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高額「医療費」廃止 -患者自己負担は増えません!

久々note、今回はコロナと無関係の話。

こちらの「高額医療費負担廃止」のニュース、各所で「自己負担軽減制度がなくなる!」と誤解を受けている。端的に言えばタイトル通り、「自己負担軽減制度はなくなりません!」なのだが、紛らわしい用語の使い分けも含めて、かみ砕いてみたい。

患者の自己負担を減らす制度=高額「療養費」制度

まずは、自己負担が減る制度について。この制度は、財務省の今回の提言の対象ではない。

保険で治療を受けたとき、患者が自分で支払うのは通常は3割、70歳〜74歳は2割、75歳以上は1割が原則だ。
国によっては「治療費にかかわらず、支払うのは定額あるいは無料」のシステムもあるが、日本は定率負担になっている。

定率負担なので、手術をしたり、入院したり、高額な薬を使うなどすれば、1割〜3割といえども無視できない金額になる。そのため、月あたりの自己負担額が一定の上限を超えたら、そこから先は自己負担割合を引き下げる(あるいは、ゼロになる)システムがある。これが高額療養費制度である。

こちらは協会けんぽ(中小企業などで働く人の保険)のページ。

70歳未満の人の自己負担額(協会けんぽのウェブサイトより)

所得によって異なるが、真ん中の「区分ウ」の人の場合、月の自己負担が80,100円 (もとの医療費で80,100円÷30%=267,000円)を超えると、超えた部分については自己負担割合が30%から1%に大きく引き下げられる。

例えば「月の医療費100万円」「月の医療費500万円」のケースを考えよう。
高額療養費制度がなければ、単純に3割負担を掛け算 (x0.3)して、前者は30万円・後者は150万円の自己負担となる。
高額療養費制度があると、26.7万円を超えた分からは1%負担になるので、
前者では(100万円-26.7万円)×1%+80,100円=87,430円
後者では(500万円-26.7万円)x1%+80,100円=127,430円
治療費が400万円増えたとしても、1%しか「響かない」ために、自己負担への影響は4万円に圧縮される

高齢者や低所得者の場合は、基準がさらに下がる。また直近12ヶ月で4回以上対象になった場合(多数該当)も、基準が下がる。

大企業に勤めている人の保険(組合健保)の場合、自己負担上限を独自に低くしているところも多い(付加給付)。例えば下のNTT健保組合の場合、月の自己負担は約25,000円が上限となる。

小さな自治体の負担を減らす制度=高額「医療費」制度

前置きが長くなったが、こちらは今回の提言の対象になった制度。

自営業者や退職者など、「誰かに雇われていない人(とその家族)」は、75歳になるまでは国民健康保険に加入する。国民健康保険は市区町村単位で組織されており、「〇〇市 国民健康保険組合」のような名前になる。 (細かくみると「医師国保」「弁護士国保」のような業種別も存在するが、ここでは触れない)

市区町村単位で面倒を見る…となると、人口の少ない自治体の場合、必然的に予算規模は小さくなる。
下の表は、東京都の67自治体から加入者数の上位・下位3自治体を抽出して、人数と年間の給付額を示したもの (データソースはこちら・令和2年度実績)


トップ3が300億円〜400億円の給付額なのに対し、離島の3自治体は800万円〜2000万円。最近のがん治療薬や遺伝子疾患の治療薬であれば、1年間の治療費が1,000万円を超えるものは珍しくない。離島の例は極端だとしても、小さな自治体で加入者の誰かが高額な治療を受けた場合、国保組合(実質的には自治体そのもの)には非常に大きな負担がかかる。

そのため、本来市区町村が支払うべき部分の一部を、都道府県や国が負担する制度が整備されていた。この制度の名前は「高額医療費共同事業」「高額医療費負担金」である。

もっとも、これまで市区町村で独立してまかなっていた国保制度は、2018年から「市区町村と都道府県が双方で」面倒を見るようになった。給付に必要なオカネは、すべて都道府県から支払われる。また、小規模な自治体で医療費が高額になったとしても、その自治体だけで保険料を計算し直すのではなく、都道府県全体で計算するシステムが導入されつつある。このスタイルが定着すれば、敢えて「小さな自治体の負担を減らす制度」を残す意味は薄れる…これが、今回の財務省の提言である。
(財務省提言はこちら 58-60枚目)


なんでややこしいことに?

ここまで述べてきたように、廃止されるのは「小規模な自治体の負担を軽減するシステム」であり、「患者の自己負担を軽減するシステム」はノータッチである。後者の制度の正式名称は「高額療養費制度」だが、一般的には「高額医療費制度」と呼ばれることも多く、その分誤解される可能性も高くなった。

療養という言葉は、かつての結核のような「長期間の静養」をイメージさせる。
↓は私の好きな曲。

だが、医療保険の世界での「療養」は、保険で提供される医療サービスすべてを包含する言葉である。「療養費」になじみが薄く、「医療費」に自然に言い換えられてきた分、誤解が生まれやすくなった部分はあろう。




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