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海外生産現場での法定外残業時間の課題

【海外工場勤務者の法定時間外労働時間管理】
多国籍企業の海外人事部を悩ます課題として、労働時間管理があります。特に、海外現地に生産工場を有する場合、法定時間外労働時間を超過しているケースが多く見受けられます。

日本では、労働基準法第32条において、1日8時間かつ1週間40時間を上限とした法定労働時間を超える場合、法定時間外労働が残業時間とみなされます。

例えば、トルコ労働法では、週の基本労働時間は、45時間です。所定労働時間を超えた時間は、残業とみなされます。法定時間外労働の上限は年間270時間です。

途上国での法定時間外労働への当局の対応は、グレーな部分が多いです。例えば、トルコでは、上記のとおり、270時間/年の法定時間外労働に抵触する法人に対しての罰則規定はないものの、トルコ労働当局による慣行として、行政上の過少な罰金を科す実態であるようです。ただし、法的根拠がないので、法人は当局と争うことが可能であるようです。また、残業代が支払われていれば、現地労働監督局から工場閉鎖に追い込まれることはまずありません。

トルコ労働法
・残業時間の上限:年270時間
・基本労働時間:週45時間、1日労働時間の上限:11時間
・夜勤時間の上限:7.5時間

残業代は、現地の工場勤務者にとって、給与を補填する生活費の重要な要素となっていることが多く、親会社からの派遣日本人経営者が、法令違反解決のため、安易に工場勤務者の増員や残業禁止発令の判断を下すことは、特に組合の存在が強い諸国においては、慎重であるべきとの認識です。例えば、トルコ工場勤務者の給与の約4割は、残業代が占めることもあります。なお、トルコでの工場勤務者の最低賃金が、2.557,59 トルコリラ(約4万円弱@14円)です。

【法定外残業時間のメリット・デメリット】
会社側が海外工場勤務者の法定外残業時間の超過状態を看過する理由として、新規に雇用するより、コストが抑えられることがあります。次に、考え得る会社側のメリットとデメリットを整理します。
・会社側のメリット:コスト抑制、雇用の引止め効果、組合の要求との整合
・会社側のデメリット:法令違反、事故発生可能性増大、生産性の低下、残業を嫌う若手の離職率の増大
一方で、従業員にとって、残業することのメリットとデメリットは、次の事項が考えられます。
・従業員のメリット:生活費の不可欠な要素としての収入
・従業員のデメリット:疲労増幅

【解決へのアプローチ】
法定外残業時間の解消に対する解決策として、工場現場での残業実態を把握して、今後のアクションに結びつけて考えることが必要です。
1. 残業代支払いの滞りがないことの確認
2. 工場の組織構造および人員構成を認識し、部門間で時間外労働がどの程度偏在しているかの確認
3. 現場に見合った解決策の設計と実行
4. 生産・設計・経理などの部門を超えて問題所在の顕在化と解決策の実行

【人事部門の改善アクション】
1. 残業事前申告制度の導入
 残業の事前報告制度も時間外労働の削減に効果的です。時間外労働をする場合は、①残業理由、②残業予定時間、③残業内容を記載した申請書を工場責任者に提出します。工場責任者は、申請内容が適切であるか、判断します。翌日の業務に回すことができれば、そのように指導します。また、申請内容を集計し、どの部署がどんな理由でどの程度、時間外労働をしているのかといった実態を把握して、残業削減への取り組みに繋げます。

2. 労働時間を人事評価に組み込む
人事評価制度に残業時間の目標設定や業務改善施策を織り込むことで、社員の時間外労働削減への意識が高まります。さらに、上司の評価項目にも部下の時間外労働に関する目標を反映させます。そうすることで、残業時間削減への意識を、個人ではなく、組織ベースに拡大し、最大限の効果を発揮することができます。

3. 人事評価システムの見直し
工場勤務者の給与・賞与の評価制度は、次のように見直すことが望ましいです。
- 同一市場の給与・賞与水準の平均値以上に設定すること
- 特定の従業員が残業することに対して、業務内容を可視化し、公平感をもたせること

4. 人事部門からのアラーム
法定時間外労働を違反した状態の従事者に対しては、人事部から法令違反になりうる又は抵触している旨のアラームメールを送付します。

5. 夜勤勤務者の交代制の見直し
夜勤勤務者の交代制を施策の一つとする場合は、基本賃金体系の見直しなどを並行して検討することが必要です。

【生産部門の改善アクション】
1. 5S活動の徹底
工場現場の環境の改善には、5S活動が有効です。5Sとは、整理(Seiri)、整頓(Seiton)、清掃(Seiso)、清潔(Seiketsu)、躾(Shitsuke)の頭文字をとったもので、次のような取り組みを指します。
  -整理:部品や工具を分類し、不要なものは処分する
  -整頓:部品や工具を取り出しやすいように配置する
  -清掃:整理・整頓・清掃を毎日行う
  -清潔:清掃による清潔感の維持
  -規律の遵守:整理・整頓・清掃・清潔の必要性について従業員教育を行う
さらに、工場の特定エリアごとに、リーダを指名します。当該リーダを中心に、定期的に工場を検査させたり、工場長や内部監査に対して、部品・製品の配置理由や未分類の棚卸への質問対応に責任を持たせたりします。5S活動と組み合わせることで、工場・倉庫内での効率的な活動が可能になります。

2. マルチ・タスク・スキル人材の育成
マルチ・タスク・スキル人材の育成は、一人が1つの業務を担うのではなく、複数業務を遂行できるよう、工程ラインを見直することなどで、できる作業に偏りをなくし、一部の社員の負担が大きくなってしまうことを未然に防ぐことができます。プロジェクト案件や大型メンテナンス案件への対応では、特定の部署や担当者に業務が集中し、社員ごとの残業時間に大きな乖離が生じないよう、工程ラインの見直しや、マルチ・タスク・スキル人材の育成が不可欠です。マルチ・タスク・スキル人材が育つことで、社員の業務負担が平等に近づき、一人当たりの残業時間の削減に繋がります。

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