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空想綺譚抄

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夢と現のあわいで拾い集めた物語の欠片たち
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#物語

ほろ苦い桜のカクテル

ほろ苦い桜のカクテル 溶け残った憂鬱も飲み干して 空想綺譚抄 2022.3.31

白昼霧の単独飛行

白昼霧の単独飛行 ミルクのような濃夢でレーダーはホワイトアウト 視程は絶望 不機嫌な航法装置は考えるのをやめた 星の唄も聴こえない 空間識失調で夢と現のあわいに墜落 救難信号が虚ろに響いてフライトレコーダーは意味消失 だれかみつけてくれるかな 空想綺譚抄 2022.3.19

傘を叩く雨の音が

傘を叩く雨の音が レコードのノイズみたいで心地よかった ここは僕だけのオーディオルーム 隣から懐かしい君の声がきこえたような気がして 僕は名犬ニッパーのように耳を傾ける 雨よどうかやまないで もっとこの声をきかせてくれ ―哀愛傘 空想綺譚抄 2022.3.18

廃墟の楽園

廃墟の楽園 塔の跡地に築かれようとした寛容の都の遺構 呪いが祝福へと昇華されようとしていたのに 一握りの裏切り者たちの為に 希望は打ち砕かれ 塔の呪いは再び世界を覆った 未完の理想郷は打ち棄てられた もう誰も居ない 空想綺譚抄 2022.2.25

久しぶりの雨の気配

久しぶりの雨の気配 清々しい風に心がざわめいた やがてここも沈むだろう 静かに潜行準備をはじめた 空想綺譚抄 2022.2.15

長夜の散歩道

長夜の散歩道 西の空には大きな羊 青天鵞絨に浮かぶ物憂げな瞳が 執拗に問いかけてくる 合わせた目を逸らすことができずに立ちすくんだ 吹きすさぶ寒風が頬を切りつけていなければ 狂気に攫われそうだ やがて流れてきた薄雲が視線を遮り 我に返った 動悸はまだおさまらない 空想綺譚抄 2022.2.5

車体が大きく揺れて

 車体がガクンと大きく揺れて、半ば夢見心地だった意識が現実に引き戻された。ローカル線を乗り継いで、最後は随分と古い型のバスに揺られて、山奥の終点に到着した。目的地はこの寂れた集落で合っているはずだが、人の気配がなく、どうにも現実感がない。  事の始まりは、先週彼女から届いた一通の手紙だった。 空想綺譚抄 2021.2.19

放浪の末

 放浪の末、忘れ去られた天文台の遺跡にたどり着いた。久しぶりの来客に空気がざわめいた。ここが探し求めていた私の居場所だと確信した。私はここで星々の囁きに耳を傾け、その物語を書き留めることに、残された時間を費やそう。 空想綺譚抄 2021.2.18

迷子になった

 迷子になった。  普段、道に迷うようなことがないから、心細いのと同時に、少しワクワクするような不思議な気分だ。  どうにも寝付けず、夜の散歩に出かけたところ、一匹の猫に出会った。なんとなく誘われている気がして、ついてきたのだけど、姿を見失ってしまった。 空想綺譚抄 2021.2.9

気になっている本がある

気になっている本がある いつも図書館で限度いっぱいの本を抱えて 貸出カウンターに向かおうとするときに ふと目に留まるのだ 空想綺譚抄 2021.2.5

土砂降りに沈む四畳半は

土砂降りに沈む四畳半は湖底の潜水艇 レコードの幕間のような 甘い静寂に身をゆだねる 降り続く雨よ どうかやまないで 私を閉じ込めて 空想綺譚抄 2020.6.30

逃げ出した風鈴を探しに

逃げ出した風鈴を探しに 潜水服を着込んで ベランダの窓を開ける 勢いよく流れ込む水によろめいた 水没した部屋からひゅるりと飛び出した ぬいぐるみの鱏が水先案内人 空想綺譚抄 2020.6.12

梅雨が明けるのを

梅雨が明けるのを待ちきれずに 窓辺に吊るした お気に入りの硝子の風鈴 降り続く雨をどんどん吸って 海月になってゆらゆらと 何処かへ行っちゃった 空想綺譚抄 2020.6.9

ふと学校帰りの

ふと学校帰りの子供たちの喧騒が遠のいた 窓に目を向けると ショパンの音色に魚たちが泳いでいる 驟雨に閉ざされた四畳半は 湖底に取り残された潜水艇のようで 少し心細い 空想綺譚抄 2020.5.1