには、これからは、かならずそちの言うことを守るとしよう」
 そこで四人で土地神の差し出したご飯を食べようとすると、ほかほかして湯気が立ちのぼっている。悟空は尋ねた。
「この飯はたいてからいく日もたっているのに、どうしてまだこんなに温かいのだ」
 土地神はひざまずいて、
「わたくし、大聖さまの仕事がすんだのを知りまして、ただ今、自分で温めて来たのです」


細かい点ですが、結界を「まる」というか、「輪」というかでだいぶんと響きが違うなあと思います。
平凡社版の方が、この場面は丁寧な口調ですね。レンジ土地神もさっきは村のおじさん感あったけど、こっちはこじゃれたレストランのソムリエ感ある。


女難が群れを成して襲いかかってくる西梁国

さてさて!おまたせ!次は西梁国だよ!

三蔵の妊娠エピソード

②③では記述なかったんですけど、①で舟に乗り込むときの空三エピをめざとく拾ってきたのでどうぞ。

踏み板を手で引き寄せて、悟浄が荷物を舟に運びあげ、悟空が師匠をたすけながらとび乗り、次いで舟べりを岸にくっつけ、八戒が馬をひっぱって乗せました。

師匠の世話はさあ、もう他の人には絶対任せないの。悟空は絶対自分でやんの。いちいち師の身体にふれたがる弟子が尊い。理由がないとさわれないんだもの。
「師匠をたすけながらとび乗り」ってどんな感じなんだろうか。師匠の手を引きながら、自分は軽くジャンプして船に乗ったってことなのかなあ。それとも師匠を抱えたまま船に跳び乗ったってことなんでしょうか。教えてください。

次は、三蔵と八戒が腹痛を訴え、近所の家の婆さんに湯を頼むところ。
まずは①

悟空、近付いてたずねました。
「ねえ、おばあさん、拙僧は東土の大唐から来た者で、わが師匠は、唐の皇帝のおとうとなんです。いま、そこの川を渡り、川の水を飲んだところ、ひどくお腹が痛くなりましてねえ」
すると老婆はゲラゲラ笑い出し、
(中略)
 悟空は三蔵をたすけ、悟浄は八戒に手を貸すなりしてその家に入りましたが、ふたりともウンウンうなって腹をツン出し、まっ青な顔で苦しんでおります。なかにはいるなり、へたりこんでしまいました。悟空とて、その老婆にたのむほかありません。
「おばあさんや、お湯をわかして師匠に飲ませてくださいや。お礼ははずむから」
 ところがその老婆、お湯をわかすどころか、ヘラヘラ笑いながら奥へかけこんでしまいました。そして、
「ちょいと来てごらんよ!おもしろいから」
とて、ドタドタと出てきましたが、いっしょに中年の女もふたり三人と出てきました。このかみさんたち、三蔵を見るなり、ひっくり返って笑いこけるのでした。悟空はかんかんに怒り、歯をむいて一喝。それだけでかみさんたちはたまげてしまい、こけつまろびつ奥へ逃げこみましたが、悟空は追いかけて、あの老婆をぐいとひきとめます。
「さっさと湯をわかさないと承知しないぞ!」


最初は下手に出て湯を沸かすように頼んでいる悟空が、三蔵が苦しんでいるのを笑う老婆に対して「歯をむいて一喝」するのが最高ではありませんこと?仕草の猿っぽさと、師匠のことを大事にしてる感と、おれの大事な師匠をお前らないがしろにするな感が寄ってたかって「あぁ、三蔵はこの猿にすげえ愛されてんだねえ」という雰囲気をかもしだしています。
それに最初は一応下手にはでているんですが、「わが師匠は、唐の皇帝のおとうとなんです。」と師匠の権威をひけらかして、だから助けろよと言外に圧かけてる感じも中国古典らしさを感じます。


「悟空は三蔵をたすけ、悟浄は八戒に手を貸すなりしてその家に入りました」という自然な役割分担も愛おしい。悟空は八戒に対してはほとんど心配もいたわりもしてない点が、三蔵に対する思いやりと対比してまた美味しいところです。

次は②

悟空は近づいて合掌し、
「おばあさん、拙僧らは東土大唐国から来たもので、師匠は唐朝皇帝の弟君に当たらせられる。ところが川を渡って、そこの水を飲みなすったら、腹が痛みだしたのです」
 と言うと、その老婆は、げらげらと笑いだした。
(中略)
 悟空は三蔵を助け、悟浄は八戒を助けて、奥へ連れ込んだが、ふたりは、うんうんうなりながら腹を突き出し、痛さのため顔に青ざめ、歯をくいしばっている。
 家の中にはいると、悟空は老婆に、
「どうか湯を沸かして師匠に飲ませてください。お礼はきっとしますから」
と言ったが、その老婆は湯を沸かそうともせず、相変わらず、げらげら笑いながら奥へ駆け込み、二、三人の中年の女を呼んで来た。女たちは、出て来るなり、三蔵を見て笑いこけるばかり。悟空、大いに怒って、歯をむき出した。その家の女たちは驚いて、こけつまろびつ、奥へ逃げ込もうとする。そこを追いかけて、かの老婆をつかまえ、
「はやく湯を沸かせば許してやる」

こちらの悟空は①よりも丁寧な口調なだけに最後にキレた時の「はやく湯を沸かせば許してやる」という変化が効いていますね。
ちなみに私の個人的な好みを言えば、悟空も三蔵も口が悪い訳の方が好きです。

「どうか湯を沸かして師匠に飲ませてください。お礼はきっとしますから」という師匠思いの台詞が泣かせるじゃないですか。八戒も同じく腹痛に倒れてますけど、八戒のことは一言も口にしてないですからねw

③はこんな感じです。

悟空は近寄って挨拶し、
「お婆さん、拙僧らは東土大唐国から来た者だ、師匠は唐の天子様の弟御だが、あの河を渡ったとき、河の水を飲まれたので、お腹が痛み出し……」
と言いも終わらぬうちに、老婆は、はははと笑い出し、
(中略)
悟空は三蔵を助、悟浄は八戒を助けて、うんうんうなって腹を突き出し、痛さに耐えかねている二人を、やっと家に連れ込んで座らせた。
 悟空はあせって、
「お婆さん、どうかはやくお湯をわかして、師匠に飲ませてください。お礼はするから」
しかし老婆は湯をわかそうともせず、くっくっと笑って、奥に駆け込み、
「みな来てらん、みな来てごらん」
 すると、奥からどやどやと婆さんたちが駆け込んで来て、三蔵を見て笑いこけた。悟空はおおいに怒って、一声どなりつけ、歯をむき出すと、みな驚いて、あわてふためき、裏手へ逃げ出した。
 悟空はかの老婆を捕えて、
「さあ、はやく湯をわかせ。そうすれば許してやる」

①でも②でも入ってなかった「悟空はあせって」という文がかわいくないですか。三蔵が腹痛にうなっていると悟空はあせっちゃうんですよ。早くなんとかしてあげたいんですよ。
私、これ知ってる。出産エッセイとかで読んだことあるもん。出産で苦しむ妻を見て、自分が耐えられないから「早くなんとかしろ、オイ」ってすごんじゃうヤンキーの夫そのものじゃないですか。夫婦じゃないか。


三蔵と八戒は実は河の水を飲んで妊娠(!)してしまったのだと老婆に教えてもらった悟空は、子をおろす作用のある落胎泉の水を汲みに行きます。
②③には記述がないんですが、留守番する悟浄にいちいち細かく言づけていく悟空が可愛いシーン。

「なんだ、たいしたことないな。お師匠さま、もうだいじょうぶ。孫さまがその水を取ってきて飲ませてあげますからね」
 悟空はそう言ってから、悟浄にいいつけます。
「おまえ、ちゃんとお師匠さまのめんどうを見てくれよ。もしここのばばあどもが無礼な態度に出るようなら、おまえの昔の十八番を出し、こわーい顔でおどしてやれ。それじゃ、行ってくるからな」

「お師匠さま、もうだいじょうぶ。孫さまがその水を取ってきて飲ませてあげますからね」の破壊力!!
これ絶対、猫なで声で言ってる!絶対、いちゃいちゃする時の声で言ってる!みんな聞いてますけど、とか全然気にしてないよね。はい、バカップル万歳。

身重の三蔵に無礼な態度をとった老婆のことを許してないのも言葉のはしばしから伝わってきて、おかしいかわいい台詞です。


さて、落胎泉の水は如意真仙という妖怪が守っていて、なかなか水がくめなません。悟空は悟浄を助っ人に連れて行くことしますが、三蔵が「病気の二人だけ取り残されるのか」と不安がるシーン。

まずは①

すると、あの老婆が横から口を出しました。
「羅漢さま、ご安心くださいまし。お弟子さまがおられなくとも、うちの者がちゃんとお世話してさしあげますよ。今朝、あなたさまがたが来られましたときは、正直なところわたくしども、つい岡惚れしてしまいましたが、この菩薩さまが雲で行ったり来たりなさるのを見て、みなさまがふつうの人ではないと知りました。ですから、もうけっしてわるさはいたしません」
 悟空はそこで、
「こらっ!」
と叱りつけておいてから、
「おまえら、女のくせに、だれにわるさする気なんだ?」 
 老婆はホホホと笑いながら、
「旦那さまがたは、運がおよろしかったんですよ、うちへお出でになったから。これがもし、もう一軒のほうにいらしてたら、とてもただではすまないところだったでしょうよ」
 ウンウンうなっていた八戒が、
「とてもただではすまないって、どういうことなんだい?」
 老婆、
「うちは一家四、五人、どれもいい年をしてますから、色ごとのほうはあがっちまって、殿がたをひっかけるなんてことはありませんがね、あちらはみなさん若い女ばかり、ほっとくはずがありません。あなたがたに、むりやりなにを強要するでしょうよ。もしいやだとでも言おうものなら、殺してからさばいて、あなたがたの肉で、におい袋をつくるでしょうねえ」
「そういうことなら、おいらだけは安全だぜ。ほかの連中はいいにおいをプンプンさせてるから、におい袋をつくるにはうってつけだろうけど、おいらはくさいブタだからな、肉をさばいたってくさいだろうよ。だから安全なんだよ」
 悟空は笑って、
「おぬし、へんなこと自慢するな。ぺちゃくちゃしゃべらず元気をたくわえておけよ。もうすぐお産なんだからな」

ちょっとね、ツッコミをいれたいところがたくさんありすぎるんですけど、絞っていきますよ。

若い女の人がいっぱいいるもう一軒の方に行ってしまって、もみくちゃにされる妊娠三蔵と、三蔵のことで頭がいっぱいで全然女に見向きもしない悟空も見てみたかったですけどねー。パラレルワールド形式でR-18版で書いてもらえないでしょうか。

しかも「におい袋」て。人肉を使ったアイテムとして妙にリアルじゃないですか。思いつかないよ、普通そんなの。乾燥させてポプリみたいにするんですか?それとも、肉肉しい生生しいにおいのやつかな。……すぐ腐りそうだけど。てか普通に考えてさ、肉よりも脱いだ服とかの方が匂い嗅ぐには適しているのではない……。

それとさー、「ほかの連中はいいにおいをプンプンさせてるから、におい袋をつくるにはうってつけだろうけど」とか聞き捨てならないんですけど!
八戒以外は「いいにおい」⁉「いいにおいをプンプン」⁉「におい袋をつくるにはうってつけ」⁉
ちょっとマジですか。三蔵がいいにおいしてるっていうのは信じてましたけどね、え、悟空のにおいはあきらめてたんですけど。妖怪だし、猿だし、風呂なんかめったに入ってないだろうし。
え~?いい匂いさせちゃっていいんですか?やだあ、そうなの?これが原作だもんね。これで二次創作でもこころおきなくいい匂いさせられんじゃん!!


