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【旅行記】無計画!年越し大阪サンライズ

早いもので2024年も折り返し地点を過ぎ、7月に突入しました。

この記事は2023年12月30日~2024年1月2日の期間におこなった、突発年越し旅行の記録をまとめたものです。

(これが半年前か…)

魔がさした

2023年12月30日。私は旭川にいました。
年末年始の休暇を利用し、野暮用を兼ねた1泊2日のドライブに来ていたのです。

宿泊先はドーミーイン旭川。
ここの名物といったら、これ。

/ ドン \


深夜に無料で提供される「夜鳴きそば」です。シンプルな醤油味のラーメンが身体に染みわたります。

大晦日あしたは、1日限定で夜鳴きそばの代わりに年越し天ぷらそばが提供されるそうです。今度は大晦日にも泊まってみよう。そうしよう。

夜鳴きそばをペロリとたいらげ、部屋に戻りました。

あしたは大晦日。
2023年もおしまいです。
とくにノープランで旭川ここまで来たので、これからの予定を考えます。

現在地は北海道のだいたい真ん中。稚内へ戻って年越し宗谷岬のイベントに突撃することも、根室へ行って日本最東端の初日の出を見ることも可能です。

さて、どうするべか。

休暇は年明け1月3日までありますから、フリータイムはMAXで約4日間。旭川に1泊だけして稚内へ帰るつもりでしたが、これだけの時間があればどこへでも行けます。……どこでも。

と、
ここで。
つい限界トラベラーの悪癖が出てしまいました。

軽い気持ちで新千歳発の航空券を検索してしまったのです。

スマホに表示される道外の地名。
東京、大阪、福岡……。こんなものを見てしまったら、私の興味の矛先は北海道の外へと向いてしまいます。

しろまる、2023年最後の行先やいかに…?

◆   ◆   ◆

おはようござます。
日付がかわって12月31日。大晦日です。

ドーミーインは豪華な朝食バイキングも有名です。年内最後の朝ごはんは煌びやかなセルフ海鮮丼を堪能しました。

海鮮盛り放題の朝ごはん♪

9時過ぎにホテルを出発し、国道12号を札幌方面へ走ります。天気はおおむね良好です。

途中、この先の旅程との兼ね合いで滝川~岩見沢間を高速に課金しました。何にとは言いませんが、乗り遅れてはいけませんからね。

道中の砂川SA 日本最北のSAです。

12時30分。
南千歳駅に到着しました。出発地点の旭川とは違い、けっこうな雪が降っています。

駅チカのコインパーキングに車を停め、電車でお隣の新千歳空港駅へ向かいます。ここの駐車場は料金が安いので、数日停めるなら南千歳⇔新千歳空港間の電車賃を含めてもお得です。おすすめ。

わずか3分の鉄道旅を終え、北海道の空の玄関口新千歳空港に到着です。
新千歳ここに来たということは、つまりそうゆうことです。

これから飛行機に乗ります。

出発ロビーへ上がり、チェックインを済ませます。航空券に印字された行先は…?

関西空港。大阪です。

一応、この時すでに私の頭の中には関空から先の年し越しプランが完成しつつありました。保安検査場を抜け、期待に胸を躍らせながらスマホで近畿地方の観光情報を収集します。

しかしここで。
順調(?)に進んでいた突発旅行計画に暗雲が垂れ込めます。

先ほどから千歳にはしんしんと雪が降り続けており、除雪のために滑走路が1本しか使えなくなっているとのアナウンス。これに伴い飛行機のダイヤが乱れているようです。

元々私は「飛行機は遅れてなんぼ」と考えているので多少の遅延は想定内です。強いてゆうなら、滝川~岩見沢の高速課金が無意味と化したくらいです。さようなら英世。

ずいぶんと待たされて、ようやく搭乗できたのが16時頃。私が乗る予定の飛行機の定刻は14時35分だったので、この時点で約2時間遅れが確定です。今のところは次の旅程になんとか間に合いそうなレベルの遅延です。

しかし搭乗後も離陸待ちに時間を費やし、ようやく北の大地を飛び立ったのは17時半前でした。

この時点で、私は関空から先の乗り継ぎができないことを悟ったのでした。

今年最後の旅程崩壊

19時45分。
飛行機は無事に関西国際空港に着陸しました。

やっと関空着!

