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「デンマークのマスク効果の研究」解釈は?

モデルナ・ファイザーのワクチンほどではないものの、あちこちでくすぶっている「デンマークでのマスクの予防効果に関する臨床試験」。
「マスクには予防効果がないことが示された!しかも質の高い臨床試験で!」のような言説もみられるが、掲載された論文(と、それに対する雑誌側のエディトリアル)はやや慎重な姿勢をとっている。

臨床試験の論文はこちら。臨床試験登録サイトからも、試験の概要は確認できる

「マスク着用vs非着用」ではなく、「着用を推奨 vs 推奨せず」

いつものPECO。

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小見出しにもつけたように、「薬を飲む人vs飲まない人」のような試験ではなく、日常生活の中でマスクを付けたか否かの比較なので、マスク着用を徹底させることは難しい。それゆえ、介入は「マスク着用を推奨すること」であり、本当に着用したかどうかは被験者の考え次第となる。

薬ではなく、食習慣や運動などの影響をみる臨床試験では、生活習慣の効き目を診る以前に、「そもそも『お願い』に従った生活習慣を送っているかどうか」が障壁になることは多い。

とはいえ、「マスク推奨群の人が本当にマスクを付けているか?」を厳しくチェックすることは現実的には難しいし、「本当にマスクを付けていた人」だけに対象を絞り込むと、最初に「マスク推奨」と「マスク非推奨」を振り分けた意味が薄くなる(ずっとマスクを付けていた人は、そうでない人と健康意識その他がある程度異なっている可能性が高い)。

効き目 (感染の有無)の測り方は?

PECOの項にあるように、効き目のものさしは「感染の有無」。PCR検査・抗体検査・医療機関での診断のいずれかで感染ありと判断されれば、「感染した」とカウントされる。結果の項では、複合エンドポイント (composite end point)と表現される。抗体検査のキットの見逃し確率 (感染しているのに陰性)は17.5%・紛れ込み確率 (感染していないのに陽性)は0.5%と報告されている。

結果はどうなった?

6,300人の参加者がほぼ3,000人ずつの二群にランダムに分けられ、マスク推奨群2,392人・推奨なし群2,470人が研究を完了した。

平均年齢は47歳、コペンハーゲン首都圏 (感染リスクが高い)の在住者が50%強を占めた。職業別では、交通機関の従業員が25%と高い割合であった。

結果はこちら。

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マスク推奨あり群では42人 (1.8%)が、なし群では53人 (2.1%)が感染した。比は0.82倍で、「マスクを推奨すると、しない場合と比較して感染確率が0.82倍になる」。ただし、幅を持たせた場合、うまく行けば0.54倍に減らせるが、逆に1.23倍に増えてしまうこともある。それゆえ、統計的には「マスク推奨で感染リスクを減らせるかどうかは分からない」という状況になる。

(なおより正確には、論文の結果は「感染した人」÷「参加者全員」のリスク比ではなく、感染した人÷「感染しなかった人」のオッズ比で表現されている。ただ、感染者が少ないため、「参加者全員」≃「感染しなかった人」となり、値はほぼ一致する)

ならば、「マスクは意味ない」と結論できるの?

他の研究と同様、この研究にもさまざまな限界がある。論文の考察の項では、「今回の研究では結論が得られなかった (inconclusive)」の表現が用いられている。考察の文章からは、「マスクに効果はなかった」よりはむしろ、「統計的に有意なレベルでの感染防止効果は示せなかった(無効ではなく、有効なのか無効なのかまだ判断できない)」ニュアンスが強い。

ソーシャルディスタンスに関連する他の要素の存在や、もともとの発症率などが大きく結果に影響しうるため、今回の研究を他の状況に援用できるか(これを外的妥当性と呼ぶ)は、著者らも述べているように、慎重な検討が必要である。

また、「本人の感染を防げるか?」の評価と、「他人にうつす可能性を減らせるか?」の評価は切り分ける必要があるが、今回の研究では前者しか評価できないことも、考察で述べられている。

Editorialのコメント -論文を載せる無責任<<載せない無責任!

本論文とともに、エディトリアル (雑誌側からの依頼による他の研究者のコメント)も2編掲載されている。 ("Of Masks and Methods"および"The Role of Masks in Mitigating the SARS-CoV-2 Pandemic: Another Piece of the Puzzle")

著者が考察部分で触れたような限界点は、2編ともに言及がある。
後者のまとめ部分は、非常にすばらしい意見。
「マスクの推奨に強硬に反対する意見がある中で、AIM (雑誌)が反対派に安易に『誤用』されかねない論文を掲載するのは無責任だろうか?
否。意に沿う結論が出せなかったからといって、注意深く設計・計画された研究を掲載しない方が、よほど無責任である。SARS-COV-2のパンデミックと闘うための複雑怪奇なパズルを解くためには、1つ1つエビデンスのピースをはめていくことが不可欠だ。論文を掲載することで、この研究で何が明らかにされ、何がそうされなかったのかを吟味していくことがとても重要である」

(原文: 
With fierce resistance to mask recommendations by leaders and the public in some locales, is it irresponsible for Annals to publish these results, which could easily be misused by those opposed to mask recommendations?

We think not. More irresponsible would be to not publish the results of carefully designed research because the findings were not as favorable or definitive as some may have hoped. We need to gather many pieces of evidence to solve the puzzle of how to control the SARS-CoV-2 pandemic. For this reason, we thought it important to publish the findings and carefully highlight the questions that the trial does and does not answer)

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