こんなシーンは当然いろんな訳で読みたいよね。
次は②

すると老婆が、
「羅漢さま、ご心配なく。家の者がお世話します。朝がた、あなたがたが来られたとき、わたしたち、思わずふらふらとなってしまったのです。しかし、さきほどこのお方が、雲に乗るのを見て、はじめてあなたがたが、ただのお人ではないとわかりました。もう決していたずらはいたしません」
 悟空は、
「こらっ!」
としかりつけ、
「おまえたち、女のくせに、とんでもないやつだ」
 老婆、
「ほほほほ、あんたがた、うちへ来たからよかったんですよ。もし二軒目の家へでも行きなすったら、そのままじゃすまないところでしたよ」
 八戒、うんうんうなりながら、
「そのままじゃすまないって、どういうことだ」
「うちじゃ四、五人の家内だが、どれも年寄りで、そんな浮ついた心はみんなおしまいだから、おまえさんがたに手を出すようなことはありません。だが二軒目へでも行ってごろうじろ、あすこは若い女ばかりだから、だれが放すものですか。さっそくつかまえて、もし言うことを聞かなけりゃ、命を取り、肉を裂いて、におい袋にしてしまいますわい」
 八戒、
「そんなことなら、おいらは大丈夫だ。あいつらは、みないいにおいがするから、におい袋になるかも知れねえが、おいらは肥えた豚だ。肉を裂いても臭いから、心配はねえ」
 悟空は思わず笑って、
「おまえ、偉そうなこと言うな。もうすぐお産だから、黙って静かにしていて、力をつけておかんとな」

「だが二軒目へでも行ってごろうじろ」という時代を感じる台詞がたまんねえなあ。人生でおそらく一回も言うことないだろうなあ。
 八戒の言い草に「思わず笑って」しまう悟空が良い感じです。八戒がくさいの知ってるんだなw
三蔵には早く助けてあげますからってなだめるくせに、八戒には「もうすぐお産だ」と冗談まじりにからかう弟子同士の気安さも好きです。



③です。

するとかの老婆がそばから、
「羅漢様、ご安心ください。わたしどもが、十分お世話しますほどに。あなた方が今朝おいでになったときは、わたしどもは、ついぽーっとなったのですが、さきほどこのお方が雲に乗って行かれるのを見て、はじめてあなた方が羅漢様と知ったのです。わたしどもは、もうけっして悪さはいたしません」
 悟空は、ちぇっと舌打ちして、
「おまえら女だてらに、悪さをするなんて」
 老婆は笑って、
「あなた方、この家へ来たからよかったんですよ。もしよその家だったら、ただではすみますまい」
 八戒、
「それは、どういうことだ」
「うちには四、五人いますが、みな年寄りで、色恋のことはもうおしまい。だからあなた方を苦しめはしませんが、もしほかの家だったら、若い女が多いから、どうしてあなた方を放しましょう。すぐにあなた方をつかまえ、もし言うことを聞かなかったら、殺して肉を裂いて、匂い袋にしますわい」
 八戒、それを聞くと、
「そういうことなら、俺は平気だ。あの連中はいい匂いがして、匂い袋によかろうが、俺はくさい豚だからな」
 悟空はにやにやして、
「よけいなことを言わずに、もうすぐお産だから、元気をつけておけ」

ちぇっと舌打ちする子どもっぽい仕草に、小猿感を感じます。
児童向けだからか、老婆の台詞も曖昧な感じになっています。


さて、落胎泉の水を飲んで堕胎した八戒と三蔵のシーンです。

①です。

 八戒はもうがまんできず、大小のたれ流し。三蔵もこらえきれず、外の厠に行こうとします。すると悟空、
「お師匠さま、風にあたっちゃいけませんよ。とんでもありません!風にあたったら、産後の病気にかかっちまいます」

過保護かよ。風にあたったら病気にかかるのかについて、御大の解釈では、水を飲んだだけ、井戸をのぞいただけ、南風にあたっただけで妊娠するインドの伝承が影響しているのかもしれないと記載してありましたけど、それの線でいくなら再びの妊娠を心配してるってことなんでしょうね。これ以上三蔵を妊娠させたくないんだろうね、悟空としてはね。
まあ、空三クラスタにとって重要なのは、とにかく悟空が堕胎後の三蔵にめちゃくちゃ過保護に接するってことですよね。ま、そういうことになるだろうとはわかってたけどね。知ってた知ってた。

あんまり変わんないですけど②でもどうぞ。

八戒はがまんしかねて、大小便をたれ流し、三蔵も用をたしに外へ出ようとした。悟空、
「お師匠さま、風に当たってはいけません。めっそうもない、風をひくと産後の病を起こしますよ」

こっちは「風(原文ママ)をひくと産後の病を起こしますよ」と書いてあるので、風にあたって風邪をひいてはいけないという素直な解釈のようです。


西梁国で女王に求婚されるエピソード

そして三蔵一行はとうとう女しかいない西梁国に入ります。

女たちの反応がすさまじいので、みていきましょう。
まずは③です。

街の両側にならんで、物を売ったり、買ったりしていたが、ふと三蔵ら四人が来たのを見ると、いっせいに手をたたき、身づくろいをして、うれしそうに笑いながら、
「人種(ひとだね)が来た、人種が来た」と叫ぶ。

ひとだね、という言葉の強さw
さすが女しかいない国では言葉選びのセンスがつよつよですね。
女しかいない国ってことは今までに男を見たことのある人がほとんどいないはずですが、三蔵一行をみてすぐに男がきたということはわかるのが不思議ですね。一行は男性ホルモンをムンムンに匂わせていたのでしょうか。

次は②です。

人々は、ちょうど町で買物をしていたが、突然、三蔵たち四人が来たのを見つけると、いっせいに手をたたいてキャッキャッと笑い、身づくろいしながら、うれしそうに寄って来た。
「人種(ひとだね)が来たわ!人種が来たわ!」

「いっせいに手をたたいてキャッキャッと笑い」ながら「ひとだねが来た」と叫ぶという無邪気なサイコパス感がすごい怖いw

①はもっと強烈です。

女たちは路上で売ったり買ったりのあきないをしておりましたが、そこへいきなり三蔵たち一行があらわれたものですから、いっせいに手をたたいてキャーキャー叫び、それでも身なりをつくろいながら、いかにもうれしそうに、
「人種(ひとだね)が来たわよォ!人種よォ!」
と叫ぶではありませんか。

「来たわよォ!」の無敵のおばちゃん感わかります?すごいエネルギーを感じさせますよねえ。絶対敵わないや。わたし、端っこの方で見てますね。


そんな女たちを追い払おうとする弟子たちの様子を①から

というわけで、みなみなこわがって近づこうとしません。だれしも手をちぢめて腰をかがめ、頭をふりふり指を咬んでびくついているありさま。そんなかっこうで路傍にひしめき、三蔵をながめております。悟空はといいますと、そのすごいお面相をわざと見せびらかして先頭に立ち、悟浄は悟浄でこわい顔をしながら順序をまもります。そして、さて八戒は、馬の手綱をとりながら、口をしゃくりあげ耳をばたつかせております。

「三蔵をながめております」というからやっぱり全員のお目当ては三蔵なんですね。ひとだねが欲しいだけなら、最悪八戒でもいいだろと思いますけど、豚面の子が生まれたら困るからでしょうか、それとも、せっかくのひとだねならなるべくイケメンがいいからでしょうか、みな三蔵にしか興味がないの笑えます。
それを追い払おうとする弟子たちの変顔の様子がかわいいですよねえ。


国の役人が三蔵の顔を見て、それを表現するシーンをみてみましょう。三蔵一行の外見を詳しく描写してあるシーンはなるべく取り上げていきたいですね。脳内イメージを盤石とするために。

まずは①

「御弟さまは見るからに堂々たるお姿にて、風貌も英俊そのもの、いかにも天朝の大国、南贍部中華の人物にふさわしいお方でございます。したが、その弟子三人、すがたかたちは獰猛で、顔つきはまるで妖怪そのものなのでございます」

「御弟」というのは唐の皇帝の義兄弟となった三蔵のことを指します。
すぐに泣き言を言うからつい忘れてしまうけど、三蔵は「堂々たるお姿」なんですよねえ。見かけ(だけ)は本当にどこに出してもおかしくない美しくて立派なお姿です。すぐ忘れそうになる。

②では

「弟君はまことに堂々たるお姿、風采は人並みすぐれ、さすがに天朝上国の男児、南贍部州中華の人物であらせられます。ところが、三人のお弟子はいかにも恐ろしい様子で、さながら妖魔のようでございます」

この辺の褒め言葉も中華思想が窺えるというか、書いたの中国人なんだろうなとメタ視点で楽しい。

次は女王からの縁談がもちあがる場面。
まずは①

「内大臣がいらっしゃるとは、いったいなにごとだろう」
と三蔵。すると八戒、
「女王のご招待だぜ、きっと」
 悟空、
「ご招待なものか。縁談だぞ」
 三蔵、
「悟空や、もし出発させてくれず、むりやり結婚を迫られたら、どうしよう?」
「なあに、お師匠さまは承諾なさればいいんです。孫さまにちょいと考えがありますから」

「ご招待なものか。縁談だぞ」のすべてお見通し猿が、カッコよくないですか。そして、「どうしよう」と悟空に頼る三蔵が可愛い。三蔵に頼られて、いい気分になっている悟空の顔が浮かぶ気がしませんか。絶対得意気に自分で「孫さま」呼びしてるでしょ感ある。

 三蔵、
「内大臣が来られたとはどうしたことだろう」
 八戒、
「おおかた女王がごちそうしてくれるんでしょう」
 悟空、
「ごちそうじゃない。これはきっと縁談だぜ」
 すると三蔵、
「悟空よ、もし無理に縁組を申し込んで来たらどうしたらよかろうか」
「かまいませんから承諾なさいまし。それがしには考えがあります」

「承諾なさいまし」って言い方がね、時代を感じてまたイイ感じよね。

さて、縁談を勧められた三蔵は困ってしまいます。
まず①

「(前略)それゆえ、こうしてご縁組を申し入れに特にまかりこした次第でございます」
 こんな話をきいた三蔵は、うつむいてしまって答えるどころではありません。すると内大臣が申しますに、
「男子たるもの、せっかくのチャンスをみすみす逃すべきではございませんよ。婿取りの話は、世間にいくらでもありますが、一国の富を挙げてお招きするなんて、そうざらにあるものではございません。さ、さ、御弟さま、すぐにもご承諾くださいませ。よきご返事を奏上いたしたく存じまする」
 そう言われては、三蔵、ますますボーッとなってだまりこくってしまうばかりです。
 すると八戒のやつ、そばで杵みたいなとんがり口をしゃくりあげながら、大声でわめきました。
「内大臣さんよ、あんた帰って女王に返事しな。おいらの師匠はな、永らく修行を積んだえらい羅漢さんなんだ。一国の富など見向きもしないし、べっぴんさんのお姿にだって鼻もひっかけないんだ。さっさと通行手形に査証をくれて、師匠を西へ立たせてくれろ、ってな。そのかわり、おいらをここに残し、婿君に招いてくれろ。いかが?」
(中略)
 すると悟空が申しますに、
「あほんだら、くだらんことばかりぬかすなって。ここはひとつ、師匠のお考えひとつですぜ。行くなら行く、やめるならやめる。どっちにしろ、媒酌人さんにお手間をかけないほうがいい」
 三蔵、
「悟空や、なんと答えたらよいものかな」
「孫さまの考えではですね、あなたはこの地に留まるのも、またよかろうかと思いますよ。ほら、昔から『千里のかなたの縁談も糸一本でつながれる』と言ってるじゃないですか。これから先、こんなすばらしいところなんて、あるもんですか」

