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第一話 モノばあちゃん

さかがみ文具店

まず、この物語の舞台になる「さかがみ文具店」について、説明することにしましょう。
さかがみ文具店は、東京都内のある街に永年ある「街の文具店」です。みなさんが容易に想像できる、まさにそういう文具店です。老若男女が来店し、それぞれ必要に応じて文具を手に取り、購入していく、そんな文具店です。
店長夫婦は既に30年ほど、この店で働いています。夫である店長は釣りが好きで、休みごとに出かけています。妻である副店長も活発な女性で、近所の奧さんに人気があります。他に、文具に詳しいパートさんが3名いて、店の運営はとても安定しています。
これ以外のことについては、物語が進んでいく中で、皆さんに少しずつお話しましょう。
あ、申し遅れました。私は、さかがみ文具店に文具を納品している、ある問屋の営業担当です。日々、さかがみ文具店のみなさんとお付き合いする中で、このお店の方々やお客様に魅力的な方が多いので、ちょっと情報共有のつもりでこの文章を書いています。いつまで続くかわかりませんが、よろしくお願いします。

不思議なおばあさん

さて、今回はさかがみ文具店でも、不思議のひとつと言われていた、「モノばあちゃん」について話しましょう。
このおばあさんは、地元のどこに住んでいるかわからない、不思議なおばあさんです。ただ、街では毎日のように見かけるし、いつもにこやかで、かわいいおばあさんです。
なぜ、不思議なおばあさんと言われているかというと、その住んでいる場所がわからないだけではありません。さかがみ文具店に来ては、トンボ鉛筆の
【MONO消しゴム】
ばかり買っていくのです。もちろん、毎日ではありませんがね。

買うのは決まって、スタンダードなこれです。大きさも決まっていて、一番小さな70円ほどのサイズです。だから、みんなから「モノばあちゃん」と呼ばれているのです。既に、100個以上は買ったのではないでしょうか。

小学生とのやり取り

ある日、モノばあちゃんがまた例のごとく店に来て、MONO消しゴムを手に取りました。すると、近くにたまたま居た小さな小学生がそれに気づきました。
その小学生の女の子は前々からモノばあちゃんのことを見ており、友達ともモノばあちゃんの話などをしていたようでした。しかし、これまで、モノばあちゃんに話しかけたことはなく、友達ともうわさ話をする程度だったようです。
ところが今日はこの子、おばあさんに声をかけました。なぜなら、自分もMONO消しゴムを買おうとしていたからでした。自分がノートの追加を買うためにおかあさんからお金をもらって店に来るとき、この子のお兄さんからもMONO消しゴムを買ってきてと頼まれていたのでした。
「おばあちゃん、私、お兄ちゃんに頼まれてこの消しゴムを買いに来たの。おばあちゃん、いつもこの消しゴムを買っているよね?なんで?」
子どもは素直です。直球勝負です。
「そうね、私、いつもこのMONO消しゴムを買っているわね。実はね、お嬢ちゃんと同じで私も頼まれて買っているのよ」
とにこやかにおばあさんは答えたそうです。
「へえ、そうなんだ!おばあちゃんもお兄ちゃんがいるんだね!」
とこの小学生は言ったそうです。おばあさんはニコニコしてその子を眺め、いつものようにMONO消しゴムを買ってお帰りになったそうです。

おばあさんの行き先

おばあさんは、どう見ても既に90歳を過ぎていて、とても消しゴムを大量に使うお兄さんがいるようには思えないな、と店長は思っていました。でも、おばあさんが嘘をついているようにも思えませんでした。あのにこやかな笑顔には、嘘が含まれているとはとても思えませんでした。
副店長の妻に「どう思う?」なんて、訊いてもみましたが、「さあ」と言われるばかりで、モノばあちゃんが消しゴムを買う理由は霧の中でした。
ところが、そんなある日、ある中年の男性から情報が寄せられました。彼の名は「ケンちゃん」。ケンちゃんは、お店の常連客で八百屋をやっています。小さな八百屋ですが、郊外の畑から直接、野菜を仕入れている、地元では知られた八百屋さんです。彼が郊外の畑にいつものように仕入れに行ったとき、おばあさんを見たというのです。
時間もあったし、ちょっと好奇心が勝ってしまったとのことで、こっそりおばあさんをつけていったそうです。あまり、良い趣味ではないですね。しかし、そのおかげで、そのおばあさんがMONO消しゴムを買う理由に少し近づいたみたいです。
少しだけですが、腰の曲がったおばあさんが農道をゆっくりと歩いていくのをつけるのは、逆の意味でなかなか骨が折れそうです。それでも、好奇心が勝りますね。しばらくつけていくと、昔ながらの大きな農家に着いたそうです。ただし、そこは佇まいは農家でも、実際は農家ではなく、
「児童養護施設」
だったそうです。おばあさんはそこへゆっくりとした足取りで入っていき、庭で遊んでいた子どもたちと何やら楽しそうにお話していたところまで見て、ケンちゃんは帰ってきたそうです。きっと、おばあさんはMONO消しゴムを児童養護施設に寄付しているんだなと彼は思ったそうです。それを聞いた店長も「間違いない」と頷いていました。

