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湖北の風景19 いぶきやさぶろうの物語

※ヘッダーは盛夏のMt.IBUKI

先日柏原宿へ行った時から、
伊吹山の祟り神。荒ぶる異形の代名詞「伊吹弥三郎(いぶきやさぶろう)」について。

八岐大蛇の子孫とも、酒呑童子の父とも言われ、
その姿は巨人とも天狗とも鬼ともされる。
山の極悪人(に仕立てられた)「伊吹弥三郎」の伝説と、人の心の畏れが生み出す祟り神について妄想しておりました。

ちょっと長い物語ですがお暇な時にどうぞ。
(約2500字)

盛夏の伊吹山

伊吹弥三郎の物語

近江と美濃の境にそびえる霊峰伊吹山。
その山の神は斐伊川の八岐大蛇が落ち延びた子孫だとも言われている。

昔、代々伊吹山の神を祀る家系に弥三郎という男がいた。
彼は鉄のように丈夫な身体と怪力を持ち、見目麗しい男だった。

しかし、彼は若い頃から酒好きで大酒を飲んでは酔っ払っていた。
昼は険しい山中の洞窟に住み、夜は伊吹山で野生の獣を狩っては引き裂いてそのまま食べ、酒や獣が無くなると人里に降りて家畜や商人を襲って奪い取っていたので、人々は弥三郎を鬼として恐れていたという。

同じ頃、土地の豪族「大野木殿」(おおのぎ・山麓に同地名あり)の美しい姫に夜な夜な通う男がいたが、屋敷の者は誰も気付くことがなかった。

姫が身ごもったことで乳母が事情を聞きだすと、姫は「美しい山伏が毎夜通ってきた」と顔を赤らめるばかり。
乳母はその男が変化の者と察し、正体を突き止めるため針を付けた苧環(おだまき・糸を巻いた玉)を通ってきた男の衣の裾に縫い付けるよう姫に命じる。

伊吹山資料館にて(切り絵 高橋繁行氏)

翌朝糸を辿っていくと伊吹山中の洞窟に着いた。そこは伊吹弥三郎の住処だった。

大野木殿は、伊吹の神の血を引く弥三郎が娘の相手だと知ると、無礼に扱うことはできず、その晩は豪華な海の幸・山の幸と大量の酒を携えて弥三郎の元へ行き夜通しもてなした。
そこで、弥三郎は「姫の胎にいる子は尋常でない力の持ち主で、一国の主となる器である」と語ったが、なんとその晩の暴飲暴食がたたり、死んでしまった。

姫は悲しんだが、大野木殿の親族は悪名高き弥三郎を穏便に(?)始末できて内心ほっとしたことであろう。

その後、33ヶ月も胎内にとどまり産まれた子は、髪は黒々とのび歯も生えそろった玉のような男児で、「伊吹童子」と名付けられた。
乳母が「なんて愛らしい若様でしょう」と言うと、男児は目を見開き「父上はどこにおられるのですか」と話したため、皆が青ざめてしまったのは言うまでもない。

伊吹童子は美しく聡明であったが、子どもながらに酒を好み、成長するにつれて父譲りの怪力と粗暴さが目につくようになった。

村の人々はそのような童子の異常な様子に厳しいまなざしをむけていた。「伊吹童子をこのままにしておけば、とんでもな災いをもたらす」と。
しかし、大野木の姫はわが子を殺すことはできなかったようで、泣く泣く伊吹の谷深くにひっそりと捨て置いた。

捨てられた童子は泣きわめいていたが、そのうち獣たちと戯れて遊ぶようになり、獣たちも童子の世話をした。
また山中にはさしも草という不老不死の妙薬が生えており、その露をなめることで童子は神通力を得たが、母に捨てられた苦悩は彼の心に暗い影を落とすのだった。
のちに彼が放浪の末、大江山の酒呑童子として畏れられる鬼となることを人々はまだ知らない。

この頃より村人たちは川の水が枯れれば弥三郎の怨霊のしわざと恐れ、大風が吹けば弥三郎の祟りと信じるようになった。
以後、祠を立てて弥三郎を手厚く祀ると、雨を降らせる水神として里に恵みをもたらすようになったそうな。
(おしまい)

