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三月三日に神さまの木の下で


「この左側の木は魔女が乗って空を飛ぶホウキを逆さまにしたみたい。だから『魔女の木』ね」
「じゃあ、この右側の木は葉っぱの陰から妖精が覗いていそう。『妖精の木』!」
「真ん中の一番大きな木は何にする?」
「大きくて枝もたくさん生えているねえ」
「お祈りしたら願い事をかなえてくれそう...」
「それなら、『神さまの木』にしょうよ」
「そう、それがいい!」

これを決めたのが、多分小学校三年生の時だっただろうか。
わたしとマリちゃんは幼稚園の頃から仲良しだった。
よく笑って、よくしゃべるマリちゃんと、どっちかと言えば引っ込み思案なわたしは何故か気が合った。

神さまの木があったのはお寺の隣の雑木林。
でも、「林」というにしては狭すぎた場所かもしれない。
お寺とお家に挟まれたちっぽけな林。そこに何本かの木が生えていた。

そこでマリちゃんとわたしはよく遊んだ。マリちゃんの飼っている仔犬のワカナといっしょに。
神さまの木の林で夕方暗くなるまで。

ワカナは茶色い雑種のコロコロした女の子。ある日小学校の門の前に誰かに捨てられていた仔犬。
マリちゃんが引き取ったのだ。担任の女の先生が「ワカナ」という名前をつけてくれた。

そんなことを思い出したのは、ある日自分が小学校の頃から使っている机を整理していて引き出しの中で、一枚のノートの切れ端を見つけたから。

【わたしとマリちゃんとワカナは今から十年後の三月三日の午後三時に、神さまの木の下でふたたび会うことをちかいます。××××年三月三日 】

どうしてこんなことを書いたのか、よく覚えていない。でも何かそんな気分になったのだろう。
その三月三日まで、あとひと月だった。

わたしは中学生になってから、家の都合でとなりの県に引っ越した。時々電車に乗って、マリちゃんに会いに行ったこともあったけれど、高校生になってから新しい友達も出来たりして、会うことも無くなってしまった。
それでも毎年、年賀状の交換はしていたのだ。ところが今年はマリちゃんからの年賀状が来ていなかった。
わたしは意を決して、マリちゃんに手紙を書いた。

【 マリちゃん、こんにちは!元気? しばらく会っていないねえ~。突然だけど、十年前のお約束覚えている? ねえ、今度の三月三日、ちょうど日曜日だよ。あの「神さまの木」の前で三時に会おうよ。都合はどうかな?色々話したいこともたくさんあるんだ。お返事ください。じゃあまたね!】

一週間後、わたしあてに手紙が届いた。
でも封筒を裏返して見ると、その差し出し人の名前がマリちゃんではなかった。マリちゃんの少し歳の離れたお兄さんの名前だった。
いやな予感がした。
封を切るのが怖かった。
手が震えて、封筒の中から便せんをなかなか取り出せなかった。

【 拝啓、お元気ですか。マリにお手紙いただきありがとうございます。実は、悲しいお知らせをしなければなりません。
マリは、去年の暮れに病気が原因で天国に旅立ちました。】

頭の中が真っ白になった。
目の前に見えていると全然違う光景が頭の中に勝手に浮かんできて、訳が解らなくなった。

手紙の文章の意味が理解出来るまで、しばらく時間がかかった。

そしてひと月後。
わたしはそれでも行かなければと思った。電車に乗って駅を降りて、あの神さまの木のある林に向かって歩いた。周りの様子が変わっている。
お寺にたどり着いた。でも、その隣はファミリーレストランが出来ていた。
林は無くなっていた。
神さまの木も無くなっていた。
身体から力が抜けて、座りこんでしまった。

お兄さんは、うちに来てどうかマリを弔ってやって下さいと手紙に書いてくれていたが、その気力も起きなかった。
とぼとぼと駅に向いて川ぞいの道を歩く。小さな児童公園があった。
ここでも、マリちゃんとワカナとよく遊んだなあ。

ふと仔犬の鳴き声が聞こえたような気がした。誰かが散歩させているのだろうか。

小さな公園には似合わない、大きな木が植えられていた。
この形。この木は…。
誰かがその木の横に手書きの説明板を立てていた。

【このクスノキはお寺の横に生えていたものを移植しました】

「神さまの木」だった。
誰かがわたしの名前を呼んだ。
にこにこ微笑んだマリちゃんがそこにいた。ワカナが木の周りを走り回っていた。
「きっと来てくれると思った」

わたしはマリちゃんとワカナに会えた。

(おわり)



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