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【怖い話】 禍話リライト 「くずし字FAX」

「それは間違いFAXからはじまったんですよね」


Aさんが中学生の頃。
ひとりきりで自宅の留守番をしていたときのことだ。
ふだんめったに使わない家のFAXが急に動きだした。
おや、めずらしいなとは思ったが、それだけであれば驚くほどのこともでもない。
あれっ量が多いぞ。
これは……お経か?
送られたFAXには、筆で書かれたくずし字のようなものが何行も記されている。実際にはお経ではなかったかもしれないが、お葬式で渡される、ふりがながついたお経を連想した。
そんな内容が、目の前で都合四枚送信されてくる。
五枚目は少し違う。
最後の一枚だけははっきりと読める文字が書かれていた。
「滅」のような字が中心に大きく配置され、訂正線のような横棒が二本。その下にボールペンか何かで、「よろしくお願いします」とある。
よろしくお願いしますと言われても……。
なんだろう。いたずらだろうか。帰ったらお母さんに報告して、町内会長に相談してもらわなきゃ。
いずれにしても、これは自分ひとりで対処できる事態ではない、という予感があった。両親に相談すれば、何か事情を知っているかもしれないが。
だが、そんな時にかぎって、ふだんは帰りの早い家族も一向に帰ってこない。

あーあとため息をつくと、それに呼応するように、玄関で物音が聞こえた。
ようやく帰ってきたかなと、期待に耳を澄ませると、足音がざっざっとドアに近づき、呼び鈴が鳴った。
ということは、家族じゃないのか。
覗き穴から見ると、見知らぬ痩せた中年の男が立っている。
「はい」チェーンをかけたままドアの隙間から覗く。
男は、無表情のままこちらをじっと眺めた。
セールスか宗教の勧誘だろうか。
「何ですか?」
「今お家にいるのはあなただけですか?」丁寧な口調で言われる。
うなずくと、
「はあー」と深くため息をつく。
「あんなに何度もうちの番号を確認したのに、そちらに送られるなんてね」
「あ」「ん」「な」と一音一音を強調するようにゆっくりと喋る。
何のことだろう。
もしかすると、あのFAXのことだろうか。でも、どうしてうちに送られたことを知っているんだろう。
「はあー」男がもう一度ため息をつく。
「あんなに何度も何度も番号を確認して、間違いなく送りますと言ったのに、それでも間違えたということは、はじめからそう決まっていたということなのかもしれないですね」
男は喋りながら、勝手にひとりで何らかの結論を出したように見える。
「あの、何ですか?」
「いえ、すいませんでした。今日のところはこれで失礼します」と、丁重に礼をして去った。
Aさんは慌ててバタンと戸を閉め、鍵をかけ直す。
何だか嫌だなあ。
そう思っていると、じきに母親が帰ってきた。
「お母さん、ちょっと!」と謎のFAXを見せて、訪問者のことを説明する。
「えっ、それは気持ち悪いねえ」と母親も驚いたが、
「間違えたっていっても、この近所にそんな宗教みたいなことをやってる人は、いないと思うけどねえ」
父親も帰ってきて、改めて事情を説明すると、やはり心当たりはないらしい。
「ま、でも、チェーンをしたのは賢かったな。ヤバい人かもしれないから、ひとりのときは簡単に出ちゃだめだぞ」と褒められた。


その夜。
トイレに立ったとき、
「おい!」という叫び声を聞いた。
「誰だ!! 何をしている!」
普段は声を荒げない父親の声だった。玄関で怒鳴っている。
「どうしたの?」とたずねると、
「いや、不審者だ。キーっと誰かが門を開けた音が鳴って、足音がした。庭をドスドス歩き回って何かしていたみたいだ」
「覗き穴で見てみたら?」
「見たんだけど、ふさがれてるみたいだな。いや、危ないからおまえは向こうに行ってなさい。何かあったら警察を呼ぶから」
「えー、恐いな」
「お父さんはしばらく見ておくけど、今日は外には出ない方がいいな」


翌朝になってから見ると、家の前にダンボール箱が置かれていた。明らかに多すぎる量のガムテープで四方を何重にも巻いて封印されている。
「うえー何これ」と持ち上げると、中身は意外に軽い。
「嫌だけど、一応開けないわけにはいかないよなあ」と父親がガムテープをビリビリはがして開けると、中身は空っぽの妙な壺だけだった。
軍手のまま持ち上げてみると、ひび割れてぼろぼろだが、綺麗なら骨董品として値がつきそうな時代がかった古い壺だ。何かが入っていた形跡もない。
手紙などもなく、「いや、これは、なんだろう」と首をひねっていると、
「ここ何か書いてあるわよ」と母がダンボール箱をひっくり返した。
ガムテープで米の字のように巻いた中心部分に、うっすらと何かが書いてある。
よく読むと、
「ゴメイワくおかけしマしタ」

気味が悪かったので、ちょうどゴミの日だったこともあり、壺もダンボール箱もそのまま捨ててしまった。
その日以来Aさんの家におかしなFAXが送られてくることは二度となかった。


「何かの儀式だったのかもしれないですが、きっとそれは失敗したってことなんでしょうね」とAさんはこの話を締め括った。


この記事は、怪談ツイキャス「禍話(まがばなし)」で放送された怪談をリライトしたものです。

https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/735680415

2022/06/18放送分「元祖!禍話 第八夜」32:38-

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