まず注目すべきは「まったく使い物にならない三蔵の初心さ」ですね。断れもしないし、赤くなってぼーっとしているだけで、さきほど「天朝の大国、南贍部中華の人物」と褒めたたえられた人と同じ人物だとは思えません。しかも、結局三蔵が口をきいたのは、「悟空や、なんと答えたらよいものかな」という悟空への問いかけのみ。こんなん、悟空でなくとも放っておけなくなっちゃうよね。頼りなさすぎる。

②ではこんな様子です。

「(前略)そこで内大臣には媒酌人となり、わたくしには主婚となれとのご諚で、ここにこの縁組をとりまとめますため、参上いたしました」
 三蔵はこれを聞くと、下を向いたまま答えない。内大臣、
「大丈夫も時に会えばむなしく過ごすべからず、と申すではありませんか。世間に婿取りの話は少なくありませんが、一国の富をことごとく差し上げようというのは、まったくまれでございます。さっそくご承諾いただけましたら、宮中にもどりましてその旨奏上いたします」
 三蔵はいよいよ茫然として返すことばもない。八戒、そばで例のとんがり口を動かしながら、大声を出した。
「内大臣さん、あんた、女王さまにこう返事しなさい。おいらの師匠は長年修行をつんだ羅漢さまだ。一国の富も、傾国の姿もほしくはないんだ。はやく手形を渡して、西の国へ行かせたらいい―とね。そこでおいらを残して、婿さんにしてくれちゃどうです」
(中略)
 悟空、
「このあほう、でたらめ言うな。ここはお師匠さまのお考えどおりにするさ、行くがよいとお考えなら行くし、やめるがよいとお考えならやめる。そうぐずぐずすることはないでしょう」
 三蔵、
「悟空よ、おまえの考えはどうだ」
「それがしの考えでは、あなたはここにとどまるのもいいかと思います。昔から、千里の離れた姻縁も糸でつながれている、といいます。あなたにとって、これほどふさわしい所はふたつとないでしょうよ」

こちらの八戒は、自分を婿にしろと言っているずうずうしさは変わらないのですが、言葉遣いがやや丁寧なのでチャーミングさが増していますね。①②の八戒の自称が揃って「おいら」なのも素朴さが感じられていい感じです。

③の八戒の自称は「俺」になってます。

そこで駅丞はかようしかじかと、女王からの求婚を申し入れると、三蔵あきれはて、うつむいて黙っている。大臣がすすめればすすめるほど、三蔵はますます唖か聾のよう。
 八戒はそばから、口をとがらせて叫んだ。
「大臣さん、おまえさん、女王にこう返事してくれ。俺の師匠は長らく修行した羅漢様だ。けっして国中の富も傾国の容(すがた)もほしくないとおっしゃる。はやく通関の手形を出して、西天へ行かせちまって、俺を残して婿にしたらどうだねと」
(中略)
悟空がそばから、
「阿呆、馬鹿なことを言うな。こりゃ行くもとまるもお師匠様のお考えしだいだ」
 三蔵、
「悟空、おまえはどう思う」
「わたしの考えでは、おとどまりなさるがよいと思います。昔から千里の姻縁も糸でつながれるといいます。こんなよいところはないでしょう」

前二人の悟空は、「この地に留まるのも、またよかろうかと思います」、「とどまるのもいいかと思います」に比べて、こちらの悟空の答えは「おとどまりなさるがよいと思います」というシンプルな分、婚姻を積極的に勧める様子が出てますね。
ほんとは結婚すればいいなんて、そんなこと思ってないのにね。


さて、役人がいなくなった後、三蔵は地を出して悟空を叱ります。役人がいる間は我慢してたんだろうなという三蔵の外面の良さが窺えるシーンです。

まずは③

あとで三蔵は悟空を引きとめ、
「猿め、わしをなぶりおって。なんということを言う。わしは死んでもいやだ」
「ご安心ください。師匠のご気性はわかっています。これは計略です」

「なぶる」という言葉のチョイス良くないですか?
デジタル大辞泉https://www.weblio.jp/content/%E3%81%AA%E3%81%B6%E3%82%8B

によれば、
「なぶる 嬲る
1弱い立場の者などを、おもしろ半分に苦しめたり、もてあそんだりする。
2からかってばかにする。愚弄する。
3手でもてあそぶ。いじりまわす。」 らしいですよ。
この場合の意味は1かな、2かな。
1だとすると、三蔵が自分の方が弱い立場だと自覚してるようでおいしいし、2だとばかにされたという三蔵のプライドの高さを感じられてそれもまたおいしいなと思います。


三蔵は女王との結婚は「死んでもいやだ」だそうですよ、よかったね、悟空。


つぎは②

 さて三蔵は悟空をひっぱり、
「この猿の頭目め、わしをなぶりものにする気か。わしにここで婿入りさせ、おまえたちは西天へ仏を拝しに行くとはどうしたことか。わしは死んでもそんなことはしないぞ」
 悟空、
「お師匠さま、ご安心ください。それがしが、なんであなたの性質を知らないことがありましょうか。しかしですよ、こういう土地へ来てこういう人に会っちまった以上、計りごとをもって敵の裏をかくほかはありません」

「なぶりものにする気か」の強気さ加減がたまんねえな、おい。凄みをもって睨みながら三蔵に言ってほしい。絶対映える。

さて①です。

さて、三蔵はと申しますと、悟空をぐいとひっぱって叱りつけました。
「このサルの親分め、わたしをなぶりものにしおって!なんだって、あんなことを言い出したのだ。え?わたしがここで婿入りし、おまえたちが西天に言ってみ仏を拝す、だと?わたしは死んでも、そんなことをせんぞ!」
 悟空、
「まあまあ、お師匠さま、ご安心を。この孫さまとて、あなたの性質を知らないはずはないでしょうに。ただしですよ。こんな土地に来て、こんな連中に出くわしちまったんです。謀りごとをもって相手をたぶらかさなくっちゃあ」

「わたしをなぶりものにしおって!」とぐいと引っ張って叱りつけたそうですよ!怒ってるw可愛い!もうやだ、好き。
そして、激昂する三蔵と対照的に、落ち着いて「まあまあ」となだめる悟空の様子がスパダリそのものじゃないですか。
「この孫さまとて、あなたの性質を知らないはずはないでしょうに」
そうなんですよ、師匠が結婚に納得するはずないってことを誰よりも知っているのが悟空なんですよ。もう……。
そして、こう言い聞かせられた三蔵は、めちゃくちゃ納得したと思うんです。だって、それからの三蔵は悟空の指示をよく聞くんですよ。信頼で結ばれた絆は強いんだもん。


さて、三蔵に結婚を迫ってくる女王なんですが、実はものすごい美人です。富もあるし、権力もあるだけではなくて、ものすごい美人です。その美しさがわかるシーンを。

 「大唐の御弟さま、さあ、この鳳輩にお乗りになりませんこと?」
 そんなことばをきくなり、三蔵は耳までまっ赤にして、恥ずかしそうにうつむいたきりです。傍らなる猪八戒、口をしゃくりあげ、目をとろんとさせ、女王がながめております。女王こそ、なよなよとした美形ではありませんか。
 (中略)
 あほんだらの八戒、こんなけっこうな景色を見たものですから、思わず知らずよだれがこぼれ、子鹿みたいに胸は早鐘を打つのでした。やがて、骨はぐにゃりとなり筋肉はしびれるというあんばいで、まるで雪だるまが火に出会ったみたいに、なにもかもとろけてしまいそうになりました。

私の好みで、女王の容姿を細かく描写している文章ではなく、女王の姿を見た八戒を描写している文章を抜粋してきましたwが、女王の美しさはよくわかるのではないかと思います。


②と③の女王はかなり積極的な台詞をささやいてきます。

「大唐国の弟君、はやく夫婦(めおと)になりましょうよ」
 三蔵はそれを聞くと、耳までまっ赤になり、恥ずかしがってうつむいたままである。八戒はそばで、口をうごめかしながら、横目で女王を見ると、なるほどすこぶる艶麗。

(中略)

 八戒のあほう、見ている間にたまらなくなり、おもわずよだれをだらだら、胸はどきどき。しばらくの間に骨はぐにゃぐにゃ、筋はしびれて、まるで火にあたった雪達磨みたいに、とろけそうになった。

八戒かわいいでしょ?
美しい人をみてぐにゃぐにゃにとろけそうになる表現というのは、中国でも同じなんですね。
③はこんな感じ。細かいですけど、③では雪だるまではなく「雪で作った狛犬」という表現になってます。

「大唐の弟御様。はやく夫婦(めおと)になりましょう」
 三蔵はそれを聞いて真赤になり、恥ずかしくて顔も上げられない。八戒は女王の美しいのを見て、口からよだれを流し、胸はどきどき、たちまち骨もとろけ、筋(すじ)はしびれ、まるで雪で作った狛犬が火にあたって解けるようなありさま。


そんな美しい女王と三蔵は一緒に車に乗ることになります。
まずは③

三蔵はおどおどして、立ってもいられぬほど、心もうわの空でいたが、悟空がそばから、
「師匠、ご遠慮なさるな。どうぞ女王といっしょに車にお乗りなさい。そして一時もはやく通関の手形を渡して、我々に経を取りに行かせてください」
と言われ、とめどなく涙を流し、ぜひなく、うれしそうな顔を作って女王と手を取りあった。

悟空が励ましてやって(その胸で←そこまでは書いてない)涙を流してから、やっと作り笑顔で女王と手をとりあって車に乗る三蔵、尊いよ……
三蔵の精神を支えているのは確実に悟空なんですよ、自分の精神的支柱となっている相手にKUSODEKA感情抱いてないわけないでしょ。こういうところは、三蔵のデレですからね、わかりにくくても確実にデレてますから、抜けなく拾っていきたいところではありますね。

次は② 

三蔵は、ただおどおどして、生きた心地もなく茫然としていると、悟空がそばから、
「お師匠さま、ご遠慮はいりません。どうぞ女王さまとごいっしょにお車にお乗りください。そして早く手形を渡していただき、われわれを出発させてください」と催促する。

女王との結婚が迫っている三蔵は「生きた心地もなく茫然としている」そうですよ。やっぱり、ちょっとアレだよね、三蔵ってやっぱり女性恐怖症な感じもあります。僧院育ちだし、女性との交流そのものに慣れてないというだけでなく、恐怖とおののきさえ伝わってきます。
悟空の台詞もニクいですよね。表面的には、「早く車に乗って、早くわれわれを出発させてくれ」って言ってるだけなんだけど、その「われわれ」の中に三蔵も含まれていることが、お互いにだけはわかっていて、「一緒にここを早く出て行くために、早く車に乗ってくださいよ」という促しであるわけです。


そして①です。

 三蔵はもうびくびくおどおど、立っているのもままならぬありさまで、ボーッとしておりますと、かたわらなる悟空が、
「お師匠さま、遠慮のしすぎは禁物ですぜ。さ、女王といっしょに車にお乗んなさい。そして、さっさと通行手形に査照をもらい、おれさまたちを取経に行かせるようにしてくださいよ」
 それにもよう返事ができぬまま、三蔵は悟空のからだを二度ほどなでまわし、はらはらと涙をこぼすのでした。悟空、
「お師匠さまったら、くよくよしないでくださいよ。これほどの富と名誉をたのしまないでどうします?」
 かくては三蔵、どうしようもなく、言われるままにするしかありません。涙をぬぐい、むりやり笑顔をつくって女王に近づきますと、女王ともども― 

よく読んだ?
「三蔵は悟空のからだを二度ほどなでまわし、はらはらと涙をこぼすのでした。」
なんで悟空の体をなでまわした??二回も??
離れたくなかったんでしょ?ね??違う??
女王が待ってるし、人目もあるからね、悟空もぐっと抱きしめたい気持ちをこらえて
「お師匠さまったら、くよくよしないでくださいよ。これほどの富と名誉をたのしまないでどうします?」と気持ちと裏腹の言葉をかけるんですよね。
くぅ。
ああ、こんなすれ違い、BLあるあるじゃん。
「本気で私が結婚すればいいと思ってたんじゃないのか」「おれがそんなこと思うわけないじゃないですか」って後で蒸し返して喧嘩するやつじゃん。ああ、てぇてぇなあ。

