【しろまる先輩は距離感がおかしい。】16話「グランクラス料金の真相」
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◆ ◆ ◆
「この車両……、で、いいんですよね……」
雪音は新幹線の側面を穴が開きそうなほど睨みつけ、切符に印字された文字列と照合した。しかし、何度読み返しても10号車で合っている。
「ほら、のるよ」
先輩に背中を押されて車内に突入した雪音の目に飛び込んできたのは、絨毯と間接照明が織りなす落ち着いた雰囲気の贅沢な内装。新幹線でありながら2:1列で並ぶ広々としたシートが特別感を漂わせながら乗客を歓迎していた。
この豪華設備。
———東北新幹線はやぶさの10号車は新幹線における最上級座席、グランクラスなのだ。
「しろまる先輩……本当にいいんですか?」
ラグジュアリーかつ厳かな空気に、なぜか小声になる。
「遠慮しないで。これは川井さんの北海道初上陸祝いだから」
「で、でも流石に」
「いいからいいから」
頭上の荷物入れに鞄を仕舞ってから、勧められるがままに着席する。
すごい。
全身を包み込む大きなシートは、座った者を一瞬にしてリラックスと優越感の沼に引き摺り込む。お馴染みの高崎線の固いシートなんて、もはや対抗馬にすらならないくらいだ。座席前後の間隔が広く、席の間にパーテーションが設けられているおかげで周りも気にならない。
すごい(2回目)。
設備にばかり気を取られていると、いつの間にか外の景色が流れはじめていた。あまりの静粛性の高さに、油断していると列車の中にいるという事実さえ忘れてしまう。
「お飲み物はどうされますか?」
しばらくして、専属アテンダントがオーダーを取りに来た。
グランクラスでは無料のアメニティ各種、和・洋の2種から選べる軽食に加えて、飲み放題のドリンクサービスが受けられる。グランクラスは国内最高峰の車内サービスを体験できる、まさにGran(大きな・壮大な の意をもつフランス語)な座席なのだ。
先輩の顔色を窺う。
「気にせず好きなもの飲んでいいよ」
「ではお言葉に甘えて」
雪音はせっかくなのでオリジナルのワインを注文し、昼間から優勝することにした。先輩のチョイスはりんごジュース。かわいい。
「では」
「川井さんの初北海道に」
「「かんぱーい!!!」」
「まだ上陸していないですけどね」
◆ ◆ ◆
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東京を発って約2時間。東北新幹線の最優等列車であるはやぶさは早くも杜の都仙台を過ぎ、岩手の県都である盛岡に到達した。
雪音は仙台よりも北へ旅行した経験がなかったため、この時点で常に人生の最北端を更新し続けている。
モゾ、モゾ。
何やら先輩が身支度を始めた。
「あれ、しろまる先輩どうかしましたか?」
「一瞬降りるよ。ついといで」
「外に出ちゃって大丈夫なんですか」
「盛岡は停車時間長いからだいじょぶ。ほらみて」
降り立ったホームで先輩が指差す方向に目をやると、前方に繋がれていた赤い新幹線の連結が切り離され、一足先に駅を出発しようとしているところだった。
「あの赤いやつ、先に行っちゃうんですね」
「あっちの新幹線はこまちって言ってね、盛岡で分離して田沢湖線経由で秋田まで行くミニ新幹線なんだよ。東京行きの場合は逆に連結作業がある」
「そんな仕組みだったんですねー」
雪音は周囲を見渡しながら、先輩の解説に相槌を打った。自分たち以外にも数名がこの作業を見物しているのが気になったのだ。
「マニア的に盛岡駅の停車は一大イベントだから、わざわざ見にくる人も多いんだよ」
「へ、へぇ……」
遠ざかっていく秋田新幹線の姿をスマホに収める先輩を見ながら力無く返事をする。
「———ふぅ。やっぱりグランクラスはいいね」
「どうしたんですか、今更」
雪音はいつしかの新宿で夜のバスターミナルを急に賞賛しだした時の先輩を想起した。
「いいかい川井さん
「なんですかその理論」
雪音がツッコミを入れた時、ちょうどはやぶさがまもなく出発する旨のアナウンスが流れはじめた。
すると、
編成後方から見学に来ていたと思わしき乗客たちが、一斉に駆け足で自分の車両へと戻っていく。
……なるほど。
ちょっと一理あるのかもしれない。
「東北新幹線の編成は、連結部分の近くに上級グレードの座席が連結されてる。はやぶさは10号車がグランクラス、次の9号車もグリーン車だし、こまちも11号車がグリーンだもん。これはもう確信犯」
鉄道に興味がない雪音は「そもそも作業を見る意味があるのか?」と意義を唱えようとしたが、楽しそうに持論を語る先輩に水を差したくなくてグッと飲み込んだのだった。
(つづく)
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