見出し画像

日本でのワクチン発症予防効果は?

今回は、自分も少しお手伝いした研究。リリースはこちら。なお、査読などのプロセスは経ていない段階のリリースであることには注意が必要である。


いつものPECOはこちら。

スクリーンショット 2021-10-05 20.23.21

発症した人を評価する!症例対照研究

今回とった方法は、二群に分けて…でもなく、集団を追跡して…でもなく、発熱などのコロナが疑わしい症状があって、医療機関を受診(プラス検査)した人のみを対象にする。症例対照研究とよばれる手法だ。(他の手法との違いは後述)

スクリーンショット 2021-10-05 21.09.45

症状があって受診した15-64歳の人をターゲットにして、
1) 検査結果 (陽性か陰性か) 検査は、PCRなどの核酸増幅法もしくは抗原定量検査
2) 過去にワクチンを接種したかどうか (未接種・1回完了・2回完了)を調査する。

2)の接種の有無は過去に遡って質問する必要があるので、「これからスタート」するRCTやコホート研究よりも、どうしても信頼性は下がる。「症状があって受診した人」からスタートするので、どちらのグループでもほとんど発症しなかった…のような空振りのリスクを減らせる分、参加者数は少なくて済む。
また「ワクチンを接種したので、油断して病院に行かない」「ワクチンを接種した方が健康に気を遣う人が多く、少々の症状でもすぐに受診する」のような状況があると、そもそも受診する割合が接種の有無で大きく変わってしまう。病院にやってきたところからスタートすることで、これらのバイアスを取り除くことができる。

検査結果と接種歴の関係は?

すぐ上で述べたように、鍵になるのは「検査結果」と「ワクチン接種歴」だ。
単純化すれば、「接種した人はほとんど検査結果陰性。していない人はほぼ陽性」となればワクチン効果あり、「接種してもしなくても、検査結果の傾向はほとんど変わらない」ならばワクチン効果なし、となる。

データの集計結果がこちら。

スクリーンショット 2021-10-05 21.34.32

左から、未接種 (528人)・1回完了 (108人)・2回完了 (159人)・不明 (95人)で、赤斜線が陽性・青が陰性。接種完了者に陽性者が少ないことは、図からも見て取れる。全体の陽性率は32.5% (890人中290人)だが、未接種者では40.3%、1回接種で28.7%、2回接種で5.7%となる。

ワクチン効果の出し方は?

直感的には、すぐ上の未接種者40.3%・1回接種28.7%・2回接種5.7%の数字を割り算すれば良さそうだ。企業治験などでも算出された「リスク比・相対リスク」とよばれる数値で、「未接種者は40.3%陽性。2回接種者は5.7%陽性。なので、陽性率が5.7÷40.3%=0.14倍。40.3%から5.7%に、 (100%-14%で)86%低下する」という計算になる。

しかし、この計算だと少し厄介なことがある。今回の研究は、通常の研究のように「〇万人を集めてきて、接種グループ・非接種グループ(原因)に分けて、陽性判定の有無(結果)を見る」形式ではなく、「発症した人を△人連れてきて、陽性者と陰性者に分けて(結果)、接種の経験(原因)を問う」スタイルだ。原因→結果ではなく、結果→原因の順に調べることになる。

細かな説明は省略するが、このような「まず陽性者と陰性者を集める(結果)。次に接種の有無(原因)を聞く」通常と逆方向の方法をとるときに、リスク比を使うと、結果(ワクチン効果)が集め方に大きく影響されてしまう。すなわち、最初に募った集団の陽性率によって、結果の数値が大きく変わってしまうのである。

そこで、「陽性だった人÷全体」のリスクではなく、「陽性だった人÷陽性でなかった(陰性だった人)」の数字を計算する。これをオッズと呼ぶ。オッズで比をとると、陽性率が変化しても、結果には影響しないことが知られている。