一緒に車に乗った女王は結構ぐいぐいきます。詳細な記述のある①をみてください。

それをきいた女王は、香りをぷんぷんさせた肩を三蔵にもたせかけ、桃のような頬っぺたをぴたりくっつけ、芳香ただよう口をひらいてささやきました。
「御弟さま、口がとがって耳の大きなお方って、あなたの何番目のお弟子さんですの?」

なんとしても三蔵を落としたい女王のぐいぐいぶりが可愛いですけど、「あの下品な豚は、あなたの下僕ですの?」って聞かないところに育ちの良さを感じますね。


さて、結婚式のときに着席する様子なんですが、ここの動きがよくわからないので一緒に考えてみてください。

まずは③です。

女王はいちいち杯を与えて、三人の弟子の着席をすすめる。悟空が三蔵に目くばせすると、三蔵は席から降りて、玉杯を差し上げて女王に着席をすすめる。

杯を与えてから着席をすすめるのが、中国式の礼法なんですかね?私は詳しくないので、ご存じの方いたら教えてください。
三蔵は一旦座っていたんですが、悟空に目くばせをされて女王に礼を尽くしに行くのも愛嬌があるなあと思っています。

②はこうです。

女王はいちいち杯を授けて弟子三人の着席を促す。悟空は、また三蔵に目くばせして、杯を返すように合図する。三蔵は席から下がって、玉杯をささげ、女王に、着座を請うのであった。

「杯を返すように合図」したとあるんですが、これはいわゆる「返杯」なんですよね?
調べたところ、よくわからないんですけど、返杯というのは同じ杯を使って親交を深める意があるそうですね。
ってことは、「女王はいちいち杯を授けて弟子三人の着席を促す」というのは、つまり女王が弟子たちに酒をついでやったということですよね。
で、三蔵は「玉杯をささげ」というのはどういうこと?自分の飲んでいた杯を渡したってことかな。いや、しかし「玉杯」というのは王だけが使う杯なのかな?わからん。

でさ、①ではこうなんですよ。

師弟四人が席に着きますと、女王は、ひとりひとりと杯を交わします。悟空は三蔵に目くばせして、ちゃんと返杯するよう合図しましたので、三蔵も席からおりて玉杯を捧げてから、女王ともども席に着いたのでした。

「ひとりひとりと杯を交わした」というのは、同じ杯で飲み合ったということでしょうか?それともただ、酒を注ぎ合ったってことなのかな。
いや、だって、間接キッス……。
だって、だってさ!この西遊記ってさ、空三のキスシーンないんだよ、この長い本編中で一度もさ!そんな中で通りすがりの女王と間接キッスはしてたってことなんか、許せないじゃん!!(空三強火)


さあ、女王から三蔵が逃げるシーン。八戒の毒舌がたまらねえので見ていきましょう。

①です。

すると八戒のやつ、いきなりおかしくなりました。口はやたらにひねりまわすわ、耳はやたらにばたつかせるわ、そのまま龍車のまえに突進して、こうわめいたものです。
「おいらたち坊主はな、おまえさんみたいな白粉を塗ったくれたされこうべとなんか、夫婦になるかってんだ!さあ、師匠を返せ!旅をつづけるんだから」

私はこの狂ったような八戒の描写がものすごく好きですね。
あんだけめろめろになっていた女王に捨て台詞を吐くの、すごい人間くさくて八戒のキャラ立ちがすげえよ。「八戒のやつ、いきなりおかしくなりました」の地の文の狂気さも笑える。
「白粉を塗ったくれたされこうべ」の言い草がやべえわ。


②です。

八戒、それを聞くや、狂気のごとくあばれだし、口をひねりまわし、耳をばたばたさせて、女王のご前へ飛び込んで行き、
「われわれ僧侶の身が、おまえみたいなおしろい塗ったしゃれこうべと夫婦になるもんかい!さあ、おいらの師匠を返せ!」

八戒の台詞、どの訳で読んでもおかしいよなあ。
オメーは女王が望みさえすれば夫婦になる気まんまんだったじゃんw叶わなかった分の腹いせ悪口がひどすぎる。

③では、

女王は驚いて色を失い、三蔵を引きとめたが、八戒は狂ったように口をうごめかし、耳をゆすって女王の前につきすすみ、
「我ら僧侶たるものが、おまえのような白粉をぬったどくろと夫婦になぞなるものか。さあ、師匠を放せ」


おまけに女怪にさらわれる


そうして女王からは逃げ出した三蔵でしたが、その瞬間女怪にさらわれてしまいます。あわてて追っていった悟空が三蔵を見つける場面です。

まずは①

派手な着物の女の子たちが、数人してうしろの部屋から三蔵を連れ出してきました。三蔵の顔は青ざめ、唇はまっ白、赤く泣きはらした目から涙がこぼれています。悟空は、ひそかに嘆息しながら思いますに、
「ああ、師匠は毒に中(あた)っちまった!」

さらわれてしまった三蔵の「顔は青ざめ、唇はまっ白、赤く泣きはらした目から涙がこぼれています。」という恐怖の描写、新鮮ですよね。もう命を狙われるのは慣れっこだけど、元陽を狙われるのはやっぱり恐怖でしかないんだねえ。
この悟空の「師匠は毒に中(あた)っちまった」の意味を掴みかねているんですが、君はどう思う?
悟空としては、弱っている三蔵の様子を見て、毒に命を削られているようだ、つまり、女怪にさらわれた悪運を毒に例えたのかなと思ったりもするし、助けに行った時点ですでに弱っている三蔵の様子からしてすでに女難という毒を食らわされてしまったと悔やんでいるのかなと思ったり、うーん、正確な意味がよくわからない。

一応、他の訳もみてみましょうか。

幾人かの女童が、後ろのへやへ行って三蔵を連れて来た。三蔵の顔は青ざめ唇は白くかわき、赤ばしった目からは涙を流している。悟空は、ひそかに嘆息した。
―師匠は毒に当てられたわい―

「ひそかに嘆息」しているわけなので、悟空としては三蔵をさらった女怪への怒りよりも、三蔵の身を心配している気持ちの方が先に立っているという解釈でよいのかな。

わかりやすい訳として名高い③でも「毒にあてられた」という表現は同じです。

幾人かの女童が後ろの部屋に行って三蔵を連れて来たが、三蔵は真青な顔をして唇は白くなり、眼は血走り、涙を流している。悟空はひそかにため息をついて、
「ああ、師匠は毒にあてられたのだ」


さあ、女怪と戦った悟空ですが、女怪に不思議な針で頭を刺されてしまい逃げ帰ります。
おりしも日が暮れ、どうしたらよいだろうかと弟子三人で話し合う場面です。

「師匠は心配ないよ。さっきおれさまは、蜜蜂に化けて、洞内に飛んで行ったんだ。するとあのすべたが庭の亭(あずまや)にいた。しばらくすると、ふたりの小女が二皿の饅頭を捧げてやってきた。ひとつは人肉あん、ひとつはこしあんなんだ。(中略)はじめのうちこそ師匠は返事もせず、饅頭も食わなかったが、すべためがとろけるようなことばかり言うもんだから、なぜか口もきくようになった。精進饅頭まで食べようと言いだした。(中略)師匠は、なまぐさ饅頭をまるごとすべたにやった。すべため、
『あら、どうして割ってくださらないの?』
だとよ。師匠、
『出家した者が、なまぐさものを割るなんて、できませぬ』
と答えた。そしたらすべため、こうぬかしたぞ。
『あら、そんなことおっしゃるのなら、ついこないだ子母河で水高をめしあがったくせに、きょうはこしあんをめしあがるなんて、なぜ?』
と、きた。師匠はその意味がわからなくて、こんな対句で答えていたぜ。
『水高く船去ること急に
 沙陥(おとしあな)に馬行くこと遅し』
 だとさ。
 おれさまは格子窓からこのやりとりをきいていた。こんな調子でいけば師匠の真性が乱されてしまうと心配になって、もとの姿を現わし、棒を手にして打って出た。(略)」
(中略)
 八戒、
「それだったら、うかうかしていられんじゃねえか。日が暮れたってかまうもんか。やつの洞まで言って、いっぱつかましてやろうや。ドンパチさわいで寝かせないんだ。そしたら師匠をなぶるひまもないだろうさ」
 悟空、
「頭が痛くて行けんよ」
 悟浄、
「いまは戦争をしかけるべきじゃないな。ひとつには、師兄の頭が痛い。ふたつには、師匠はまことの僧だから、色に迷わされることなんぞありえない。まずは、この坂の下の静かなところで一夜をすごそうや。英気を養い、夜が明けてから考えるとしよう」

結構解説が必要な箇所がたくさんある部分かなと思うんですが、一つずつみていきましょう。

まず「すべた」というのは、不美人の意味です。悟空が三蔵をさらった妖怪の悪口いってる可愛さを感じてください。
次は、「子母河で水高をめしあがったくせに」なぜ人肉饅頭は食べないのかと女怪が三蔵にせっつく理由は、御大は子母河の水が「なまぐさもの」、つまり精液のたとえだと述べておられます。
でもそういう色っぽい解釈は三蔵には無理だったようで、「水高く船去ること急に 沙陥(おとしあな)に馬行くこと遅し」と答えています。これは、「流れが急になれば船も早く進むし、落とし穴があれば馬の歩みも遅くなるように、のどが渇いたから子母河の水を飲んだけれど、食べる必要も理由もないから人肉饅頭は食べません」という意味だと思います。

三蔵に手を出させないようにするために、洞の外で騒いでやろうぜという
提案する八戒はバカっぽくてかわいいし、珍しく負傷して「行けんよ」と気弱になってる悟空はかわいそかわいいし、冷静な判断する悟浄は珍しく台詞あって良かったね、という感じ。


②も見てみましょう。こちらは頭の痛い悟空が「うんうん言いながら」冷静な判断してくれます。

 悟空、うんうん言いながら、
「師匠は洞内ではなにごともあるまい。あの方はまことの出家人、決して色邪のために性(しょう)を乱されるようなことはない。ここは、ふもとで一夜を明かし、夜明けを待って思案をすることにしよう」

③では、

悟浄
「いや、こうしちゃいられない。もう日も暮れる。兄貴は頭にけがをするし、師匠は生死のほどもわからないときている。いったいどうしたものだろう」
 八戒はじっとしてはいられないから、もう一戦してこようと言ったが、悟浄は、
「兄貴が頭が痛くては、どうしようもない。師匠はまことの出家だから、色情のために本性を乱されることはあるまい。ここはまあ、ふもとで一夜を明かし、気を養って、明日の朝もう一度なんとか考えよう」

こっちはやっぱり冷静な判断するのは悟浄になっています。


さて、弟子たちは今夜一晩はとりあえずゆっくり休むことにしたので、妖怪は弟子たちに邪魔されず三蔵と二人きりの夜を楽しみます。うふふ。


まずは③ 児童書だからか、あまりあからさまな書き方はせず上品な感じです。

女怪はありったけの媚態を示して三蔵に寄りそい、
「さあ、二人で夫婦ごっこをしに行きましょう」と言う。
 三蔵は歯をくいしばって、声も出ない。行かねば殺されるかもしれないし、仕方なく、女怪について部屋に入った。

「夫婦ごっこ」って何ですかー?教えてくださーい!
「夫婦」じゃなくて「ごっこ」が入ることで確実にえっち成分高まる気がしますがいかがですか。


次は②

女怪は、からだいっぱいのなまめかしさを漂わせつつ、三蔵にぴったりと寄り添い、
「御弟さま、あたしと夫婦ごっこをしにまいりましょうよ」
 三蔵は歯をくいしばって、黙っている。行きたくないのはやまやまだが、もし殺意を起こされてはと思い直し、やむなく女怪について寝間にはいった。

