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古代日本は女系首長軍団の存在も大きかった④番外編: 星宮社へ行ってみた

今回もトップ画像をクリエイターさんがシェアさせてくれるところ(@noteにある)からお借りしています♪ありがとうございますっ( ̄▽ ̄)今回はかつて海の側だった地域の神社にお参りしたので、海の画像にしてみました♡

こちらの記事はシリーズになっております。ぜひ①からどうぞ!


星宮社へ行ってみた

今年はお家や自分自身を整えることが中心で、好きな神社仏閣巡りもほとんど行く気にならなかったのですが、急にスイッチが入り、"星宮社だけはすぐに行きたい!!"と思って行ってきました!星宮社は、名古屋市南区にあります。

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星宮社。住宅街にひっそりとあるのと、道が狭いので気軽には行けないかもw (もしも行くなら電車でかなり少人数、をオススメします。地元の小さいお宮さん、という感じです)


前回の記事で紹介したように、天津甕星神(あまつみかぼしのかみ)がご祭神だそうです。(占星術が好きで勉強してるから、星ネタで嬉しい✨✨)

天津甕星神(あまつみかぼしのかみ)とは

天津甕星神(あまつみかぼしのかみ)、実は天孫族に最後まで不服従を貫いた存在との説があるそうだ。

「天に悪しき神有り、名を天津甕星(あまつみかぼし)と曰ふ。亦の名(またのな)は天香香背男(あまのかがせを)。」~日本書紀より~ 
「トベ達の悲歌」845ページより抜粋

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境内には立派なクスノキやイチョウが。綺麗だった〜✨

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こちらが星宮社の本殿。地域に根ざしている空気感を感じました。

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小さい摂社や末社?とかがいくつもありました。(最近すごく気になっている神さまの一つ、ヒノカグツチさまも。ヒノカグツチさまの象徴するものって…?と時々連想ゲームしていますw)

この場所の右側に、階段があるので登りました。

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階段を登ると、上知我麻神社と、下知我麻神社が。

なお、知我麻とは「ちかま」と呼びます(なので、かみちかまじんじゃ、しもちちかまじんじゃ、と呼びます)。現在、千竃という地名があります。(千竃通、など)

弥生後期~古墳前期頃、この一帯は、海ー伊勢湾ーが現在よりもっと深く進入していた。いま熱田神宮のある辺り(現熱田区)から東南、笠寺台地(現南区)は、全体が大きな岬であり、その東南部の星崎は、東に鳴海潟、西に年魚市潟(あゆちがた)を分ける岬であり、そこまで海が寄せていた。
「トベ達の悲歌」838ページより

熱田神宮もこの星宮社あたりも全部海の側にあった。そして、製塩も盛んにおこなわれたようです。そして、年魚市潟(あゆちがた)、という名は「愛知」の語源という説もあるそうです。

上知我麻神社と下知我麻神社

熱田神宮に詳しい方は分かると思いますが、どちらも熱田神宮にあります。こちらが元宮のようです。(かつて乎止与命(オトヨノミコト)の館があった場ともいわれています。)

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右が上知我麻神社。左が下知我麻神社。身体がゾワゾワしっぱなしでした。。(敷地の別の場所に、この神社やこの地域を大事にしてきたであろうご先祖さまたちの御霊を祀っているぽい小さなお社があり、その辺りもとってもゾワゾワしました。。。。)


実際に訪れてみて感動✨✨✨

熱田神宮では、両社はかなり離れたところにあります。(離れながらも両社で包み込む、とも解釈できますが、過去のわたしには離れすぎが気になっていた。)

両社のご祭神は、乎止与命(オトヨノミコト)さまと、真敷刀俾命(マシキトベノミコト)さま。熱田神宮を創建したと言われている宮簀姫(ミヤスヒメ)のご両親です。

この地はかつて海の側だったー
星を信仰していたかもしれないー
また、この辺り(東海地方)には天白信仰が強かったという歴史もあるらしいー
(天白信仰で現時点の私が思いつくのは「瀬織津姫さま」。)

そんな情報を前もって知っていたのもあって、感慨深く色々なことを感じながら参拝させていただきました。

ドライブ中も「海」を思わせる地名がたくさんあるのに改めて気づきました。走った経路は数年前までパート勤めしていたときに約5年間、通勤ドライブしていた区間ばかりだったのですが、当時は全く気付かなかった。

そして、働いていたのは天白区。住んでいるところからわざわざ片道1時間弱かけて車通勤していて、天白区まで通っていた。(天白って、本当のところなんなんだろう。やっぱり瀬織津姫さまなのかな。私の中での新たな疑問)。