しろまるは今回、関空初利用です。普段であれば空港の中を探検したいところですが…今は時間がありません。

結局3時間遅れで大阪の地に降り立った飛行機は、私の遅延予測を遥かに越え、旅程を崩壊させていました。

もう予定の乗り物に間に合わないことは確定しているので計画の練り直しは避けては通れないのですが、もっと急務な問題がありました。

切符の払い戻しです。

私が関空から先のプランとして考えていたのは、特急くろしおに乗って本州最南端の串本を目指すという計画でした。くろしおは関空を通らないので、まずは空港快速で日根野ひねのまで行き、そこで乗り換えとなります。

前もって新千歳で購入していた特急券の日根野発車時刻は20時01分。これを過ぎると払い戻しができなくなります。しかも奮発してグリーン車にしていたので、なんとしてでも間に合わせたいところ。

ここからは約10分という短い時間の中で飛行機から駅の窓口まで移動できるかは勝負です。お出かけスキルの見せどころ!

幸か不幸か、この時の私は突発的な旅行だったために1泊2日分の荷物量しかなく、ショルダーバッグ一丁のみの身軽な旅人でした。手荷物を預けていないのですぐ駅に向かえます。

鉄道マークの案内板に描かれた矢印の方向へ、ひたすら小走りでターミナルを駆けます。軽装バンザイ!

(あっ………!)

しかし、しばらくして私は足を止めました。
頼りにしていた案内看板の矢印が、これ以上先へ進むことができないと告げてきたからです。

そこに書かれていたのは……

「「「無料シャトルバス」」」

(終わった………)

どうやら私が到着したのは関空第2ターミナルのようで、関西空港駅がある第1ターミナルまではバスで移動しなくてはいけないようです。タクシーをとっ捕まえようかとも思いましたが、時間的にもう無理そうだったのでやめました。

諦めてバスに乗り、私が駅のある第1ターミナルに着いたのは20時01分のことでした。奇しくも乗るはずだったくろしお27号が日根野を発車したのと同時刻です。

タッチの差で払い戻しの権利を失い、紙切れと化した特急券を手にバスを降ります。稚内に比べるとだいぶ生温い冬の夜風が、まるで私を励ますかのように頬を撫でました。

ここにきてやっと、はるばる本州へやってきたことを実感します。

奇跡のサンライズ

予定していた特急を逃し、失うものが何もなくなった私は、ゆっくりとした足取りで関西空港駅のみどりの窓口を訪ねました。

串本までの乗車券は払い戻してもらえましたが、やはり発車済みの特急券の料金が返ってくることはありませんでした。さよなら一葉。

今回の遅延でお亡くなりになった乗車券たち。
合掌。

払い戻しのついでに、駅員さんに次なる旅程を相談してみます。
「今夜のサンライズ、大阪→東京あいてますか?」

サンライズ瀬戸・出雲。現在国内で唯一、定期運行をしている寝台特急です。その名の通り、東京から四国の高松と山陰の出雲市を結んでいます。

年末年始の連休ど真ん中ということで、千歳で空きを確認した時は満席で取れませんでした。あれから約5時間。キャンセルが出ているか確認です。

…これがダメだったら、特急で北陸方面にでも行こうと考えていました。米原発金沢行き、特急しらさぎ65号の金沢到着時刻は0:40です。車内で年が越せるのです。

「あ、サンライズいけますよ」
思考を遮る駅員さんの一声。

いまのなし。サンライズ乗れるらしい。今年さいごの寝床は、動く列車宿に決定いたしました。希望の寝台を発券してもらい、大阪駅へ向かいます。割と難解な要望に対応してくれた駅員さんありがとうございました。

関空から大阪の中心部への移動手段は、たくさんあります。神戸三宮まで高速船で渡ることもできたのですが、この日はたまたま荒天で欠航となっていました。鉄道を使いましょう。

私が選択したのは南海電鉄。以前から乗ってみたかった空港連絡特急『ラピート』に乗車していきます。

(めんどくさい発券と払い戻しをお願いしておきながら、他社線に浮気してしまいました。JRさんごめんなさい…)