女怪にぴったりとよりそわれて「歯をくいしばって」いる三蔵、頑張ってますねえ。絶対泣いてると思ったけど、わりと頑張って耐えている。

①だと

 女怪は、思いきり媚びをふりまき、三蔵にぴったり寄り添って、
「ねえ、ことわざにも申しますわ。
『黄金貴しと誰が言う
 快楽こそが値打もの』
ってね。さあ、おねんねしてたのしみましょうよ」
 三蔵は歯をくいしばり、一声たりとも洩れないようにしているのですが、もし誘いに乗らなければ、女怪に殺されてしまうかもしれません。しかたなく、ぶるぶるふるえながら、あとについて、芳香ただよう臥所にはいっていきました。

西遊記ってあまり色っぽい描写少ないんですよね。「おねんねしてたのしみましょうよ」程度の台詞でこちらが予想しなきゃいけない。

てか、三蔵って行為の内容は知っているんだろうか?「ねんねしてたのしむ」くらいのぼやっとした知識しかなかったりする可能性はあります?「ぶるぶるふるえて」いますが、それはもしかして殺されるとか元陽を奪われれるとかの恐怖に加えて、「そもそも寝室で具体的にナニをされるのかわからない」恐怖もあったりします?知識がない分展開が読めないからそれは怖いよね。そんな疑惑さえわいてくる、三蔵のビビりようです。


さて、一夜明けて弟子たちが会話するシーン。
まずは①です。

チェッ、と口を鳴らした悟空が、
「そいつはもう、放(たくさん)、放!」
八戒、またもニヤニヤして、
「放、放か。師匠のほうは、ゆうべはたっぷり浪(ひめごと)、浪だったろうなあ」


悟空は頭をさされたことにに対して、もう二度とさされたくないからかんべん、と言っています。
で、八戒は得意のことばあそびで返答しているのですが、御大によれば浪(ロウ)は放(ホウ)と同韻で同義、かつ「みだらな」という意味があるそうです。


②もほぼ同じ記述があるんですが、解釈は少し違うようです。

悟空は、ちぇっと口を鳴らして、
「もう放(かんべん)、放!」
 八戒はまた笑い、
「放、放か。お師匠さまは、ゆうべは浪(いいこと)、浪だったろうな」

もちろん韻を踏んで駄洒落であるけど、「放浪(気ままでこだわらぬ)という熟語」としてここで使ったようだ、と記載されていました。


さあて、八戒は師匠はイイコトしたんだろうと言ってましたが、どうだったんでしょうか!
一晩寝て元気になった悟空が虫に化けて、様子を探りにいきます。三蔵はなんと縄に縛られていました。

 そこで悟空、そっと師匠の頭にとまるなり、
「お師匠さま」
と声をかけました。三蔵も、すぐにその声がわかって、
「悟空や、来てくれたんだね?はやくわたしを助けておくれ」
「ゆうべのなにはどうでした?よかったでしょ?」
 すると三蔵は歯ぎしりしてくやしがり、
「わたしは、死んでもそんなことはしないぞ」
「だって、おれさま見たんですよ。きのう、あいつがお師匠に惚れてべったりのところをね。それがまた、きょうはどうしてこんなはめになっちまったんです?」
「あいつはね、夜なかまでわたしにべたべたまつわりついていた。しかし、わたしは帯も解かず、あいつの寝床にも指一本触れなかったぞ。わたしが思うようにならないものだから、こんなに縛りあげてしまったのだ。さ、なんとか助けておくれ。お経を取りに行くのだ」

声ですぐに悟空ってわかるのっていいよね。
〽︎なっまえをきかなくても〜 こえで
 すっぐ〜 わかぁってく〜れるっ

恋人かよ。恋人なんだな。

悟空が「ゆうべのなにはどうでした?よかったでしょ?」と聞くの、なんか言葉にならない思いがイロイロ込められてそうで味わい深いですよね。
師匠がこんなところで元陽を漏らすはずないって悟空は知ってるし、三蔵が縄で縛られているってことは楽しい夜を過ごしたはずはないんだけど、でももしかしたら万が一、少しだけ色っぽいこともあったかもしれないと一抹の不安だけはあって、「よかったでしょ?」と聞くことで悟空自身の心の傷もえぐろうとしているというか、何気なく尋ねている風を装いながら、実のところはお願いだから否定しておれを安心させてほしいと悲痛の念をこらえている、というか。(安定の深読み)


ちょっと気になったんですけど、三蔵の「帯もとかなかった」という言い分なんですが、それって受の台詞じゃないかなと思うんだけど、どう?攻って帯といたかどうかはあんまり重要じゃなくて、指一本ふれてない、とか、脱がしてもない、とか普通そういう風に言うよね。そうじゃない?女怪が相手だというのに、三蔵は心根までも受体質なのだなあと、ニヤニヤします。


はい、②です。

 悟空は、そっと頭にとまり、
「お師匠さま」
と呼んだ。三蔵は、声でそれと察し、
「悟空、よう来てくれた。早くわたしを助けておくれ」
「ゆうべのよい事は、どんなでした」
 三蔵は歯ぎしりして、
「わたしはたとい死んだって、そんなことはしないよ。女は、夜中までまつわりついていたが、わたしは帯も解かなんだ。からだは今も潔白じゃ。女は、わたしが意にしたがわぬので、わしをここに縛っておいたのだ。おまえ、どうかわたしを助け出して、経をもらいに行かせておくれ」

「わたしはたとい死んだって、そんなことはしないよ。」「からだは今も潔白じゃ。」の演歌感www響きが強いよ。


さて、③だよ。

悟空はそっと、「師匠」と呼んだ。
三蔵はその声を聞きつけ、
「悟空、来てくれたか。はやく助けておくれ」
悟空、
「ゆうべのいいことは、いかがでした」
三蔵は歯ぎしりして、
「わしは死んでもそんなことはせん。あの女は夜中までわしにまつわりついていたが、わしは帯も解かなかった。けっして身を汚してはおらん。わしが言うことをきかぬので、ここにしばったのだ。どうかわしを助けて、経を取りに行かせてくれ」

「師匠」とそっと呼んだだけで、「悟空」と名を呼び返してもらえるの、悟空はすごく嬉しいと思うんですよ。これこそツーカーの仲じゃないですか。Tu-Kaはなくなりましたけれども。

この女怪はなんと蠍の精だったので、天界から昴日星官(本性は雄鶏)を呼んできて退治してもらいました。
その辺のエピソードを二次創作したやつがこれ。

そして二度目の破門に繫がる



やっと女難を乗り越えた一行でしたが、八戒が早く人家にたどり着きたいと言い出し、珍しくそれに反対しない悟空は三蔵の乗る玉竜を走らせます。

「なるほど。そんならおれさまにやらせてみろ」
とて悟空が金箍棒をふりまわし、ひと声「ハイド―ッ!」叫んだだけで、馬は手綱をふりきって、平らな道をまるで矢のようにつっ走って行きます。
(中略)
 それはさておき、そういうわけで三蔵は手綱を締めたいにも締められず、鞍にしがみついたまま駆けるにまかせておりましたが、二十里ほど走って田んぼがひらけたところまでくると、やっとこさ並足にもどってくれました。

悟空は以前天界で弼馬温(馬飼い)の役についていたので、馬の扱いがうまいからという説明がついています。なぜわざわざ三蔵に危険なことをしたのかなと思うけど、まあ、話の展開上、三蔵がさきに行くというのが必要だったにしてもねえ、なんで?
馬といっても玉竜だからね。いざとなったら守ってくれる安心感があるのかもしれないけど、ねえ?

ここでは書いてないけど、三蔵たぶんちょっとこの辺でイラッとしてると思うんですよね。うん、これが後で効いてくる。

まずは賊に捕まる

一人で先に行ってしまった三蔵は案の定、賊に捕まって樹につるされてしまいます。三蔵のイライラレベルもだいぶ上がって来てますよねえ。
三蔵が吊るされているのを遠くから見た悟空はすぐに自分が見てくると言います。

①では

悟空も見て
「あほんだら、つまらんこと言うなってば。師匠は吊るされてるんじゃないか。おまえたちはゆっくり来いよ。おれさまがひとっ走り見てくるからな」

足手まといになる、おとうと弟子たちには後から来いと言って、自分で三蔵の様子見に行くんですよね。なんでも自分でやっちゃう親分肌の兄貴を持つと、おとうと弟子たちは楽できていいねー。

②では

 悟空、それを見て、
「あほう、ばかも休み休み言え。師匠はあそこにつり下げられているんじゃないか。おまえたちはぼつぼつ行ってくれ。おれはちょっと見て来る」

「ばかも休み休み言え」の古風な響き、好きなんですよねえ。

③では

悟空はそれを見て、
「阿呆、馬鹿なこと言うな。師匠はあそこで吊り下げられているんだぞ。おまえら二人はあとから来い。俺が行って見て来る」

フットワークの軽い猿、かわいいねえ。


そして、助けに来た悟空が賊を引き付けている間に、三蔵は逃げます。三蔵の人でなし感がかわいいので、見てみましょう。
①です。 

命びろいした三蔵、馬にとび乗るや、悟空のことなんぞ見向きもせず鞭をあて、一路さきを急ぐのでした。

まずさあ、馬にとび乗れるほどの運動神経が三蔵にあったことに驚きませんかw 
まあ、悟空は大丈夫だと知っているからだとは思うんですけど、「悟空のことなんぞ見向きもせず」という地の文でさえ三蔵の非情ぶりを強調している感じが面白い。

②と③も似ているので一気にどうぞ。

三蔵は命が助かったと見るや、馬に飛び乗り、悟空などそっちのけ、ひとむち当てて、もと来た道をまっしぐらに駆け出した。
三蔵は命びろいをすると、馬に跳び乗り、あとをも見ずに、鞭をあげて、まっしぐらにもと来た道を駆けて行く。

三蔵も馬に鞭あてたりするんだねー。
悟空は自分を置き去りにした三蔵にどう思ったのかまったく書いてないけど、ちょっとムッとしたりしたんじゃないのかなあ。
さっきから三蔵のイライラレベルは高まっているし、悟空もムッとしているし、不穏の匂いがし始めましたよねー。

悟空が賊を殺し、一行の不穏度が高まっていく

悟空が賊を殺してしまったと聞いた三蔵が立腹するシーン。

①です。

「じゃ、ほんとに死んだのかね?」
三蔵、たちまちごきげん斜めになりました。口のなかで猢猻(さる)がどうの、猴子(さる)がこうのとしきりにブツブツ言いながら、くるり馬を返しました。

三蔵のイライラレベル、だいぶ限界まで近づいてきました。
悟空が賊とは言え人間を殺してしまったことに三蔵は怒っています。

②です。

「では、ほんとに打ち殺してしまったのか」
 三蔵は、たちまちきげんが悪くなり、口の中で、猿がどうのこうのと、しきりにぶつぶつ言っている。

しょせん猿は猿、人間とは違うみたいなこと言ってるのかなと思います。


そこで、三蔵は賊の墓を作らせ、そこで経をあげます。その経が面白すぎるのでみていきましょう。
まずは③から

「好漢どもよ、もし閻魔にうったえるなら、悟空をうったえるがいい。八戒と悟浄は関係ない」

悟空は三蔵を守るために殺したんだけどね、そういうことガン無視で悟空のせいにしているのひどいですよねえw

②は漢文臭がすごいです。

拝するは惟好漢、禱る原因(いわれ)を聞けよかし。念(おも)うにわれは東土の唐人、唐朝皇帝の旨意を奉じ、西方に上りて経文を求取せんとす。(中略)爾森羅殿下に到らば、詞(うったえ)を興して倒木尋根(ねほりはほり)せん。他(かれ)が姓は孫にして我が姓は陳、おのおの異姓に居る。寃(うらみ)には頭(あいて)有り。債(かり)には主有り、切にわれ取経の僧人に告(うった)うる莫かれ