また、本にこんな一文がありました。

鳴海や星崎の地をこよなく愛した松尾芭蕉に、謎めいた(次の)句があるのはなぜか?
「星崎の 闇をみよとや 啼千鳥(なく、ちどり)」

「トベ達の悲歌」858ページより

上知我麻神社と下知我麻神社の前に立ち、乎止与命(オトヨノミコト)さまと、真敷刀俾命(マシキトベノミコト)さまに向けて手を合わせていて感じたのは

征服した、された、追いやった、追いやられた、などの小さいことはどうでもいいのだよ。地域の人々やそれらと関わる人々、そして子孫たちや子供たちが、楽しく元気に暮らしてくれればー

そんな感じのことが心にジーンと響いて、身体中が温かくなりました。

そうだ。

過去には、実際には泥臭いことも色々あったのかもしれない。でも、どんな立場だったとしても、奥底の気持ちは、ほとんどの場合は一緒。

大切な人たちが幸せに暮らしてほしいー

その立場が違っただけ。正義の解釈が違っただけ。その正義を振りかざすことにしたか、しなかったかの違いもあっただけ。ただそうだっただけ。

帰りの道で、また細い道にドキドキしながらテキトーに大通りに向かっていると、図らずも笠寺小学校の脇を通りました。この小学校の場所はかつて「星崎城」という城が経っていた場所の一部だそうです。そしてそのお城には織田信長も少し関わりがあったようです。(数年前に織田信長のシンクロ起きたことがあったから、この記事を読んだ時にはホエー!と思った。占星術を勉強している身としては、織田信長さんの私のイメージは「天王星や水瓶座」です。かつてあったものを真っさらにしようとする精神とか。)

織田信長さんは熱田神宮にも氷上姉子神社(宮簀姫(ミヤスヒメ)ゆかりの神社)にも形跡を残しています。熱田神宮には、信長が建てた、と言われている「信長塀」というものがある。ずーーーっと残っていて、すごいですね。


帰路のドライブ中、星宮社での参拝が、乎止与命(オトヨノミコト)さまと、真敷刀俾命(マシキトベノミコト)さまのエネルギーなのか、そのご先祖さまをお祀りしてきた人々にエネルギーなのか、とっても温かったこと、色んな歴史があった上で、今この瞬間平和に暮らしているわたしがあること、それでいいんだよ、というメッセージが本当に温かくて、目頭が熱くなりました。

縄文時代から弥生初期にかけて、日本をまとめるために様々な交渉や戦いがあった。いくつかの書籍を読んだり、ネットで情報収集する限り、縄文時代は海を比較的自由に移動したり、交易もあったようで、そして人と人の関わりは(男女関係なども)かなり柔軟だったようで、もし別の民族などと関わりを持っても”自然で当たり前”のように行われていたようです。

それが自然のことだからー

そして稲作がもたらされた。それは食料を管理できて不安を減らすつもりのものだった。

反面、収穫量や所有する土地を「持つ」という所有の概念が生まれてきた。自然のリズムと一体となり生活してきたそれまでには、なかった「所有」という概念。

縄文時代もたくさんの渡来人が来たけれど、柔軟なかかわりで融合してきた。

それが、縄文途中か終わりころ、そして弥生時代には「(追いやったり征服したりして)領地を広げる」という概念の人達が表れてきた。

縄文時代の当たり前が通用しない人たちが現れはじめた。でもそれも、「流れの一部である」かのように、縄文の心を持つ人びとは(あるいは人々の魂、心の奥底は)受け容れていったように感じています。

そして未来の遠い子孫たちが、長い年月をかけて自分の内側に両面を持った上(両方のDNAを持った上)で、個々の内側で融合し、新たなる進化を遂げるのを待つかのように。

オマケ

ウィキペディアの氷上姉子神社のページにあった古墳時代の海岸線が分かる地図が分かりやすいです!!

星宮社の階段上ってある上知我麻神社と下知我麻神社。小高い丘になっているのですが、どうも古墳らしいです!(古墳に上ってもうた~~!!!笑)

そしてその両者の前にある大きな石がとっても素敵な雰囲気だったので、しばし側におりました。

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ストーン・サークルの巨石が強い波動を発しているのは、その石がちょうどこういう水脈や鉱脈の上にあるからだった。こういう場所に石などがあると、石自体が同じ波動を帯びて、周囲に放射するようになる。
「ニシキトベの復活」22ページより。

この写真の石が上記のような特性がある、といいたいのではないです(笑)。ただ、石って不思議だなぁ~、って思います。そして、巨石が磐座やご神体となっている理由は「ニシキトベの復活」を読んで分かりました。縄文の女神のことが気になるかたは、ぜひ読んでみてください♪


神話より。
ニニギノミコトに醜いからといって追いやられたイワナガヒメ。イワナガヒメは、長寿の象徴。石は古代からずっと変わらずに存在することが多い。つまり、記憶を残していたりする、という意味も、イワナガヒメの象徴しているものとしてあるのだろうか・・・。

今回も完全なる自己満足の縄文ロマンシリーズを読んで下さりありがとうございました♡

⑤はコチラ↓





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