空港アクセス特急ラピート。カッコイイ!
上級グレード座席『スーパーシート』

ラピートは南海電鉄の名物特急です。
男子心だんしごころを刺激するロボットのような顔面と、丸くて大きな窓ガラスが特徴的です。かっこいい。

スーパーシートという上級グレードの座席があったので、やけくそ課金してみました。1:2列のゆったりシートで、座面は大阪のオバチャンリスペクトのヒョウ柄です。スーパーを名乗るだけあって実に快適で、たった40分の関空~難波間にはもったいなく感じました。

21時20分。
そんなわけで、西日本最大の都市大阪に到着です。

難波の駅前ではカウントダウンイベントをしていました。
人ごみをかき分けやっとの思いで道頓堀到達。


道頓堀まで歩いてみましたが、とにかく人、人、人。
とくに海外の人が多かったです。

雑踏を避けるように逃げ込んだ松屋で、ビーフシチュー定食をたべました。これが2023年最後の晩餐となったわけですが、稚内では食べられないグルメなのでヨシ!

あけましておめでとうございます

0時00分。
2024年になりました。
今年もよろしくおねがいします。

大阪駅で外国の方から「Umeda」に行きたいと訊ねられ、Umeda=Osakaなのだとカタコトの英語で力説していたらいつの間にか年を越していました。

駅のコンコースには、それなりに人がいます。年越しの夜ということで、普段の終電よりも遅い時間帯まで電車が走っているようです。
頭上の電光掲示板を見上げると『寝台特急サンライズ瀬戸・出雲 東京』の表示がありました。
ほとんどの長距離列車が淘汰された令和において、在来線ホームで遠方の行先表示を見るとちょっぴり不思議な気分になります。
東京行きサンライズの大阪駅発車時刻は0:33。
日をまたいでからの乗車です。

頃合いをみてホームへ降りると、岡山で瀬戸と出雲が合体して14両の超大編成となったサンライズが滑り込んできました。

いよいよサンライズに乗り込みます!
利用したのは一般的な1人用寝台『シングル』


一応、今回の乗車は人生2回目のサンライズです。(前回は東京→岡山で乗りました)

0時33分。
私を乗せたサンライズ号は、定刻で大阪駅を発車しました。

アルコールでも買って列車内で新年のお祝いしようと思ったのですが、改札内のハートイン(関西版のキオスク)が年末年始の時短営業でどこも閉まっており、なんとか自販機で調達できたジュースとお菓子でささやかな宴を執り行いました。

列車は2024年に変わりたてホヤホヤの静謐な大阪のまちを、東海道本線に沿って東へ進みます。
サンライズの大阪~東京間の所要時間は7時間弱しかないので、ぐっすり寝たい人にはちょっと物足りない長さです。ずっと車窓を眺めていたかったところですが、せっかく寝床を確保したのに睡眠不足になっては本末転倒なので、京都を通過した辺りで眠りにつきました。

◆   ◆   ◆

むくり。
おはようござます。
「あと20分で横浜に着くから、降りる人は準備しなさい」という旨の放送がかかっています。遮光カーテンを上げ、窓の外へ目をむけます。空は明るみ、流れるビルの間からは太陽の気配がしています。

現在地は茅ヶ崎といったところでしょうか。初詣にでも行くのか、通過する駅のホームにはそこそこの人がいます。

今日は元旦で祝日ですが、サンライズは平日に乗車するのも乙なものです。通勤ラッシュの東京都心へ寝っ転がったまま突入できるので、凄まじい優越感を味わうことができるからです。

そうこうしているうちに、列車は横浜駅に着きました。

私の実家は横浜市にあります。
単なる帰省目的なら横浜ここで降りたほうが無難ですが、もちろんそんなことはしません。終点の東京まで乗ります。(そもそも、無難な帰省をする人は関空なんか経由しない)

横浜を出ると川崎を通過して、多摩川を渡って東京都に入ります。
長い鉄橋に差し掛かったその時。

いい1年になりますように。

ご来光〜
東の地平からオレンジ色の太陽が顔を出しました。

念願だった『サンライズからファーストサンライズを見る』の達成です。このために進行方向右側上段の寝台を発券してもらっていました。関西空港駅の駅員さんに重ねてお礼申し上げます。

初日の出の余韻に浸っていると、いつのまにか列車は速度を落とし、東京の中心部へと入っていました。高層ビル群に遮られ、太陽の姿は見えなくなります。

(昨日の今ごろは旭川のドーミーインで海鮮を貪っていたのに、自分はなんでこんなところにいるんだろう)と賢者モードになりかけたところで、終点の東京に到着です。

東京に着いたあとは神田明神へ初詣に行きました。
実は1年前の年末年始も東京にきており、その時も神田明神へお参りしたので、2年連続での訪問です。(2度あることは何とやら……?)