殺したのは孫で、私は陳という名字で姓が違うから無関係だから、恨むなら孫を恨めよ、私は関係ないぞということを強調しています。……そういうさ、人のせいにするところ、師匠さ、良くないよと思うよ。

①も見てみましょう。

「好漢よ祈る理由を聞き給え
 弟子(われ)は唐の大唐の僧侶なり
 (中略)
 なんじ冥府に到りなば
 よろしく閻魔に訴えよ
 そのとき忘るな我が姓は陳
 爾の仇の名は孫悟空なるぞ
 われ西天取経の僧なれば
 ゆめ姓名を違うるなかれ」

死んじゃった人のことを悪く言うのはあれだけどさ、「好漢よ」と呼びかけるの違和感あるけどねー。
「爾の仇の名は孫悟空なるぞ」とかさ、言われた悟空の気持ちなってみてごらんよ。別に悟空にとっては殺さなくてもいい小物だったわけじゃん。でも、三蔵に害なす者だったから始末したわけじゃん?三蔵のためにしたことなのにさ、そんなこと言われてもさあ……って気になるよね。(悟空モンペ)


そして悟空はどうしたのかというと、なんとここで笑うんですよね。
まずは③

悟空は、くすっと笑って、
「師匠、あなたもわからぬ方だ。わたしはただあなたのために、二人のこそ泥を打ち殺しただけなのに」

シンプルな文章が胸をうちますね。
「師匠、あなたもわからぬ方だ」の静かなあきらめの表現に苦しくなります。

②です。

悟空、思わずプッと吹き出しました。
「お師匠さまよ、あなたというお人は、ほんまに情義ちゅうものをご存じないですな。あなたがお経を求めに行くために、おれさまはどれくらい苦労していることか!(中略)たしかにおれさま、こいつらを殺しましたよ。それというのも、お師匠さまのためだったんです。(略)」

こっちの悟空はまだ師匠に理解してもらうことをまだあきらめていない感じ。あわよくば説得したいという欲を感じます。

①も②と近いですね。

今度は、悟空が思わず吹き出した。
「お師匠さん、あなたというお人は、まったく情義というものを心得ない。あなたが経を求めに行くために、わたしはどれだけ苦労したか。(中略)わたしが手を下して殺したには相違ないが、これもただあなたのためを思ってのこと。あなたは西天へ取経に行かなければ、わたしだって、お弟子にはならなかったでしょうし、ましてや、こんなところへ来て人殺しをするはずもないでしょう。(略)」

三蔵がそもそも取経の旅に出ていなければ、われわれは出会ってすらいないんだから、こんなところで人殺しをすることもなかった、つまりは、取経の旅をすると決めたのだからこの人殺しはあなたが責めを負うべきその代償です、ということを言ってるんですよね。
まあ、殺人の責任放棄とも読めるし、たしかに三蔵が天竺に到達するには必要な殺人だったでしょと言われると、まあそうかもと言えなくもない。悟空が殺さなくても道は通れたかもしれないですけど、短気で手の早い悟空にはこの殺人が我慢できなかったと言えばそうだし、そもそもそういう性質を持つ悟空を供にしなければ天竺なんかに到達できない、というのもまた事実なんですよねえ。

そして、悟空は盗賊たちの墓に向かって、「文句があるなら勝手に訴えでればいいが、おれは閻魔大王とも友達だからな」というヤクザみたいな内容の詩を言います。

その詩を聞いた三蔵の反応です。まずは①

「弟子よ、私が祈ったのはおまえに生類あわれみの徳を身につけさせたい、おまえを善人にしてやりたいからなのだよ。それなのに、なんだってそうむきになるのだ」
「お師匠さまのお祈りこそ、冗談口ではなかったですがね、ま、ともかく、さっさと宿をさがしにいきましょうや」
言われて三蔵、腹の虫をおさえて馬に乗りました。
悟空には、なんとなくしっくりしない気持がのこっています。いっぽう、八戒や悟浄にも悟空への敵意がちょっぴり生まれていました。こうして師弟四人、ちぐはぐな気持を抱いたまま、街道を西へと進んで行ったのでした。

不穏だねえw
てか、八戒と悟浄が悟空への敵意が生まれる理由がよくわからねえのだが。悟空が八戒と悟浄にイライラするならわかるんだけど。


とりあえずお互いの不満を言うだけ言って聞き流しておく喧嘩のパターンですね。この喧嘩があとで効いてきます。

②ではこんな感じです。

 三蔵は、悟空が、こんな悪態をつき出したので心ちゅう驚いた。
「悟空よ、わたしが祈ったのは、おまえに不殺生の徳を身につけさせ善人にさせたいためだ。どうしてそうむきになるのだ」
「お師匠さん、言ってみただけですよ。……さあ、いそいで宿を捜しに行きましょう」
 三蔵ややむなく怒りをおさえて馬に乗った。悟空のほうも、なんとなくこだわりが残った。

「お師匠さん、言ってみただけですよ」
絶対そんなことないじゃん。怒ってんじゃん。
カップルが喧嘩してるぅ~。

③です。

三蔵はこうした悟空の憎まれ口を聞いて、心中驚き、
「悟空よ、わたしがさっきそう言ったのは、おまえに殺生をやめさせて、善人になってほしいからではないか。なんでそんなにむきになるのだ」
「師匠、これは笑いごとではありません。さあ、急いで宿を捜しに行きましょう」
 三蔵は怒りをおさえて馬に乗った。
 悟空は三蔵に対して面白くなく、八戒も悟浄も、みなちぐはぐな気持ちで西にすすんで行った。

「師匠、これは笑いごとではありません。」
これは静かにキレてるw

ちぐはぐな気持ちで旅を続け、ある民家に宿をお願いするシーン。このシーンは①しかないので①でどうぞ。

三蔵、
「いえいえ、じつはですね、雷公みたいなのが一番弟子の孫悟空、馬づらみたいなのが二番弟子の猪八戒、そして夜叉みたいなのが三番弟子の沙悟浄と申します。(略)」
(中略)
すると八戒、
「わたくしめ、眉目秀麗にして文雅でありますれば、そうぞうしい師兄なんぞと並べられては困りまする」
悟空も笑って、
「そうだ、そうだ、口が長くなく、耳がばかでかくなく、面がみっともなくなければ、おぬしだって、いい男だよ」

なんかちょっと空気を和ませたくて、八戒が冗談言ったんだよね、わかる。お前はそういう気の遣える男。
悟空もただ否定するんじゃなくて、ちゃんと八戒のボケに乗ってあげるのが優しい。
「口が長くなく、耳がばかでかくなく、面がみっともなくなければ、おぬしだって、いい男だよ」
そう、八戒は面がみっともなくなければいい男なんだよ。ちょっと、怠け者ではあるけど、イケメンなら許されんだろ?


宿の息子が賊の一味だった

さてその宿を借りた家の息子がなんと先程の盗賊団の一味でした。信心深い老人の息子が賊だと聞いた悟空は「ぶっ殺してあげましょうか」と言いますが、老人は「あんな息子でも将来は墓守をしてもらわねばならないから」と断ります。
その息子を含む賊が三蔵一行に襲いかかってきて、悟空がドラ息子を殺すシーン。

まずは③

 悟空は傷ついた一人をつかまえて、「ど奴が楊家のせがれか」と聞き、刀をうばって、黄色の服を着た男の首を切り落とした。その血のしたたる首をひっさげ、三蔵に追いついて、
「師匠、これが楊じいさんの不孝息子です。わたしが首を取って来ました」
 三蔵は驚いて色を失い、馬からころげ落ちて
「この悪猿め、びっくりするではないか。はやく持って行け、はやく持って行け」
(中略)
 三蔵は立ち上がって、正気にもどり、緊箍呪を唱えはじめた。悟空は顔が真赤になり、目ははれ、頭はくらくらして、地面をころがり回り、
「やめてください、やめてください」と叫ぶ。三蔵は十数回唱えて、なおやめない。

何度読んでも、この三蔵は悟空がドラ息子を殺したことを怒っているというよりも、自分の目の前に血の滴る生首を差し出されたことに怒っているような気がするんですが、どうでしょう。

②です。

悟空は近寄りざま刀を引ったくり、黄色の服を着た男の首をかき落としてしまった。生血のしたたるやつを手にひっさげ、三蔵に追いつくと、馬の前に立って、それをさし上げ、
「師匠、これが楊じいさんとこの不孝者です。わたしが首を取って来ました」
 三蔵は驚いてまっさおになり、馬からころげ落ちてののしった。
「この悪猿めが、びっくりさせるじゃないか。早く持って行け、早く持って行け」
(中略)
 三蔵は、気が鎮まると、緊箍呪を唱えはじめた。と、悟空は、頭を締めつけられ、目は飛び出し、頭はくらくらして地面をころげ回る。三蔵は十ぺん余りも唱えたが、やめる様子もない。悟空は、痛さにたえかね、
「お師匠さま、お話があるなら承ります。どうかやめてください」
と音をあげた。

②が一番首を切る描写と禁錮呪の痛がる描写が生々しい気がするwまあ比較すれば、という程度ですけどね。グロや痛み描写が得意な平凡社版と記憶していいですかw

①です。

悟空はそいつの刀をひったくるなり、黄色い服の男の首を、さっと切り落としてしまいました。血がしたたるのを手にぶら下げて、鉄棒をしまいこみ、大股で三蔵に追いつきますと、その生首を高くあげて、
「お師匠さま、こいつが揚じいさんとこの親不孝せがれです。孫さまが首級をあげましたぜ」
 三蔵は見るなり腰を抜かして馬からころげ落ち、まっ青な顔で叱りつけました。
「この凶悪ザルが! ひとをおどろかせおって! とっとと持っていけ、持っていけったら!」
(中略)
立ちあがってなんとか落ちついた三蔵、ブツブツと緊箍呪をとなえはじめたのです。さあ、
悟空、緊めつけられて耳も顔もまっ赤、目はとび出すわ、頭はくらくらするわ、地べたをころげまわります。
「やめてください!後生ですから、やめてくださいよう!」
と叫ぶのですが、三蔵は十ぺん以上もたっぷりとなえ、それでもまだやめようとはしません。

「やめてくださいよう!」の小猿感がたまらないですね。それでもやめない三蔵はS気あるのではと疑いたくなります。

二度目の破門になる

そして、二度目の破門になります。それぞれ長いんですが、ぜひとも読んでほしいので抜粋します。
まずは③

悟空はもんどり打ち、逆立ちし、痛さに耐えかね、
「お許しください、話があればうかがいます。やめてください、やめてください」
 三蔵は、やっと呪文をやめて、
「何も言うことはない。もうついて来るにはおよばぬ。帰ってしまえ」
「どうしてわたしを追い返すのです」
「お前は悪猿だ。あまりにひどすぎる。それでは経を取りに行く資格はない。(中略)これまでなんどか言って聞かせたのに、一点の善心すらもない。もうおまえはいらぬ。はやく行け。それとも、また緊箍呪を唱えようか」
 悟空は恐れて、
「やめてください、やめてください。私は参ります」
 そして、さらばと言ったかと思うと、筋斗雲を飛ばして、はや、その姿はなかった。
(中略)と、どこにも身の寄せるべきところがなく、いろいろ考えたすえ、
「まあいいや、やっぱり師匠のところへ帰って、証果を得よう」
 そこで雲を降ろして、三蔵の馬前にかしこまり、
「師匠、どうぞわたくしのこのたびのことをお許しください。もうけっして繰り返しません。何事も、ご教訓に従い、ぜひともあなたをお護りして、西天へ参りたく存じます」
と言ったが、三蔵は答えず、馬をひかえて緊箍呪を二十ぺんも唱えた。悟空が地にころげて苦しむのを見て、
「まだ帰らずに、わたしにまといつくのか」
「呪文をやめてください。わたくしはどこかへ行って暮らしましょうが、ただわたくしがいなければ、あなたは西天へ行けますまい」
 これを聞くと、三蔵はいっそう怒って、
「この悪猿め、殺生ばかりして、わたしをまきぞえにする。ほんとうにもうおまえはいらぬのだ。わたしが西天へ行けようが、行けまいが、おまえの知ったことではない。はやく行け。行かねば呪文をやめぬぞ」
 悟空は痛さに耐えきれず、また師匠が思いなおす様子もないので、しかたなしに筋斗雲に乗って、空中に飛び上がった。が、
「そうだ、師匠は俺の恩義にそむいたのだ。いっそ普陀崖の観音菩薩のところに行って、うったえてみよう」

