ネモにクソデカ感情を抱いた男/ポケモンSV感想

※本noteにはポケットモンスタースカーレット・バイオレット(以下SV)のストーリーに関するネタバレを多分に含みます。

 さて、私は先日ポケモンSVをクリアした。元々ルビーサファイア以来、全くポケモンに触れていなかった僕だが、前作、通称「ポケモン剣盾」で、たまたま目にしたジムリーダーやライバル、四天王と、ほぼ全てのキャラのビジュアルがあまりに「好きすぎた」ため、十数年以来にポケモンシリーズに復帰した。SVは、剣盾と比べると特に魅力に感じるキャラクターが多いとは感じていなかったのだが、ライバルのネモ、四天王のチリ、ジムリーダーのグルーシャ、学校の先生レホールなど、ビジュアルに惹かれるキャラもいた。更に剣盾のストーリーがかなり良い出来で、度肝を抜かされたこともあり、ある意味「剣盾があのレベルがあり得るならば」と買った次第だ。つまり元々、SVに対して強い期待感を持っていたわけではなかった。
 
 しかしその油断もあってか、私はSVに対し「剣盾と同様」の衝撃を浴びてしまう。既プレイの方ならわかるだろうが、SVはどちらかというと小さな物語で構成された、ある種群像劇のような性質を持っている。剣盾はどちらかというと一本大きな道に構成されたストーリーであり、歴史や社会に根差した強いテーマのある、筋の通った作品であった。

 あえて、わかりやすい二項対立で表現すると、
 剣盾は、「大きなテーマ」が先にあり、そこに巻き込まれた個々の人物の「小さな物語」で構成されている。
 SVは、「小さな物語」の集合であり、そして最後にそれが「大きなテーマ」へと一つに纏まっていく。
 そういう意味で、私は正反対の作風ではあったが、しかしSVの感情を揺さぶられる人物描写には感動しっぱなしであった。

 つまり「人物描写中心」なのがSVの特徴とも言える。それは言い換えれば「キャラクターを好きになりやすい」構造でもある。実際最終的に私は多くのキャラクターを好きになった。そしてそんな中、私が最も好きなキャラクターの物語が、何を隠そう「ネモ」だったのだ。

1、そもそもnoteを書こうと思ったワケ

 ということで私はネモが大好き!で終わってたところだったのだが、何を隠そう、昨今ネモのことについて調べてると、やれ「戦闘狂」やら「ソシオパス」やら言われていて、「いや、それはネモの本質とズレてない?」と思うことが多くなった。戦うことが好きというのは、私にとっては「ネモというキャラクターに深みを与えるための一側面」に過ぎないため、目立っている際立っている(あるいは面白がれる)特徴であるとはいえ、そこばかり注目されるのはイマイチ納得がいかなかった。
 というわけで、このnoteの目的はそんなもやもやを晴らすべく「俺がネモを好きになった理由を言語化してすっきりする!」というものである。

2、最強のトレーナーになるまで/主人公と出会う前のネモの物語を妄想する。

 さて、ではそもそも何で「ネモ」は誤解されるのかを考えていきたい。既プレイの方ならわかるだろうが、SVは大きく分けて三つの物語で進行する。

 ライバルと共に歩み、いつも通りリーダーに挑みチャンピオンを目指す「チャンピオンロード」

 今作の所謂「悪の組織」として登場するスター団との戦い、及び彼らへの理解を深めていく「スターダストストリート」

 そして伝説のポケモンとの出会い、そしてその成長を見守る、「レジェンドルート」。

 三つに分かれることは斬新とはいえ、いずれもこれまでポケモンの物語を支えてきた「チャンピオン」「悪の組織」「伝説のポケモン」という大きな要素にフィーチャーしたものである。
 さて、そんな三つのストーリーで、主人公と関わる重要な人物がそれぞれ一人ずついる。スターダストストリートでは、その親玉であるボタン、そしてレジェンドルートでは、伝説のポケモンと関わり深いペパー、そしてチャンピオンロードでは、チャンピオンでもありライバルでもあるネモである。
 このうち、ペパーとボタンは、その人物を中心に進むため、彼らの口から、あるいは周りの人物から、その人物の物語や感情がはっきりと描写されることが多い。
 一方でチャンピオンロードでは、定期的にライバルネモとの戦いはあるとはいえ、ジムリーダー、四天王、そしてトップチャンピオンと、登場人物の多さや、戦う相手が変わっていき、更にネモ自身があまり自己を語らないことも相まって、「ネモ」自身の物語は、他のストーリーと比べると、やや希薄なのだ
 つまり、ネモを「理解する」ためには、彼女自身に興味を持ち、その言動や、周囲の評価をつぶさに観察せねばならない。その難しさが、ある意味で「ネモへの誤解」を導いているのではないか、私はそう思ったわけである。