、、、ねむい。

大好きな寝台特急に乗れたとはいえ、あれはあくまで動く宿。人によってはゼロ泊とカウントすることでしょう。関空で小ダッシュした分の疲れも今になってのしかかってきた気がします。わたしは東京散策を早めに切り上げ、昼過ぎには横浜の実家へ帰りったのでした。

運がいいのか悪いのか

お正月元旦の実家でやることは決まっています。お昼寝です。私はサンライズで不足した分の睡眠を補うべく、お昼寝をしました。

(( _ _ ))..zzzZZ

夕方。
寝正月を満喫したわたしが居間に行くと、テレビから何やら緊迫した雰囲気のニュースが流れていました。

「えっ?」

ニュースによると、どうやら北陸で地震があったようです。それも震度7。
元旦早々に一大事です。

そして昨日の自分の行動を思い返してゾッとします。飛行機の遅れにより南紀方面への終電を逃した私は、車内で年越しができる北陸特急への乗車を検討していました。しらさぎに乗っていたら被災していたかもしれません。

飛行機の遅延とサンライズが、結果的に私を救ってくれたのです。

◆   ◆   ◆

翌1月2日。
幸い、地震で交通網に影響が出ていたのは北陸の一部だけなようで、関東および北海道の交通網は平常どおりの運行でした。問題なく北海道へ帰れそうです。

帰りの飛行機は、成田発の新千歳行きにしました。実家からは羽田の方がアクセス良好なのですが、この時は成田を選びました。

格安航空に成田発着が多いという金銭面の理由はもちろんのこと、成田空港を搭乗目的で利用した経験がなく、単純な好奇心もあったからです。関空も初利用でしたしね。

まぁ、要するに旅人の気まぐれです。

ちなみに成田までは、これまた初乗車の成田エクスプレス、NEXで移動しました。新宿から乗り換え無しで1時間強。快適でした。

LCCがひしめく真新しい第3ターミナルでチェックインを済ませ、搭乗案内を待ちます。往路のような大きな遅れはなく、私を乗せた飛行機は16時過ぎに成田空港を飛び立ちました。

NEXの車内でお昼ごはん。
深川めしと国技館やきとりです。
LCC機が集まる成田第3ターミナル。

◆   ◆   ◆

「ただいまより全ての電子機器をご利用いただけます」
新千歳空港へ無事着陸し、ネットとの繋がりがないと不安で仕方ない現代人じょうきゃくたちの待ち侘びたアナウンスが放送されました。

放送を聞くなり皆スマホを取り出し、おあずけを食らっていた外界との繋がりを享受している様子です。私も周りに倣って機内モードを解除し、エックスを開いてTLをシュポっと更新します。

ん?

『羽田空港でJAL機炎上』

トレンドに乗って流れてきた速報に、一瞬自分の目を疑いました。

おやおやおや。

小一時間空の旅を満喫している間に大事件が起こっているではありませんか。

しかも、羽田空港で。

この事故により羽田行きの便が急遽欠航しているようで、新千歳空港の出発ロビーは予定変更を強いられた人たちで溢れ混迷極まっていました。

気まぐれで成田から帰ってきたため無影響だったものの、昨日の地震に続いて一歩間違えれば混乱に巻き込まれていたところです。正月早々に、ずいぶんと運を使いすぎた気がします。

その後南千歳に移動して愛車を回収。
帰り道で事故でもしたら洒落にならないので、いつも以上の安全運転を肝に銘じながらハンドルを握りました。。稚内じたくへは、日付が変わった1月3日未明にきかんしました。

稚内に帰るまでが旅行です()

以上、旭川までのドライブで済ませるつもりが魔がさして航空券を買い大阪で年を越し、運良く乗ることができたサンライズで震災を逃れ、帰り際の空港選択が功を奏し旅客機事故の混乱も回避した波乱万丈の年末年始旅でした。

(おわり)

#旅行記





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