【しろまる先輩は距離感がおかしい。】6話「食べ放題のプロ」
前のお話▼
◆ ◆ ◆
自宅がある深谷から電車で3時間。通勤の倍という移動距離に「やっぱり熱海は遠いじゃないか」と脳内で独りごちりながら、雪音は熱海駅に降り立った。
梅雨の晴れ間で絶好の後楽日和となった土曜の熱海は、観光地らしい活気で溢れかえっている。人の多さに気圧されながら改札を抜けた先に、見覚えのある栗頭を見つけた。
「しろまるせんぱーい!」
軽く手を振りながら、早足で歩み寄る。
「おつかれー」
そっけなく挨拶を返してきた先輩は、なんというか、通常運転だった。服装は普段職場でよく目にしていたローテーションのうちのひとつで、背中にいつものリュックを携えている。
「すみません。待たせちゃいました?」
「……いや、約束の時間には間に合ってる。わたしが1本早い電車できただけ」
待ち合わせにありがちなやり取りをしながら、駅前からバスに乗る。車内では天気だとか熱海までの道中だとかのベタなテーマが話題にあがるも、すぐに沈黙。
(この人と何を話したらいいんだろう……何考えてるのか分からないよ……)
2人はプライベートを共にしているが、親密度は職場の同僚の域を脱していない。雪音は「華金の女王」の正体がただの旅行好きだと知る数少ない人間であるものの、逆に言えばそれしか知らないのだ。
これまでの人生で対峙したことのないタイプの人間を前に、雪音は決意した。
(よし、今日のお出かけで、しろまる先輩とちょっとでも仲良くなって見せる……!)
心の中で拳を握り、会話デッキを整理してから話を仕掛ける。
「あの、しろまる先ぱ……
「ついた」
目的地に到着したようで、出鼻を挫かれた。
◆ ◆ ◆
先輩の両親が福引きで当てたというペアチケットは、熱海郊外にある老舗ホテルの日帰りランチビュッフェのものだった。
崖から海へ迫り出すように立地するホテルは、雪音が想像していたよりもだいぶ規模が大きい。オーシャンビューが楽しめる扇形の巨大なレストランが食事会場になっていて、オペラハウスを彷彿とさせる豪奢な内装と、築年数を魅力に変換する魔法「昭和レトロ」が融合して非日常感満載の素敵空間が演出されている。
先輩はホテルの雰囲気がたいそう気に入った様子で、事ある毎にスマホで写真を撮っていた。
「いい……すごくいい……」
「しろまる先輩、こーゆーの好きなんですか」
「うん。昔ながらの雰囲気すき」
(なるほど、レトロなものが好みなんだ……)
雪音は、新しいしろまる情報を得た。
スタッフからビュッフェの説明を受け、2人は窓際の席に落ち着いた。高級感のあるテーブルクロスと座り心地抜群の椅子にもてなされ、気分が高揚する。高崎線のシートもこれだったらいいのに。
「よし、じゃあ」
「行きますか」
2人は早速料理を取りに向かった。
〜5分後〜
「……あれ? 先輩、料理取らないんですか?」
一通り自分の盛り付けを終えた雪音は、未だ空っぽの皿と盆を手にフロアを徘徊する先輩を発見した。彼女は言う。
「あのね川井さん、
返ってきたのは、まるで数々の死戦をくぐり抜けてきたかのような、鋭い答えだった。そもそも、プロ転向した覚えはないのだけれど。
「どうゆう意味ですか?」
すると先輩は鼻をフンと鳴らしてから得意げに解説をはじめた。先週、深夜の高崎で終電について熱弁していた時と同じ表情だ。
「食べ放題の皿と人間の胃袋には、キャパがある。だからまずどんな料理があるのかを遠目に見ながら会場を1周して、何と何をどれだけ取るのかイメージを構築する。んで、2周目でお目当ての料理だけを効率良くゲットしていくんだよ」
「はぁ……(分かるような、分からないような……)」
「無計画のまま順番通りに料理を取っていったら、お皿がいっぱいになってから「これもあったなら取ればよかった〜」ってなっちゃうよ」
「なるほどです(ちょっと理解した)」
「川井さんのそれは、無計画タイプの盛り方だね」
そう言われ、雪音は自分の盛り付けに目を落とす。確かに、順路前半にあったサラダコーナーで配分を見誤ったせいで、全体的に野菜多めの健康的な盛り付けになっている。
先輩は、他にも
・写真写りだけを意識した盛り付けの
「インフルエンサータイプ」
・高級食材だけ狙って元をとろうとする
「元を取りたいタイプ」
・野菜嫌いが全面に出た肉・揚げ物ばかりの
「偏食タイプ」
・特定の酒の肴だけを大量確保する
「呑兵衛タイプ」
・とにかく量が多い
「片っ端から全制覇タイプ」
などがあると力説した。
雪音が先に席へ戻って食事を始めていると、2周目でお目当ての料理を回収した先輩が戻ってきた。
熱い食べ放題奉行を披露していた彼女の手元を見てみると、確かにバランス良く、且つ見栄え良く盛り付けがされていた。
海鮮コーナにあったお刺身をご飯の上に乗せてミニ海鮮丼をこしらえていたり、具なしだったコンソメスープにサラダ用の茹で野菜を入れて具沢山にしたりと、料理をそのまま取らずに組み合わせるあたりが工夫が職人技だ。
「先輩のお皿、あんなに語るだけあってすごく綺麗ですね」
「そりゃまぁ、伊達に旅行趣味やってないから」
「さすがです。ちょっと見直しました」
「それ褒めてる?」
「「笑」」
◆ ◆ ◆
「「ごちそうさまでした」」
段々と弾むようになってきた会話と抜群のロケーションを肴に、2人はビュッフェを満喫した。
最初の盛り付けにすべてを賭けているような発言の先輩であったが、盛り付けた料理を食べ終えると、普通におかわりもしていた。その際は1回目で盛りきれなかった料理を攻めるのではなく、気に入ったものをリピートしている様子だった。これが旅人の流儀なのだろうか。
また、先輩は華奢な身体の割に意外と沢山食べることも判明した。着々と増える新規のしろまる情報に、雪音は誘いに乗ってきてよかったと思うのであった。
(つづく)
次のお話▼
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?