「もうおまえはいらぬ。はやく行け。」
三蔵の冷たい言葉が刺さるよぉ。そんなこと言われたら悟空泣いちゃうよぉ。前回の破門の時もめちゃくちゃ泣いたんだぞ、あの猿は。

前回の破門の時、三蔵は破門状を書きましたが今回は書きません。カジュアル破門です。
すんなり去ったかと思いきや、悟空は一度戻ってくるんですよね。花果山にも経を取ったらもどって来ると言った手前、カッコ悪くて戻れない悟空は本当に行く場所がないんです。
「今まで妖怪は山ほど殺して来てるんだし、それに恩義を感じてるんじゃないですか?今更、人を一人殺しただけで(しかもドラ息子)、そんなに怒らなくても……」という悟空の気持ちはわからなくもないですよね。


次は②です。

 三蔵はやっと呪文をやめ、
「もはやなにも言うことはない。もういっしょに来なくてもいいから、帰れ」
 悟空は痛みをこらえながら地べたに頭を打ちつけ、
「お師匠さま、どうして、わたくしを追い返すのです」
「なんじ、悪猿。もはや経を求める資格はない。(中略)これまで幾度か訓戒を与えたに、善心のきざしはさらさら見えぬ。そんなおまえがなんの役に立つ。さっさと行け、早く消えうせろ。さすれば真言を唱えられずにすむぞよ」
 悟空は恐れをなし、
「どうか唱えないでください。わたくし、おいとまいたしますから」
 さらばとひと声、筋斗雲を飛ばして、悟空はいずこともなく消え去った。
(中略)進退両難に陥って、長い間ためらい、思い悩んだすえ、
―ま、いいや。やっぱり師匠のもとへ帰ろう。そうしてこそ正果を得られるというものだ―
 そこで雲を降ろし、師の前にかしこまると、
「お師匠さま、わたくしの今度のことは、どうかお許しください。今後、二度と再び乱暴なことはいたしません。万事ご教訓にしたがいます。わたくしは、あなたをお守りしてぜひとも西天へまいりたいのです」
 三蔵はチラと目をやったが、なんとも言わず、馬をひかえると、さっそく緊箍呪を唱えだした。悟空が地べたに倒れてころげまわるのをながめて、
「お前は帰ろうともせず、なぜわしにまといつく」
 悟空は、
「やめて、やめてください」
と叫んで、
「わたしには帰る先がないではありませんが、わたしがいなくては、あなたが西天へ行きつけまいと思いまして」
 三蔵は腹を立て、
「お前という猿めは、殺生ばかりいたしおる。わしはもう、おまえなんぞに、しんから用はなくなった。わしが西天に行かれようと行かれまいと、おまえの知ったことか。とっととうせろ。ぐずぐずしていると、また真言を唱え、今度は決してやめないぞ」
 悟空は師匠が心を翻す様子もないので、もはやせんすべもなく、また雲に飛び乗って空中に飛び上がったが、ふと、
―師匠には、おれの好意がわからないんだ。ともかく普陀崖の観音菩薩のところへ行って相談してみることだ―

「とっととうせろ。ぐずぐずしていると、また真言を唱え、今度は決してやめないぞ」の三蔵の脅し文句やべえなあ。
「師匠には、おれの好意がわからないんだ。」の切ない悟空の台詞を読んでくださいよ、もう。
どっちが暴力的な攻かわからないな、もう。

①は結構長いけど、エモいからぜひ読んでね。

 悟空はころげまわったり逆立ちしたり、その痛さときたらとても耐えられるものではありません。
「お師匠さま! ゆるしてくださいよう! お話があるんなら、おっしゃってくださいよう!その呪文だけはやめてくださいよう!」
 三蔵はやっと呪文をやめました。
「おまえに話なんぞないわ。もう、わたしについてこなくともよいから、帰れ!」
 悟空は痛いのをこらえながらも、地べたに叩頭し、
「お師匠さま、どうしてわたしを追い帰すんですか」
「この凶悪ザルめが! むごたらしいことばかりしおって! お経を取りに行く資格なんぞ、とうていないわ。(中略)わたしは一度ならずおまえに教えこんだつもりだが、一向によくなる気配も見えぬ。このうえおまえに、なにをしろというのか、 さ、 行け! とっとと行ってしまえ! さもないと、また呪文をとなえるぞ」
 悟空はすっかりおそれをなし、
「やめてください! そんなら、おさらばいたします!」
 言うなり、ぱっと触斗雲にとび乗るや、たちまち影もかたちも見えなくなってしまいました。
(中略)
 となると、悟空には、ほんとに行くところがないのでした。さんざん考えあぐねたすえ、
「えいっ! ままよ!やっぱり師匠のもとにもどるとすっか!正果を得るには、それしかないなあ」
というわけで雲をおろし、まっすぐ三歳の馬の前にかしこまって立ちました。
「お師匠さま、どうか今度のことはおゆるしください。これから先は、二度とあんな凶暴なことはいたしませんから。なにごとも、お師匠さまのお教えに従います。わたしはやっぱり、なんとしても、お師匠さまをお守りして西天に行きたいのです」
 三蔵は悟空を見るには見ましたが、ウンともスンとも返事をせず、手綱をゆるめるなり緊箍呪をとなえるではありませんか。痛さのあまりころげまわると、さらに二十ぺんあまりもとなえるものですから、悟空は地べたにひっくり返って痛がります。 悟空のあたまの金箍は、もう一寸ほども肉に食いこんでしまいました。そこでやっと呪文をやめた三蔵、
「おまえは帰りもしないで、またもわたしにまつわりつく気か」
「呪文はやめてください、やめてくださいったら!」
と叫んでから、 申しました。
「わたしにだって、くらしていくところぐらいありますがね、心配なのはあなたですよ。わたしがいなけりゃ、西天には行きつけないだろうと……」
 三蔵はカンカンに怒りました。
「このサルめ! さんざん殺生を重ね、どれだけわたしに迷惑をかけたことか! 今度という今度は、ほんとにおまえとは縁を切る。わたしが西天に行きつけようが行きつけなかろうが、おまえの知ったことか。さ、とっとと行け!ぐずぐずしていたら、また呪文をとなえるぞ。今度はもう、おまえの脳みそをしぼり出すまで、やめんぞ!」
 悟空は、あたまが痛くてたまらないところにもってきて、師匠の気が変わるようすもないものですから、もはやどうしようもないとあきらめ、またも筋斗雲にとび乗って空中につっ立ちました。ふと思いつきましたのは、
「あの和尚め、おれさまの恩も忘れやがって!そうだ、普陀崖に行って観音菩薩にいいつけてやれ」

「わたしはやっぱり、なんとしても、お師匠さまをお守りして西天に行きたいのです」
そうなんですよねえ。そうなの、悟空は師匠と一緒に天竺に行きたいの。
でも、この師匠は怖いよ。「金箍は、もう一寸ほども肉に食いこんでしまいました。」一寸ってほぼ3㎝だぞ。3㎝も肉に食いこませちゃう師匠怖いよ。

観音菩薩に泣きつく

観音菩薩のところにいった悟空はわんわん泣いてしまいます。(かわいい)

①です。

そこで木叉と善財童子の先導により宝蓮台まで進み、菩薩を仰ぎ見るなり平伏しました。と、どっと涙があふれ出て、声を放ってワーワー泣きだしたのです。菩薩は、木叉と善財に悟空をたすけ起こすよう命じられてから、
「悟空、なにか悲しいことがあるのなら、泣かないで、つつみかくさず言ってごらん。わたしが、そなたの苦しみを救い、災いを消してあげよう」
 悟空はなおも涙を流したまま、再拝して申しました。
「わたくしめ、菩薩さまの弟子となりましてからこのかた、ひとからひどい目にあわされたことなど、ついぞございません。菩薩さまのおかげにて天罰をまぬがれ、仏門に帰依し、唐僧を守って西天へとみ仏を拝しお経を求める旅を続けてまいりました。この身を投げうって唐僧にふりかかる災難をはらい除けてまいりました。それはあたかも―
 老虎(とら)の口から骨を奪い
 蛟龍の背から鱗を剥ぐ
といったようなあんばいでした。それもこれも、正道に帰して正果を得、罪業を洗いきよめて邪を除かんがためだったのです。ところがどうでしょう、そんなわたくしの恩義などはころっと忘れ、ほんのちょっとした善縁に迷わされ、ことの白黒もわからなくなってしまったんです」

木叉と善財のきょうだいに助け起こされる悟空かわいくないですか。
悟空が「この身を投げうって」三蔵を助けて来たのはそれは事実のことなんですよねえ。このあと、菩薩から「公平に見てお前が悪い」と言われるんですけど、実家に帰ってきてパートナーの愚痴を言う新夫感ありますね。

②です。

 悟空は菩薩の姿を見るなり、平身低頭して拝をし、涙を滝のように流しながら、声を放って泣きだした。菩薩は善財童子に悟空を助け起こさせ、
「悟空、どんな悲しいことがあるのです。隠さずに話してごらん。わたしが苦しみを救い、災いを消してあげよう」
と言われる。悟空は涙をぬぐいもせず、また拝をして、
「弟子(わたくし)、人間となってからというもの、人からつらい目にあわされたことは、かつてございません。菩薩さまに天罰をお許しいただき、唐僧を守って西天へ経を求めに行くことになりましてからは、身命を投げうって唐僧を魔障の手から救い、ひたすら、罪業をつぐなって正果を得ようと心得てまいりました。ところが、師匠は、義にそむき恩を忘れ、一遍の善縁に迷わされて、ことの是非をただす苦心というものを察せず、わたくしを放逐したのでございます」

本の癖が分かってきたんだけどさ、②は台詞がちょっと丁寧なんだよね。
「わたくしを放逐したのでございます」
すごいよ、難しい言葉よく使えるね。

③です。

 悟空は菩薩を仰ぐと、身を投げ出して伏し拝んだ。涙は泉のようにとめどなくわき出し、大声を放って泣き出した。菩薩は善財童子に悟空を助け起こさせて、
「悟空よ、何か悲しいことがあるなら、はっきり言ってみよ。泣くな、泣くな。わたしが、そなたの苦しみを救ってあげよう」
と言われると、悟空、
「わたくし、人間となって菩薩様の教えを受け、唐僧を護って西天へ経を求めに行くことになりましてより、身命を投げうって、唐僧を妖魔の難から救い、いくどか危うい目にあいながら、ひたすら証果を得ようとつとめて参りました。ところが師匠は、ただ一片の善縁に迷い、ことの是非をも察してくれないのでございます」

「ところが師匠は、ただ一片の善縁に迷い、ことの是非をも察してくれないのでございます」という愚痴がヤバいw
「ぽっと出のおっさんに気を遣って、今まで尽くしてきたおれのこと責めてくるんだけど」って言ってるじゃん。


そして、悟空が抜けた一行で三蔵の台詞。

「弟子たちや。今朝は明けがたはやばやとあの農家を出発し、おまけに弼馬温めにカッカさせられたものだから、この半日というもの、おなかはすくわ、のどは渇くわで、どうにもたまらない。どこぞでお斎をもらって食べさせてくれないか」

