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第二話 PARKERを買いたい男の子

前回の、モノばあちゃんの話はどうだったでしょうか。文具に限らず、いろいろなものには思いが詰まっていますね。八百万の神とは良く言ったものです。
さて、今回は文具が好きな男の子の話です。

小学生のリョウくん

この男の子は以前からよくさかがみ文具店に来ています。私も何度か見かけたことがあります。大抵は、たくさんのペンが並んでいる什器の前にいることが多いですが、時にはノート、時にははさみ、そして時にははがきのコーナーに居たりします。
店長もこの子をよく知っていて、私がその子についてちょっと質問したら、いろいろ教えてくれました。まあ、個人情報ですが、私も知らないわけじゃないので。そうそう、男の子の名前は「リョウ」くんです。

リョウくんは、まだ小学三年生で、お母さんと二人暮らし。あまり裕福ではないそうです。聞きにくかったのですが、リョウくんの方から「お父さんは、僕が小さいときに死んだんだ」と話をされたことがあったそうです。人づてに聞くと、どうもお父さんは突然死だそうで、くも膜下出血で夜のうちに亡くなっていたらしいです。

それでも、リョウくんはとても明るく、さかがみ文具店に来るといつも「こんにちは!」と気持ちの良い挨拶をしてくれるそうです。きちんとしつけされているんでしょうね。でも、大抵は何も買わないで帰ることが多く、店長も副店長も時々、心配になることがあったそうです。万引きとかを心配しているのではなく、本当は文具が好きでたくさん欲しいだろうに、買わないで帰る後ろ姿がちょっとかわいそうな気がしたようです。

最近は、「カードで!親には許可もらってるんで」などと言いながら、高級なシャープペンシルなどをしれっと購入するような小学生もいます。そんな中で、リョウくんは欲しい文具を眺めるだけで--無駄に手に取って試し書きをしたりもしないそうです--、パートのおばさんたちと文具の話をして帰るそうです。文具の話をしているときはリョウくんも楽しそうなんだとか。店長は、「まあ、それが彼の気を楽にしているならその時間もパートさんの大事な時間だよ」とか言ってます。本当にお人好しで、いい人です。

高級筆記具コーナー

そんなリョウくんですが、この1カ月ほどは「高級筆記具」のコーナーに顔を出すようになりました。いわゆる万年筆や高級ボールペン、ガラスペンなどが並んでいるコーナーです。リョウくんが普段、見ていないエリアです。

昨日も高級筆記具のコーナーのガラスケースの前でいろいろ見ながら「うーん」などとうなっていたそうです。パートさんらに話しかけられないように、高級筆記具のコーナーに誰もいない時を見計らって覗いているそうです。

正直に言って、リョウくんのお小遣いでは(いや、普通の小学三年生のお小遣いでも)、とても買えるような筆記具はそこには並んでいません。店長はリョウくんと前に話したとき、「買いたい文具があるときは少しずつお金を貯めて買っているんだ!」と聞いたそうで、涙が出たと言ってました。そのリョウくんが高級筆記具を来るたびに見て、ため息をついて帰るなんてどうもおかしな話です。よほど、高いものが欲しいのかもしれません。

リョウくんのお母さん

副店長は学校のPTAもやっていたりするので、リョウくんのお母さんのことも知っています。時々、リョウくんと一緒にお店に来ることもあるので、そんなときはリョウくんのお母さんと副店長はおしゃべりしたりもしているようです。副店長の話だと、リョウくんのお母さんは保険の外交員をしているらしいです。「月並みだけど、安心を提供する仕事なんですよね」とにこやかに話していたことを覚えているとおっしゃっていました。

リョウくんはとてもお母さん思いで、まだ小学三年生なのに夕食の支度--といっても野菜を切ったりしてサラダの下ごしらえをしたりする程度--を手伝ったりするそうです。リョウくんのお母さんは「リョウには本当に苦労させて。。。」と言っていたとも聞いています。

ただ、リョウくんはそんなお母さんがとても好きで、いつも一緒の時はにこにこしています。二人だからこそ、頑張れているんだろうなと私も思ったりします。実は私も母子家庭で育ったのでわかります。

高級筆記具を買いたい理由

ある日、またリョウくんが高級筆記具を見ていたところ、リョウくんのクラスメートであるさとるくんがリョウくんに話しかけました。このさとるくんもとてもよい子で、いつもリョウくんと話しているのを店長も見ています。

「リョウ、こんな高いペン、買えないだろ。俺も買えないけど(笑)」
「うん、そうなんだけど、お母さんの誕生日に買ってあげたいんだ」
「へえ、どれだよ。高いんだろ」
「うん、このPARKERというメーカーのJOTTERっていうの。他のペンはさ高すぎて買えないけど、これなら2,750円だからなんとか買えるかなって。。」

確かに、JOTTERはPARKERの中でも比較的安いラインがあるボールペンです。しかし、国産のボールペンならもうちょっと安いやつもあるし、書きやすいものもあると思うのだけどなと、陰で聞いていた店長は思ったそうです。

「このPARKERってさ、ペンのクリップが弓矢みたいじゃん。お母さんの仕事、保険を売る人だからさ、相手の心を弓矢で射るような仕事だって言ってた。それがうまく行くようにこのペンが良いかなって思って」
「で、リョウ、いくら持ってんだよ」
「頑張ってためたけど、1,200円」
「買えないじゃん!(笑)」

PARKERの他のペン

これを聞いた店長、陰に隠れていたけど、思わず彼らの前に出たそうです。私もこのとき、営業にお店に来たので、横で話を聞いていました。

「リョウくん、ここに並んでいるのは、2,750円が一番安いけどね、PARKERのJOTTERなら、1,430円のものもお店にあるよ。違うコーナーだけどね。それから、ベクターブラックというPARKERのボールペンなら1,100円で買えるよ」
「おじさん、でもブラックというと、それ黒なんだよね。できれば、黒じゃない色がいい」
「そうか、そうなるとJOTTERのオリジナルかな。1,430円」
「ちょっとお金が足りないや。。。」

下を向いたリョウくん。ちょっとかわいそう。でも、ここで私が230円を出すのもちょっと違うし、リョウくんからすれば、自分のお金で買ったということが大事でしょうからね。うーんと困って顔を上げると、副店長が遠くからこっちを見ています。ちょっと怒ってますね。やばい。時々、あるんですよ、あのお顔。大抵、店長がなにかやらかしたときです。

ツカツカと、副店長、こっちに歩いてきました。あー、怒られる!

宿題

「今回だけよ!」と副店長は言ったと思ったら、JOTTERオリジナルの箱を在庫から出して、「どの色?」とリョウくんに聞きました。
「紫でも良いですか」
「紫ね。いいわ。プレゼント用に包んであげるわね。お母さんを大事にするのよ」
「でも、お金、足りません」
「そうね、リョウくん、230円分、バイトしなさい。と言っても力仕事とかは無理だから、宿題を出すわ。次にお店に来るときまでに、このJOTTERオリジナルのお勧め点を書いて持ってきてね」

店の高級筆記具コーナーのJOTTER、PARKERのコーナーにはしばらく、リョウくんが書いたPOPが飾られていました。そこには、

PARKERは相手の心を打ち抜くクリップ付です

と書いてありましたよ。副店長、お人好しすぎです。
リョウくん、それからもお母さんと一緒にお店にちょこちょこ来ているそうです。もちろん、お母さんのバッグにはいつもJOTTERが入っているそうです。

(フィクションです)

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