 だが私は逆に「語られないこと」でむしろ、「彼女のストーリー」を、どんどん考察(あるいは妄想)するようになってしまった。


 というわけで、ここでは、そんな私がストーリーの中で散りばめられた要素を拾い上げ、「きっとネモは主人公と出会う前はこんなことがあったんだろうなぁ」ということを、何の恥ずかしげもなく披露する。つまり今から言うことは多分に「私自身の感想推測」を含んでいる。だが私はそういう「自由に考える余地のある」ことも含め、ネモの良さ、だとは思っているので、どうか受け入れて頂きたい。

2.1 ネモの育った環境

 さて、ネモが主人公と出会う前、つまり、「彼女がチャンピオン」となるまでのことについて、早速妄想していく。
 まずは家のことについて。彼女は初見で出会った時、既にわかる通り、「かなりの豪邸」に暮らしている。パルデアの生活水準についてはっきりと言えるわけではないが、小さな町で、田舎とはいえ、あれほど大きく、綺麗な家に暮らしているともあれば、すぐに「富豪の子」であることが推測できる。後に語られるが、彼女は姉がおり、さらに両親は大会社の役員であることが語られる。事実として「富豪」なのだ。
 そんな彼女の口からは、両親とは上手くやっている、更には「姉がいるから良い意味で自分には放任主義」と述べられるのだが、実は彼女の家に訪れると、あまり家主、つまり彼女の両親は家にいないことがわかる。ネモが学校に行き、寮生活を始めたこともあるのだろうが、彼女の家には常に家事を行うために雇われた人がいるだけである。

 つまり、「良い意味で放任主義」と彼女は言うが、実際に両親はあまり家にいなかったことが推測できるのだ。

 とはいえ、彼女の寮での生活を見るに、彼女は決して家人の手伝い無しでは、まともに生活ができないような怠惰な子供ではない。自分でポケモンの食事を考え、トレーニングのスケジュールを立てる、ややポケモン中心な所はあれど、寮部屋の清潔さと、生活感が程よく感じられる点から、「自分で何でもそつなくこなす」ことが伺える。
 彼女は自由、放任にさせてもらってはいるが、決して何かに甘えっぱなしというわけではないのだ。裏を返せば両親も「ネモは一人でも大丈夫」と思っているからこそ、それほど気にはかけていないのだろう。ペパーのように子供を忘れるほど仕事一筋、というわけでもあるまい。

2.2 ネモがチャンピオンになるまで

 ネモは、ストーリーでも散々強調されている通り、「ポケモンバトル」が大好きだ。そして学校一年目で生徒会長就任をしていることからも、総合科ではあるが秀でた学力も持ち合わせているのだろう。
 アカデミーは所謂「小学校」や「中学校」のような義務教育的な設備ではなく、単位制、更に皆、年齢はバラバラでどちらかと言えば高等教育の現場である。従って学年はあくまで「何年学校に通っているのか」の指標にしかならない(留年はあるみたいだが)。ネモも主人公以上の年齢には見えるが、10代前半なら、同年代でも、あの程度の身長差は十分にあり得る。
 従って、あくまで考察程度だが、ネモの年齢は「一年目としては平均的な年齢、あるいは少し上の可能性」くらいだろう。そして留年のシステムのある学校だが、生徒会長になるほどなのだから、ネモ自身は留年していないと思われる。
 さて、「何の話?」と思うだろうが、これはネモの考察の上で重要な前提である。

 そう、アカデミーの「宝探し」という課外授業は前回いつ行われたのか?

