20分執筆-わたしの大切な旅
わたしの大切な旅
最終的に残ったものは、履き古した靴と、りんごと本の入ったリュックだけだった。
ジムと一緒に乗るはずだった小さな釣り舟は、
森の奥の渓流の浅瀬に繋がれたまま、
カエデの落ち葉の重みで、沈みそうになりながら、かろうじて浮かんでいた。
長い旅をしてきて、連絡が途絶えてからは
彼の住む森を、あてもなく漂い、
彼の匂いや気配を頼りにしながら、ここまで辿り着いた。
後悔はなかった。
彼はいつか必ず一緒に釣りに行こうと、帰り際にいつも挨拶のように肩を抱いてくれた。
他に頼れる人は、誰もいなかった。
誰にも気づかれていない約束だった。
もう何も持っていないし、誰に連絡する気にもなれなかった。
その場に座り、渓流に落ちる落ち葉をしばらく眺めていた。
突然大きな鳥が、水面ぎりぎりまで降りてきて
一匹の魚をくわえて飛び立った。
その時、急に時間が動き出した。
それまで止まった時間の中にいるようだった。
ふいに、ひどい寒さを感じ、焚き火のために枝を拾い始めた。
つづく、、、
※田口ランディさんの、クリエイティブライティングの中で、20分で書いたフィクション。全く想像さえしていなかった亡き師匠との架空の物語。思っていた以上に根の深い喪失感が、私の意思を超えてこれを書かせた。頭を使わずに手が今のテーマを具に捉えた初めての体験、とてもインスパイアされた。ランディさん、すごい。胎の伝えるものに、耳を傾けるために、思い立ったらまた書いてみようと思います。
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