(参考『御伽草紙』他・アトリエトモコ編)


※ここから私見

・伊吹山には蛇神が似合う

伊吹山といえば日本武尊(やまとたけるのみこと)が山の神に挑んで敗走した神話はご存じの方も多いかと思います。
タケルが挑んだのは「白い猪」(古事記)とも「大蛇」(日本書紀)とも言われます。
(ちなみに神話の時代の怪物といえば、猪か蛇ですね。鬼はまだいない)
タケルは山の神を見くびり、素手で神に挑んだため、雹や霧にやられた結果命を落としてしまいます。
現実的な解釈をすると伊吹山の先住民の抵抗と気候は厳しかった。タケルが命を賭けてこの辺境の山を落としたかった理由は、謎です。(製鉄?)
・・・タケルタケルって馴れ馴れしいな。

yamapより
旧坂田郡のパンフレットより

脱線しましたが。

酒呑童子の鬼退治の物語は、シンプルな勧善懲悪にとどまらない寓意があるため、昔から人気があったようで、色々な派生が作られています。
そのスピンオフとして彼の出生譚と祟り神、伊吹弥三郎を合体させたのが先の御伽草紙の大筋です。

ご先祖がヤマタノオロチだからお酒が原因で死んじゃうとか、大神神社(おおみわじんじゃ)の大物主神(オオモノヌシ・蛇神とされる)と同じく糸巻きで正体を見破られるとか。
伊吹弥三郎には蛇のイメージが似合う、ワクワクする構成になっていますね。

ところで、山に捨てられた伊吹童子もマサカリを担いで獣達と相撲を取っていたのでしょうか。
あの赤い前掛けのヒーローには、銀太郎という闇落ちして鬼の配下に加わった弟もいるとかいないとか。

また脱線しましたが。

・伊吹弥三郎伝説の元ネタ

柏原 弥三郎 為永という壇ノ浦の戦いで武功があり、柏原庄の地頭に任じられた鎌倉時代の人物が存在するようです。
一説には悪逆の限りを尽くした、一説には無実の罪を着せられて、佐々木定綱という武将に成敗されたと伝わります。

怨みを持ち失意のうちに没した弥三郎。
あの菅原道真公のように、人々の心に後ろめたさがあるため、祟り神として畏れられたのかもしれませんね。
お酒が原因であっけなく散るのは話の流れ上やむなしですが。

金太郎や源頼光の話が平安時代なので、酒呑童子の父が鎌倉の地頭では時代が合わないんですけどね。
新潟の「弥三郎婆」、秋田の「炭焼き弥三郎」(まんが日本昔ばなし)などのお話もあり、すでに異能の代名詞として弥三郎の名が定着していたのかもしれないと、興味は尽きません。

そんなこんなで、キャラ設定が秀逸で祟り神代表みたいな存在にされてしまった伊吹弥三郎と悪逆の鬼子、酒呑童子。
いろいろな伝説や派生がありますが、悪役の「蛇」や「鬼」とされる側にも道理があり、守るものがあったはず・・・それを悪と蔑む人の心に潜む鬼よ!(凡庸な意見ですが。)

まあ、もしかしたらそんな蛇や鬼の血脈をひいているかも知れない、地元民にはけっこう愛されている気もします。
いや、タケルもキライじゃないし〜☆みたいな?(だから馴れ馴れしい)


しかし、物語を書くというのは難しいですね。弥三郎を悪い感じに、伊吹童子を尋常じゃない感じに表現するのに自分の文章力の乏しさよ。
けっこう先人の表現をパクリ、引用しました。

水神の木彫り(伊吹山資料館)
伊吹の神の正体は?
うちの庭よ~

以上。長くなりましたが今回の弥三郎をめぐる私の冒険でした。
読んで下さりありがとうございます!

参考
・Wikipedia
・『酒呑童子』考 荒川 真
・珍奇ノート『伊吹弥三郎』
・伊吹山資料館(米原市春照)伊吹山に棲む鬼展
・いぶきどうじ~オニたんじょう 髙橋繁行


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