見出し画像

誰にもじゃまされずに眠りたい

涙をこらえようとしても流れてくる。自分でもどうしたらいいのかわからない。泣いている理由もはっきりしない。けど、泣けてくる。泣けて、泣けて、しょうがない。そんな波が定期的に訪れるようになったのは、出産してからかもしれない。

昨日からあやしかった。夫が午前中に30分寝るといい、ゆっくり眠れるようにの配慮も含めて次男を連れて図書館と買い物へ行ってきた。約2時間の外出。場所がかわるたびに、チャイルドシートに乗せ、降りると抱っこ紐と繰り返す。家の収納も改善中だったので、大きな引き出しなども買い、小さいとはいえ抱っこ紐の次男がいると荷物を運ぶのも一苦労だった。帰宅し、リビングに向かうも夫の気配が感じられない。部屋は出かける前の散らかり放題のままの状態。まさか…と寝室に行くと、夫がまだ寝ていたではないか。

寝ぼけまなこで起きてきた夫は、私の話も聞いている風で全く頭にはいっていない。最近忙しく、寝るのが遅い日もあったから、ゆっくり眠れてよかったと思う反面、苛立ちが強まった。シンクの洗い物をやっておくよ。と言っていたのに、汚いまま。重い荷物を3往復もして家に運び込んだもの私。あなたは一体、何をしていたの?眠っていただけですよね?完全に八つ当たりだ。

正直、うらやましかったのだ。誰もいない環境でぐっすりと眠れることが。息子たちはありがたいことに夜泣きはほぼない。21時前に眠ると、そのまま朝まで起きることはない。そういった意味では眠りは確保しやすい。

だが。1歳の長男は誰かとくっついて眠るのが好き。寝かしつけでくっついた後は、そーーっと起きないように絡み合った手足をほどいて脱出する。寝ている最中で、ふと寝ぼけたまま近づいてくるのは毎日で。狭い寝室では逃げ場もない。のびのびと開放した気持ちで眠れたことは出産してから、長男が生後5か月の時に私がインフルエンザになり、数日義母の家に預けたあの時だけだった。

そして、1歳児の寝相はすばらしい。悪気なく、顔めがけて踵落としをきめてきたり、お腹を蹴るのは眠っている時の習慣にまでなっている。おかげで、熟睡ができない。5か月の次男も気になるから、ちょっとした声で目覚めるほど神経は張り詰められてもいる。


何も気にせずに、ただ眠りたい。一番の欲求だった。夫にはわかるまい。なんなら、週に1~2回は私の実家に子どもたちと泊まるから、夫は一人で眠れる日を定期的に得ている。うらやましい。マジでうらやましい。

何度か夫に提案したことがある。それは、義母の家へ夫と子供たちでお泊りする日をつくらないか?ということだ。けれど、毎回、毎回、なんとなーーく良い返事をされながらスルーされていた。もう限界だった。別に子どもと一緒に寝たくないわけでもない。

でも、ただ眠るという希望を叶えてくれてもいいのではないか?たまに、一人で出かける時間をセッティングしてくれるが(これはこれで、ありがたい話であるが)一人になったら何かをしたい。よりも、ただ寝たい。が優先されるのが出産後~1.2年の母の望みなのではないかと思う。


睡眠不足は思考をおかしくさせる。感情も不安定にさせる。体力も落ちる。百害あって一利なしに思えるのだ。自らの望みで夜更かしをしての寝不足なら、自業自得だと納得するが、寝たいのに眠れない。これは、ツライのだ。

それなのに、夫は最後に地雷を踏んだ。「案外、離れたら気になって眠れないかもよ」と。それなら、それでいいのだ。でも、一緒にいないことの開放感。寝かしつけでウトウトしながらも睡魔と戦うこともしなくていい、眠る前のミルクも気にしなくていい、布団でぬくぬくしながら眠くなるまで本を読んでもいい。これは、子どもと一緒では味わえないことなのだ。今の私には最高の贅沢なのだ。たまには、頂いてもよろしいのではないだろうか?

そうでないと、情緒不安定は増していき、巡り巡って最終的な被害は結局のところ夫へたどり着くようになっているのが我が家のシステムだ。私の病みっぷりを感じたのか、今回はじめて義母へLINEをし、お泊りが決定した。私も安易はもので。明後日の土曜の夜は一人で過ごせることが決まると、気持ちが安定してきた。まだ泣きたくなることはあるが、涙は出てこない。自分ひとりで眠りたい。なんて、子育て中に望んだら、いけないことのように思ってた。母だから我慢して、子どもが望んでいるのだから、一緒に寝よう。と。

けれど、たまにはいいよね。義母家へのお泊りが、定期的に開催されるのか、1年に1回の奇跡的なイベントになるのか、はたまた今回の1回きりになるのか。は、土曜の子どもたちの様子で決まるのだろう。私としては、今度も定期的に行えるようすんなり眠って朝を迎えてもらいたいと願うばかりだ。

2021.4.22

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?