 一年生のネモが既に宝探しを経験していることを踏まえると、年数回行われるイベントであることが伺える。恐らくは学期ごとに一回(これはあくまで推論だが、主人公は中間と期末の試験を受けられるため、学期で二度宝探しを受けられるという可能性は低い)開かれるイベントなのだろうが、問題は「アカデミーは何期制なのか」という点である。本編のパルデアは夏、あるいは秋頃の気候に見られるが、標高が高く、そして北側へ行くと豪雪地帯へ踏み入れること、モデルの国について踏まえると、赤道直下ではなく、北半球に位置する地方と思われる。
 またこれは確信が持てないが、ボタンの留学期間がざっくり一年半であったことを考えると、二期制である可能性が高く思える。
 つまり、去年の前期にスター団騒動が起き、今年の前期にネモが入学及びチャンピオン達成、そして主人公の入学は、その同年の後期なのでは?というのが私の想定なのである。

 まあこの辺は当たってなくても別に構わない。

 何が言いたいのかというと、「ネモがチャンピオン入り」したのは、大体半年前くらいなのでは?と提案したいのである。

 さて、この整理を行うと、あることが見えてくる。それは、ネモの孤独である。
 
 ネモは別にソシオパスでもサイコパスでもない。十分に社交的であり、人の気持ちに対し無頓着というわけでもない(詳細は後述)。つまり交友関係自体はあった。だが彼女にとって一番の問題は「バトルをできる友達の有無」である。

 繰り返しになるが、ネモはポケモンバトルが好きだ。ポケモンに関わる人材を育成する学校へ入学し、彼女はさぞ楽しみであっただろう。

 だが、そんな期待は恐らく入学数日で泡と消えたはずだ。

 同級生はおろか、先輩ですら、彼女に敵う者はいなかっただろう。パルデア最年少のチャンピオンである彼女は、文字通り「学校最強」である可能性が高い。
 大好きなポケモンバトル、拮抗する相手すらいない中、彼女は自然と「相手が楽しめるよう手加減をする」ことを覚えるようになってしまったと、クリア後のストーリーで主人公に吐露する。
 
 だがそんな彼女に転機が訪れる。つまり、「宝探し」だ。パルデアの強豪たち、ジムリーダー、四天王、チャンピオン、それに挑む機会が与えられた。恐らく学校内でも宝探しが始まる前から、大いにネモは期待されていたのであろう。
 
 彼女は恐らく旅の中で様々な経験を積み、実力もめきめきと上げていったのであろうが。しかし彼女は、ジムリーダーどころか、トップチャンピオンですら、余力を残した状態で打ち破ってしまう

 その時の彼女の心境を考えるたび、私は胸を締め付けられる。
 欲しかったのは最強の称号などではなく、自身に匹敵するライバルであったのに、あろうことか、彼女は「本気を出すことなくチャンピオン」になってしまったのだ。常人ならば、失望、あるいは絶望してもおかしくない。彼女の望みを叶えるような存在は、もうこの地方には一人もいないのだ

 更にチャンピオンになってから、彼女の名声は留まらない。学校では最早手加減するどころか「戦ってもらえる」ことすらなくなったことが、やはり後日譚などから伺える。

 しかしネモは、そんな中ですら全く腐らなかった。余力を残してなお勝利できたにも関わらず、憧れであったトップチャンピオン、そしてジムリーダーや四天王への敬意は決して消えていない。最強だと傲慢になってもおかしくないはずなのに
 級友が誰一人として、自分とポケモンバトルをしてくれなくなっても、彼女は生徒会長として、学校の授業・行事を真剣に、そして本気で取り組み続けている。もう学ぶことはないと思ってもおかしくないはずなのに

 そう、だから前述の通り、彼女に対する「戦闘狂」、「サイコパス」などといった評価は、見当違いなのだ。彼女は文字通り最強のトレーナーで、最高の学生である。万人が万人、そう思ってもおかしくない功績を誇りながら、なお彼女はエゴイストになることもなく、他人への敬意を失わず、学びを怠らないのだ

3、運命的な出会い(本編以降)

3.1 主人公とネモ

 さて、本編の僅かな描写だけで、散々妄想をしてきたが、安心してほしい。ここからは、本編でのある程度の描写に則りながら、妄想していくので
 
 彼女はよくできた人格者で、最強のトレーナーで、最高の生徒であることを述べてきた。とはいえ彼女も子供、自覚していたか、無自覚だったか、どこか心の中で潤わぬ渇きは常に残り続けた。
 