スクリーンショット 2021-10-05 21.59.06

計算の流れを上に示す。接種なし群なら、陽性213人を合計528人で割ったのがリスク (40.3%)、陰性315人で割り算したのがオッズ (67.6%)だ。リスクで比を取ると0.14倍、オッズで比をとると0.089倍。それぞれのワクチン効果は、86.0%と91.1%となる。

さきほど述べた通り、年齢や基礎疾患の有無、さらには医療機関の地域性など、さまざまな因子が影響しうる。そのため、単純に比をとるのではなく、これらの因子の条件を揃えて計算する必要がある。これが調整オッズ比だ。

スクリーンショット 2021-10-05 22.04.33

報告書の表3を示した。2回接種のオッズ比は、0.132、幅を持たせると0.06から0.29倍なので、「うまくいけば0.06倍、悪くても0.29倍に発症のオッズを下げられる」となる。解釈の仕方はリスク比と同様で、1より小さければ「発症しにくく」、1より大きければ「発症しやすくなる」。大きく見積もったケースでも1を下回っているので、ワクチン2回接種者は有意に発症しにくくなったと結論できる。

さまざまな因子で調整したワクチン効果は、1回接種で56.4% (幅持たせて4.7 -80.1%)・2回接種で 86.8% (71.0% - 94.0%)である。

研究の限界は?

今回の発表は暫定的なもので、7月8月の結果のみを対象にしている。また、接種記録は問診を手がかりにしているため、記憶があいまいな場合など、結果がゆがめられてしまう可能性はある。あわせて、高齢者 (65歳以上)は陽性率が非常に低かったため、十分な症例数が得られておらず、対象からは除外されている。

今後も研究を継続しつつ、より精緻なデータを出す予定である。

これまでの海外の研究とどう違う? 1 (RCTとの違いは?)

「ワクチンの有効性〇%」を調べる際に最も「手堅い」方法は、企業の治験(承認されるために行われる臨床試験)で行われている
試験参加者を接種する人・しない人の2グループにランダムに振り分けて、発症や重症化の割合に差があるかを追跡する」やり方。いわゆるRCT (ランダム化比較試験)である。信頼性はもっとも高いが、なかなか実世界では難しい。

まず、試験に参加する人が限定される。試験に参加しても「しないグループ(プラセボ接種や、何もしないなど)」に振り分けられる可能性がある分、参加をためらう人もいるだろう。さらに、企業の治験のように「まだワクチンがない状態」ではなく、すでにワクチンが承認されて(待っていれば)接種できる状況である以上、試験に参加する人はさらに減るだろうし、倫理的な問題も生じうる。

これまでの海外の研究とどう違う? 2 (コホート研究との違いは?)

実世界でRCTを行うのは難しいゆえ、イスラエルなどでは保険者の記録などを使った上で、接種した人と接種していない人とを(データ上で)追跡し、発症や重症化の差をみる研究が行われている。

このような研究をコホート研究とよぶ。接種するかどうかには研究者はタッチせず、患者が自由に決める。自由に決められる分、「高齢者の方が早く接種する」「基礎疾患が多い人が早く接種する」「健康な若い人は後まわしになる」…のような偏り(バイアス)が起こりうる。

そのため、年齢や基礎疾患など、結果(発症の有無)に影響しそうな因子を揃えて解析することが必要になる。

日本でも、同じスタイルの研究は不可能ではない。しかし、例えば「ワクチンを打ったかどうか」「発症したかどうか」の記録を突きあわせることは意外に難しい。(私自身も保健所業務の手伝いをしていたが、とくに感染爆発期において、発症者に対して「ワクチン接種の有無」を正確に尋ね、なおかつシステムに入力するのは優先順位としては相当低くなる)また、統計的にワクチン効果を明らかにするためには、万人・十万人単位の多くの人数を追跡する必要があり(そもそも発症しない人もいる)、実世界ではやはり難しい。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?