私調べですけど、三蔵が悟空のことを「弼馬温」って呼んだの初めてだと思います。悟空が嫌がる呼び方で絶対呼ばなかったのに、それだけ三蔵も怒り心頭ってことなんでしょうねえ。

②でも弼馬温呼びしてます。

「弟子たちや、明けがた、農家を出たままだし、そのうえ、あの弼馬温めに腹の立つ思いをさせられたので、この小半日というもの、すっかりのどがかわき、腹をひもじゅうてならぬ。どこぞへ行って斎をもらって来て食べさせておくれ」

「ひもじゅうて」という言い方がわりと好き。

悟空の偽物が現れる

八戒と悟浄が斎を取りに行っている間、悟空(実は偽物)が三蔵を襲いました。八戒と悟浄が戻ってくるシーン。
まずは③

 途中で悟浄に出会い、水もくんで、喜んでもどって来ると、三蔵が顔を土にくっつけ、泥まみれになって倒れている。白馬は手綱を引きずってはね回っていなないており、荷物はあとかたもない。八戒は胸をたたき、地団太ふんで叫んだ。
「わかってる。こりゃ悟空に追っぱらわれた奴らの残党がやって来て、師匠を打ち殺し、荷物を持って行きやがったんだ」
 悟浄はぼろぼろ涙をこぼし、
「お師匠様あ」
と、呼び立てる。すると八戒が、
「兄弟、もう泣くな。こうなっちゃあ、もうお経を取りに行く段じゃあないな。どこかで馬を売って金にして、棺を買って来て、師匠を埋めよう。俺たち二人は、別れてそれぞれ暮らしの道を求めに行こう」
 悟浄はそれでも思い切れず、三蔵の体を仰向けにして、顔をすり寄せ、
「気の毒なお師匠様」
と叫ぶと、三蔵の口からかすかに、熱い息がかよい、胸元も暖かい。

八戒のあきらめと切り替えの早さがハンパなすぎて笑える。しかも、悟浄ともここで別れて別々の道を行く予定なんですね。
悟浄が優しいやつみたいになってるけど、普通だからね。普通、師匠が倒れてたら、死んでるかもと思ってもとりあえず傍に行って様子を見るよね。


次は②です。

ふたりが喜び勇んで街道まで帰って来ると、三蔵は顔を地べたにくっつけ、土ぼこりの中に倒れている。白馬は手綱を引きずったまま、悲しげな声を立てながら路傍ではね回っているが、荷物は影も形もない。うろたえた八戒、胸を打ち足ずりして、
「こいつぁてっきり、悟空に追っ払われた賊めらの片われがやって来て、師匠を打ち殺し、荷物を取りやがったんだ」
「ともかく馬をつなげ」
 悟浄はそう言って、
「お師匠さま!」
と一声、三蔵のからだをあおむけにし、その顔にほおを押しあてて泣きだした。

こっちの八戒は旅を諦める様子はないですねw
八戒の薄情レベルをどこに設定するかの線引きが違う印象です。


①です。

こうしてふたり、うきうきと道までもどってきましたら、三蔵が顔を地べたにくっつけ、土ぼこりのなかに倒れているではありませんか。 つないであった手綱を外したまま、白馬は道ばたでたいななきながら、はねまわっています。荷物は、影もかたちも見えません。あわてふためいた八戒、じだんだふんで、
「きまってるぞ! 悟空にやられた連中の残党にきまってるぞ!やつらが師匠を殺し荷物をかっぱらいやがったんだ!」
「まあ、馬をつなごうや」
と言いつつ、悟浄も、
「ああ、どうしよう! これが、『道なかばにして止む』ってことか。お師匠さまァ!」
と、涙を滝のように流しつつ嘆き悲しみました。すると八戒、
「おとうと、泣くなよ。 こうなったら、取経のことはもう言いっこなしだ。 おぬしは、師匠のなきがらを守ってな。おいらがどこぞの府か州か県か村の店まで馬に乗って行き、そいつを売ってなん両かの銀子をもらったら、それで棺桶を買って師匠を埋めるとしよう。それから、おいらとおぬし、それぞれ行き先を考え解散だ」
悟浄はまことうしろ髪をひかれる思い、三蔵のからだをあお向けにし、その顔に顔を押しつけて、
「お痛わしい、お師匠さま!」
と、またも涙するのでした。

冒頭に八戒と悟浄が「うきうきと道までもどってきました」というのは、さんざん時間がかかったけれど斎と水を手に入れらからなんですね。

馬を売ってくるからその金で師匠の棺桶を買おうという八戒の珍しくてきぱきとした指示をご堪能くださいよ。全然名残惜しさとかないんだ。旅路ももう後半戦なんですけど、この期に及んでもまだあわよくば怠けたいと思ってるあたりが人間味を感じますね。


結局、六耳獼猴という生き物が悟空に化けていたこともわかり、三蔵は菩薩に諭されて、悟空をまた弟子として受け入れます。

待ちに待った火焔山だよ


さてあの牛魔王のいる火焔山です。

火焔山は文字通り燃えている山で、鉄の体を持っていてもどろどろに溶けてしまうと聞いた三蔵が不安がるシーン。悟空は三蔵に餅を買い与えます。

①です。

 きいてびっくり、三蔵はそれ以上たずねる元気もなくなってしまいました。
するとそのとき、門の外を若い男が通りかかりました。赤く塗った車を推し門口にとめると、大きな声で、
「えー、餅ィー!餅ッ!」
と叫んでいます。悟空は、にこ毛を抜いて銅貨に変えますと、餅を買いました。(中略)
 きいたとたん、悟空は身をひるがえして奥に行き、餅を三蔵に手渡しながら、
「お師匠さま、ご安心ご安心!取り越し苦労はご無用ですぜ!まずはその餅を召しあがれ。それからお話しますから」
 餅を受け取った三蔵は、老人に、
「ご老体、餅はいかがですか」
 老人、
「お茶やご飯もさしあげておりませんのに、そちらさまの餅をいただくなんて、とんでもない!」
 悟空は笑いながら、
「なんのおかまいなさるな。(略)」

師匠が元気なくしちゃったから、餅を買い与えたんですよね、ぷくぷくのほっぺの師匠がやわらかいお餅を食べるところかわいいもんね。
それなのに、買ってもらった餅を老人に渡そうとする三蔵……w 悟空ファイトです。
「なんのおかまいなさるな」という台詞からは悟空の不満は読み取れないので、あれかな、スパダリの余裕なのかな。

②です。

 三蔵は大いに驚き、それ以上尋ねる勇気もない。
と、その時、外へひとりの男が赤塗りの一輪車を押してやって来た。門口に車を止めて、
「餅や、餅!」
と呼ぶ。悟空は毛を一本抜いて銅貨に変え、その男に、
「餅をくれ」
と言った。(中略)
 聞いて悟空、いきなり奥へ飛び込んで、
「お師匠さま、ご安心なさい。取り越し苦労はご無用です。餅を召しあがってからお話いたします」
と言いながら、餅を三蔵に渡した。

こっちは老人にあげることはないけど、食べたとも書いてないんですよね。うーむ。三蔵が餅を食う描写、絶対かわいいんだから書いてもよいと思うんだけど。

③です。

 三蔵は顔色を変えて、それ以上たずねる勇気もない。
 そこへ一人の若者が赤ぬりの車を押して来て、門口で、
「餅や、餅や」
と叫んだ。悟空は一本毛を抜いて銭に変え、餅を買ってみると、湯気がぽかぽかと出て、まるで真赤におこった炭火のように熱い。(中略)
 悟空はそれを聞いて、急いで奥に入り、三蔵に餅を捧げて、
「師匠、ご安心ください。まあ気をもまずに、この餅をおあがりなさい」

「まあ気をもまずに、この餅をおあがりなさい」の安心感ヤバないですか。
「おれがなんとかしてあげますから、この餅で元気だしてくださいよ。可愛い顔が台無しですよ」(意訳)ってことでしょ?

芭蕉扇をだまし取るため、羅刹女といちゃつく悟空

芭蕉扇があれば火焔山の火が消せることを耳にしましたが、芭蕉扇をもっているのは牛魔王の妻の羅刹女でした。牛魔王は新しい女のところにいってしばらく留守のようです。悟空と牛魔王は五百年前に義兄弟の契りを結んだ仲なので、そのよしみで貸してもらえないかと悟空は頼み込みます。しかし、以前に羅刹女の子である紅孩児を倒し、観音菩薩の弟子にした経緯があるので、羅刹女は悟空を仇と見なし襲いかかってきます。

悟空と羅刹女のたたかいは①では詩で表現されているんですが、気になる一節があるので見ていきましょう。

 修行の果てに女怪となりて
 恨むは子のため猴王にくし
 悟空も怒っているけれど
 師匠のためだ我慢もする
 芭蕉扇貸して下され
 頼む口調は穏やかに

短気な悟空ですから、剣で切りかかえてこられて腹は立ってるんですが、師匠のために穏やかに話し合いで芭蕉扇を貸してもらう方が話が早いので、「師匠のため」に我慢して頼んでいる、ようです。
てか、前から、この悟空はやけに「義兄弟のよしみ」を強調して、なんとか穏やかに話し合いで解決できないものか探る理由が気になっていたんですが、もしかして前回人殺しで破門された経緯があるからですかね。なるべく暴力以外で解決して三蔵の機嫌をとりたい可能性はありますか??かわいい、けなげ……。

「修行の果てに女怪となりて」ってことは、羅刹女は元は人間だった可能性あるな。


悟空は牛魔王の姿に化けて、羅刹女から芭蕉扇を奪い取ろうとします。
羅刹女は久しぶりに夫が帰ってきたと思っているので、いちゃつき始めます。(こっちもけなげ……)

まずは③

羅刹は少し酔い心地になり、しきりに悟空にすり寄って、やさしい言葉をささやきはじめる。

③は児童書だからね、まあこの程度のぼやかした表現だよね。
次は②

 五、六度杯がかわされると、羅刹女はほろ酔いきげんとなって、あだ心が動き出し、悟空のかたわらにすり寄って、いちゃいちゃしはじめた。手を取ってさざめごとをつぶやき、肩を押しつけて低い声で甘えかかる。ひとつの杯をひとくちずつ飲みかわす、はては果物を口うつしに食べさせる―。
 悟空は、なに食わぬ顔で、女により添い調子を合わせていたが、女にすっかり酔いがまわったのを見てとると、用心しながら、奥の手を出しはじめた。

ちょっと色っぽくなってきましたねーw
さざめごととは、「男女間の恋のかたらい」だそうですよ。
「果物を口うつしに食べさせる」とかそれもうディープキスしてんじゃん、てか、悟空も顔色を変えずに女の人とそんなことできるんだね。悟空の童貞疑惑については前も書いた気がするけど、どうなんだろ。童貞だったら人妻とこんなことしたら、わりとテンパりそうな気がする。この辺澄ました顔でやってるってことは、行為だけはやったことがあるのかもしれない。

そして①

杯が数巡したころになると、羅刹女はもうほろ酔いきげんとなりました。そうなると、好きごころがきざし、悟空のほうににじり寄っていちゃつきはじめたのです―
 手をとって
 やさしく囁き
 肩をならべ
 小声で甘える
 一杯の酒を
 互みに飲んで
 くちうつし

 悟空も、さあらぬ顔で女に調子を合わせるしかありません。ぴったり寄りそっているうちに―

あらあら、結構いちゃついていますよ。三蔵が見ていないからってそんなことして良いんですか?

この猿は芭蕉扇をだましとった帰り道、こんな歌を歌っています。

その気はなくて美人にもてた
わるい気せずに笑顔でかえる

まあ、必要なハニートラップだったと言えばそれまでなんですが、喜んじゃってるじゃんw
三蔵に言いつけちゃおう。


というわけで、今回はここまで。次回はやっと牛魔王が出てきますからね。お楽しみにです!


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?