 そんな中、彼女は、ある出会いをする。それは最近実家の近所に引っ越してきたばかりの、転入生、主人公である
 
 主人公は言及されている通り、ポケモンバトルは未経験、ポケモンを捕まえたこともない、れっきとした素人である。
 ネモは最初のポケモンを選ぶ主人公を見て、自分も新たな相棒を迎えるわけだが、そこで最初の戦いが行われる。
 当然と言えば当然、相性の悪いポケモンを選んだネモは、主人公にあっさりと負ける。

 しかしこの敗北、恐らくネモに強い衝撃を与えた。

 ネモは勿論敗北を知らぬ無敗の王というわけではない。彼女は敗北の味も知っている人であることが伺える一節がある。だが、彼女はポケモンバトルを一度も経験したことの無い主人公に負けたのだ。
 メタ的に言えば、負けることなどないチュートリアルなのだが、ポケモン世界の住人として、それを考えた場合はそうではない。
 わかりやすい例えは、恐らくカードゲームだ。
 カードゲームで、もし一年以上経験し、しかも一度地方の大会で優勝したことあるほどの手練れが、初心者とカードゲームをしたことを想定してほしい。
 
 手練れの使うデッキは弱いデッキ。
 しかも初心者にはシンプルかつ、その弱いデッキにガン有利なデッキ。

 もしこの条件で戦った時、果たして後者は「絶対に勝てる」と言い切れるだろうか?

 しかもポケモン勝負はカードゲーム以上に複雑だ。自由に意思疎通のできない生命に対して命令をだし、指示通り戦わせるのだから、初心者と経験者の差は深いはずだろう。

 だからこそ、この敗北は、確かにネモに強い印象を与えたはずなのだ。

 とはいえ、この段階では「面白そう」という評価程度に過ぎないだろう。私は、彼女が主人公に本編においてあれほど傾倒するようになったのは、また別の出来事であると考えている。

 主人公とネモは、家から、その後、学校のあるテーブルシティまで、徒歩でポケモンを捕まえながら短い旅をする。

 そしてテーブルシティ手前、再び勝負をする。恐らくこれが、彼女にとって最大の契機になった。

 彼女は手加減して戦うことに慣れている。だが決して「手加減したせいで負ける」ことが多かったわけではない。繰り返しになるが彼女はチャンピオン相手でさえ、加減して勝ったのだ。つまり「手加減してなお、相手に勝てる」のがネモの更に恐ろしい部分なのだ
 
 そしてテーブルシティ、そこまでで主人公はトレーナーと戦ったり野生ポケモンを捕まえられたりするわけだが、ネモは間違いなく「この過程で、主人公が得る経験」を無意識に計算し、そのうえで「互角の勝負ができる」手持ちへ整えていたのであろう。その結果、パモという新たなポケモンを繰り出してくるのだが。

 そこで彼女はパモへテラスタルし、主人公に襲い掛かる。恐らく「このテラスタル」はネモにとって想定しなかったことだと思われる。彼女は勢い余ってテラスタルしてしまったのだ。

 つまりいつも相手の実力に合わせ、決して本気を見せることが無かったネモは、主人公の短い旅の中での成長を目の当たりにし、思わず「本気」を出してしまった。計算や配慮を忘れ、力を漏らしてしまったのだ。
 
 これは人によってはネモのうっかりな所、あるいはやや夢中になりがちな印象を与えるだろう。僕も初見での印象はそうだった。しかし、クリア後、ネモとの触れ合いを続ける中、この「うっかり」が特異な現象であるように思えてならなくなったのだ。

 このイベント戦闘、勝っても負けても先に進むのだが、負けると「動きが悪かった?」と反応し、勝つと主人公がテラスタルを使えないことを思い出す。

 つまりネモは「自分はテラスタルしたのに主人公はテラスタルせず、自分に勝った」という事実でようやく「主人公はテラスタルをまだ使えない」ことを思い出すのである。言い換えれば「主人公はテラスタルしないのに勝った/主人公はテラスタルしないで負けた」という処理がネモの中で行われていることになる。これは勝負の中、ネモは「主人公はテラスタルくらい使える」と勘違いしてしまったことを示唆している。

 ネモは確かに手持ちは初心者と大差ないものだった。しかしそんな限られた中でとはいえ、思わず「久しぶりに勝負に夢中になってしまった」のだ。これが一体彼女にどれだけの衝撃を与えたのか、それはここまでnoteを読んでくれた人ならもう伝わるであろう。

 彼女はここから、本格的に「主人公」に対して関心を抱く。これは決して、始めたてのビギナーを沼に落とすためのビジネストークなどではない。彼女は「本気で主人公と戦える」予感が、はっきりとしたのだ。だからこそネモは主人公に執着するのだ。

3.2 主人公の成長/「実る」とは?

