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くっきりと

光回線の営業をしていた時の話。
この頃のネタは、書き始めたら一冊の本になりそうなほどいっぱいある。その中から、このマガジンのテーマ「そりゃないだろ」に沿った話を一つ。

営業と言ってもいろんな形態があるが、やっていたのは飛び込み営業だった。文字通り、色んな場所を歩き回って、これぞと思った家の玄関ブザーを押す、あれです。
凄腕の営業マンなら契約してくれそうな家を直感で探り当て、ここだと思う家のブザーを押すのだろう。が、ボクは始めたばかりで経験も浅く、営業センスも営業スマイルも持ち合わせていない。だから、ここぞと思う家は、そこにその家があったから、でしか無い。

朱色屋根の一軒家、ブザーを押した。
応答なし。
次にブザーを押すタイミングが難しい。すぐに押すと、煩い! と嫌悪感を抱かれるし、間が空きすぎると、気味が悪い奴になってしまう。
家の大きさから判断して、ブザーの音で立ち上がって、背を伸ばしてから、ゆっくりと歩いてブザーの前まで来た頃かな? と思ったところで、
「はい」
返事があった。
舞い上がってしまうボク。
ブザー訪問は、留守と居留守がほとんどで、応答があるのは、3件に一軒くらいだ。
取り敢えず応答してくれた中で「はい」の口調に嫌悪感が混じっている場合が半分。
出席確認で呼ばれた時の「はい」が残りの8割で、ブザーを押して好印象の「はい」が返ってくるのは20回に1回くらいか。その貴重な「はい」、ゲットしましたー。
しばらくして、玄関に近づく足音。
姿勢を正して待った。
扉が開かれる。
人の顔が覗いた瞬間、その足元から何やら黒い物体が飛び出してきた。太ももに激痛が走る。
自分の足元を見ると、な、なんと、こ、これは獰猛なことで有名なドーベルマンでは?
でも、なんで?
「あっ、すいません」
直ぐに首輪を掴んで家の中に戻す飼い主殿。
大丈夫ではないが、何故かその時、痛さよりも営業魂の方が勝っていた。激痛ハイ状態。
その後、ボクは営業トークを繰り出し、流石に悪いと思ったのか、最後まで話を聞いてくれたドーベルマンの飼い主殿。
「分かりました。でも、うちは必要ないですね」
「でも、」
と次なる営業トークを繰り出そうとした時、
再びドーベルマン君登場!
「こらっ、だめでしょ」
とかなんとか言いながら、玄関の中へと姿を消してしまった。

その後、近くのモールに行ってトイレでズボンをおろし太ももを観察したところ、ドーベルマン君の歯型がくっきりと残っていた。

訴えてやる〜、という気にもならず、
医者に行くほどでもなく、
ま、飼い犬だから狂犬病も大丈夫だろう、と自分を慰めた。
今日の営業はやめにして、フードコートでケンタッキーにかぶりつき、人生の悲哀について考察をめぐらしたのでした。

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