店長のお節介

そんなことを知ってしまった店長は、とてもお人好しですから、次におばあさんが店にMONO消しゴムを買いに来たら、一声掛けてやろうと意気込んでいました。なんなら、MONO消しゴムを一箱まるごと寄付してやるんだ!という勢いで待っていたそうです。
しかし、ケンちゃんからモノばあちゃんの話を聞いてから、既に2カ月が経過しています。いつもなら、ふた月に1回か、2回は来ていたモノばあちゃんなのですが、先月も今月もとうとう来ませんでした。店長は「おかしいなぁ。私が意気込んでいるのがバレちゃったのかなぁ」などと思っていました。
店に来た八百屋のケンちゃんと店長は、この話で盛り上がっています。いや、盛り下がっていると言った方が良いかもしれません。モノばあちゃんが来なくなったからもありますし、そのおかげできっとMONO消しゴムがあの児童養護施設に寄付されることもなくなったんだろうとも思ったからです。そこで、二人はお節介にもほどがありますが、知ってしまった以上、乗りかかった船だということで、児童養護施設へモノばあちゃんを訪ねていきました。

しかし、そこで衝撃の事実を知るのです。施設へ訪問して、事情を話し、おばあさんに会いたいとお話ししたのですが、ケンちゃんがモノばあちゃんをつけていった翌週から、モノばあちゃんは来ていない、それも亡くなったというのです。一体、モノばあちゃんは誰なのか?という質問をぶつけたところ、施設の人は驚いて「ご存じないのですか?」と言ったそうです。
実はおばあさんは、この養護施設を立ち上げた創設者の妹さんなのだそうです。創設者の方、つまりおばあさんのお兄さんは、文字を書くのがとても上手で、また、楽しい方でいろいろな物語を毎日のように鉛筆で書いては消し、書いては消し、できあがった物語を養護施設にいる子どもたちに話して聞かせていたそうです。
たくさんの物語を書いたり消したりするものですから、本当に大量に消しゴムを使っていたし、いろんな場所で思いついたときに書くものですから、消しゴムを使い終わる前になくしたりしてしまう人だったそうです。だから、よくおばあさんに「消しゴムを買ってきてほしい」と頼んでいたそうです。創設者の方は、MONO消しゴムを指定していたわけではないようなのですが、おばあさんは施設の方に「この消しゴム、好きなのよね、この色合いが。黒いところが大地、白いところが空気や雲、そして青いところが空を示しているような気がするのよ」とよく話されていたそうです。

店で、小学生に「お兄ちゃんがいるんだね」と言われてニコニコしていたのはそういうことだったのかと妙に納得して、店長は店に帰ってきました。
創設者の方は既に10年前に亡くなっていて、でもモノばあちゃんはその後も消しゴムを少しずつ買い続け、モノばあちゃん自身が物語を書いて、子どもたちに話を聞かせていたそうです。モノばあちゃんは、消しゴムを届けるふりをして、実際には子どもたちに会いに来ていたのではないか、そしてお兄さんと一緒に居たかったのではないかと養護施設の方はおっしゃっていたそうです。

さて、店長はというと、せっせとPOPを書いています。そこには、
「MONO消しゴムの青は空、白は雲、黒は大地を表しているんですよ」
と都市伝説を書いています。それは、おばあさんの考えですよ。
実際には、

こちらの記事でトンボ鉛筆の広報さんがおっしゃるように色には意味を持たせていないそうです。
でも、店長にとってはおばあさんの説明の方がきっとしっくりきてしまったんでしょうね。今日は売れるかな、MONO消しゴム。

(内容はフィクションです)

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