 さて、主人公と数日、アカデミーで過ごし、二人はすっかり意気投合している。主人公の口ぶりははっきりとわからないものの、数日の割には相当打ち解けている様子が伺える。
 
 とうとう宝探しが始まり、主人公は、既に巻き込まれていた三つのストーリーラインを歩んでいくわけだが、ネモはチャンピオンロードのルートでのみ顔を出し、基本的に他のシナリオでは顔すら見せない。

 そしてチャンピオンロードでも常にいるというわけでもなく、また顔を出す度に勝負をしたがるが、必ず勝負を仕掛けるというわけでもない。主人公の事情や、状況に応じて、欲望駄々洩れの割には、そこそこ柔軟に対応してくれる(時折、今は勝負はできない、と拒否しても問答無用で勝負に行くことがあるが)

 さて、主人公とネモの勝負であるが、ネモは主人公に合わせたパーティを組み、主人公の成長速度に合わせた育成度合いで、整えている。というのも、最初からいるポケモンをリストラしたりするわけでもなく、大抵途中で増えているポケモンが最後までそのまま進化体などで居残っているからだ。

 そして当たり前と言えば当たり前だが、ネモは必ず主人公に敗北する。チャンピオンではあるが、同時にライバルのポジションでもあるのだから、従来のポケモンシリーズ同様、この敗北は必然とも言える。とはいえ、以前の剣盾ではライバルポジのホップが、この連敗も含めてストーリーの流れやキャラの成長のカギとして用いられていたように、本作においても主人公の連勝には物語上の意味が与えられている

 当然ネモは、チャンピオンとして君臨した存在なので、主人公と共に成長する、従来のライバルではない。従って、彼女の手持ちは前述の通り、全盛期を誇るものではない。人によってはこれを舐めプのようでよく思わない人もいるだろうが、とはいえ「レベル70くらい」の手持ちを、ジムバッチ二個くらいの頃に出てこられても困るし、さらにもっと悪いのは「レベル25くらい」なのに「本気でやったのに負けた」とか言われることだ。それはいくらメタな事情を加味しても、チャンピオン=ネモ、の格を下げる
 だから私としてはネモ=ライバルがチャンピオンという斬新な設定も含め、ライバルが主人公に合わせたパーティを使っていた、ということは、決して評価の下がる点ではなかった。

 少し話が脱線した。
 話を戻すと、このネモは力を加減している。だが果たして、「負けるような戦い」をネモがするだろうか?彼女は確実に「今のジムバッチの状況ならこの程度の実力だろう」と推測して、あるいは直に目にして、「それで確実に互角の勝負ができる」と踏んだパーティを作っている。つまり条件を自ら課してはいるが、確実に「勝ちに来ている」のだ。

 彼女が学校生活、そして、前回の宝探しを通じて得た、少し物悲しくもある特性、「相手の実力に合わせた上で、勝てる」という能力は、確かに主人公相手にもいかんなく発揮されているはずなのだ。

 そしてネモは勝負の度に主人公の成長を「実っていく」という独特の表現を行う。これが彼女のやや戦闘狂(某漫画キャラ)のような印象を与えるきっかけになっているのだが、果たしてこれは、単に「順調に主人公が強くなった」ということだけを意味するのだろうか?

 いや、違う

 彼女は、「想定以上の主人公の成長」に対して「実っている」と言っているのだ。彼女の実力の見極めすら機能しないほどの急成長に対し、彼女は喜んでいるのである。

 根拠?ねえよそんなもん

 いや、実際にこれはトップチャンピオンのオモダカの発言などからも少し伺えるところがある。オモダカは道中のジムで時折会うのだが、そこで「こんなネモは初めて見る」といった旨の発言をする。オモダカは学校にわざわざネモに会いに来るほどで、恐らくトップチャンピオンとして、チャンピオンクラスとは、交友を深めているのだろう。

 ネモは、実際主人公といるときにだけ、特別な状態であったことは確かなのである。更に、ネモは「○○個目のジムバッチの実力じゃない」と主人公を評することからも、主人公の想定以上の成長を実感している様子は描かれている。

3.3 初めての対等なライバル

 さて、ネモとの勝負、ジムリーダーとの勝負を繰り返し、最後に四天王を突破する。ここで一次試験を一発クリアすると、チリが「ネモ以来」と言う台詞がある。
 とすると、恐らく半年前にチャンピオンになったであろうネモ以降、四天王へ挑戦したトレーナー自体はいたことが伺える。
 だが、その後、ポピーとの戦いのなかで、「アオキを呼ぶのは久しぶり」ということからも、一次試験を繰り返し受け、突破したトレーナーであっても、アオキにまで到達したトレーナーは一握りであったことが伺える。
 そして、最後四天王すら突破し、主人公はトップチャンピオン、オモダカとの勝負を行う。さて、ここでオモダカは「ネモと同様の実力」を主人公へ期待しているのだが、これは単に「オモダカはネモと主人公の間に交友があること」を知っているから、彼女自身、ネモに匹敵するトレーナーという表現が、ある種の発破であるだけの可能性もある。
 だが、もしかしたら、これは「ネモ以来、オモダカに勝利したトレーナーはいなかったのでは?」と受け取ることもできなくないのだ。

 一体どれだけの規模のトレーナーがジムチャレンジしているのかは定かではないが、半分のジムバッチ以降が多くの人の挫折ポイントとなり、ジムバッチ六つは、挑戦者の一割にも満たない。そして何より、ネモが、対等なライバルをチャンピオンランクになって以来、一度も持ったことがない、ことを踏まえれば、「少なくともアカデミーにチャンピオンランクはネモ以来いない」のは確かで、そして高い確率で「ネモ以来、チャンピオンランクは生まれていない」と考えるべきだろう。言い換えればネモは、自分がチャンピオンになって以降「自分に匹敵するトレーナー」が生まれた現場を目にしていないのだ

 そしてネモは、恐らく確信していた。それは最初の裏庭での戦い、そしてその後のテーブルシティでの戦いで既に。

 オモダカは、ジムリーダー・アオキ戦の後のネモ戦後に、興味深い言葉を発する。

「きっと彼女は確信している」

 これは当然「主人公が、ネモのライバルになる」ということだ。
 オモダカの推測には過ぎないが、ここでこのようにキャラに発言させる意味は一つしかない。ネモは、主人公が、この地方で、唯一無二の対等なライバルになり得ることを「確信」していたのだ。

 だから彼女は、チャンピオンランクへとなった主人公へ、こう言うのだ。

「ライバルになってください」

 私は、これを聞いたとき、思わず涙してしまった。ネモは、道中で、自分の無意識でくすぶっていた「何か」を自覚し、そして主人公と共にいることで、それが文字通り「満たされていく」ことに、気づいていた。そして、この一言は、まさに「ネモの宝物」が生まれた瞬間を明瞭に示唆しているのである。
 「宝探し」を一度経験しているネモだが、彼女にとっての宝は、チャンピオンランクの称号ですらなかった。彼女は前回の宝探しの経験を踏まえ、主人公にその行事を説明する際、やや「宝」とは何かをはっきりとは言語化できていなかった。だがもう違う。主人公を目の当たりにして、彼女はそこに「唯一無二の宝」を見出したのだ。そうした全ての彼女の背景、感情、思いが、この一言に集約されているといっても過言ではない

4、メタな考察/ネモは何の象徴なのか?

 さて、ここまで散々本編で語られることのなかった、ネモの背景や思いについて考察してきた。これは全て言語化するのはこのnoteが初めてではあるが、これらの全てを衝撃的に思い付いたのは、間違いなく主人公がチャンピオンランクになり、ネモの「ライバルになってください」という発言、及びオモダカの「ネモは、自分を相手にした時も余力を残していた」と述べた際である。
 そのせいで本noteのタイトルにあるように、私は一気にネモというキャラクターに思いを馳せ、感情をぐっちゃぐちゃにされた。もうその後のネモ戦のムービーとか、もう涙で前が見えなかったくらいだった。

 だが、少し冷静になって、ここでは「自分がネモが好きな理由」だけではなく、ネモというキャラの象徴・意味について少し考察していきたい。

 ネモ、彼女は前回チャンピオンランクになった。この情報だけでも示唆に富んでいる。つまり、ネモは「ポケモン全クリしたプレイヤー」のメタファーでもある。

 ポケモンでチャンピオンを倒し、自分のパーティは完全に「どんなことがあってもゲームの中で負けない」くらい育った。ポケモンであれば、通信対戦などができるが、もしそれが「完全に一人プレイ専用」だった場合はどうだろう。
 想像してほしい。
 
 貴方のパーティはもう育成の余地すらないくらい強い。
 貴方はもう、これ以上新たな出会いをすることはできない。
 貴方はもう、これ以上の強敵に出会うことはできない。

 これがまさに「ネモが主人公に出会うまで、置かれていた状況」なのだ。

 もしそんな状況になったら、皆はそのゲームとどう付き合うだろうか?

 次のゲームを遊ぶ?
 縛りプレイ・コンセプトを設けたプレイを行う?
 それでもまだ遊ぶ?

 ネモはどうしたか。ポケモンリーグの頂点に立ち、もう自分が本気で向き合えるほどの強敵はいない。アカデミーでも自分を超えるような存在とは出会えない。

 彼女はそれでもポケモンバトルを辞めなかった。彼女は選んだ。相手の実力に合わせパーティを作り替える「縛りプレイ」、そしてもしかしたらまだ何かあるかもしれないと信じて「まだ遊ぶ」ことを。

 私にもこれは経験がある。小学校の頃、幼稚園からずっとプレイしているゲームがあった。対戦機能があるわけでもなく、プレイヤースキルの向上があるタイプのアクションゲームでもない。当然私は何度もクリアした。クリアしては、最初から遊ぶ、を押していた。
 今にして思えば、よくそんなことが耐えられたな、とも思う。だが恐らく当時の私はそれが楽しかったのだ。時には縛りだけでなく、どれだけ早くクリアできるか、のようなこともしていたが、今にして思えば、RTAのようなこともしていたのだなと思う(当時は当然、そのようなスピードランをゲームでする文化は知らなかった)。

 そう、やることがなくなったゲームも意外と遊ぼうと思えば遊べるのだ

 とはいえ、今の僕がそのようなプレイをすることはなくなった。仕事もあるし、自由な時間はあまり取れない。結局大抵の場合は「全クリ」を指標にプレイしなくなることが殆どである。これが不健全である、とは決して言う人はいないだろう。だがこうしてネモの話をしていると、それはそれで何かを失っているような気がするわけだ。
 
 もしかしたら、プレイを続けていたら、気が付けなかった何か新しい発見があるかもしれない。ゲーム内だけではなくても、例えばもう「旬は過ぎたし」と、プレイしなくなるのではなく、続けていれば、何か別の出会いがあるかもしれない。

 ネモというキャラクターはまさに、それをプレイヤーに伝えるような存在なのではないだろうか?
 

5、おわりに

 さて、ここまで好き勝手考察してきたが、これらの内容は全て「ポケモンスカーレット・バイオレット」のストーリーを一通りクリアしただけで得られた情報をもとにしている。つまり今後攻略本なりDLCなり出れば、容易に反駁されうる妄想を多分に含んでいることは、今更言う必要はないが、ご了承されたい。

 これらの考察を裏付けるか、あるいは反証となりうるか、それは今後の展開次第だが、特に一番私の説が揺らぎそうなのは「第三のチャンピオンランクのアカデミー生徒」だったり、「ネモの姉(両親)」などの登場であろうことは予想できる。つまりネモの深堀りがされうる要素ということだ。

 先も述べた通り、ネモのシナリオは、ネモ自身への言及が少ない。それは意図的な制作陣の選択なのか、あるいは「今後語る余地があるから」なのかは、当然今の段階では推測の域をでない。

 かといって別にここで書いたことが、何も全て無駄になるとは思わない。
 物語において重要なのは結局「受け手がどう感じたか」である。今、私が「こう感じた」ということをこうして言語化することが大事なのである。

 貴方はどう感じた?ここまで読んでも、私のように感じなかった?
 大丈夫、それも正しい感想だ。

 終わり


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?