「藤色」についてのはなし

先日鎌倉にある鏑木清方記念美術館へ足を運んだ。その時に展示されていた一つの作品とそこにあった「藤色」についての話をしようと思う。

展示室にあった作品の並びの中の一つに、着物にあしらわれた藤の色が印象的なものがあった。綺麗な色だと思いよく見てみると胡粉で小さな藤の家紋が描かれてある。よく見る藤の家紋のように両側から花が垂れ下がっているものでなく、おそらく片手藤と呼ばれるタイプのものであった。家紋の藤と染めの藤を合わせるところに、積み重ねられた清方の丁寧な観察や彼の感性といったものを見た気がした。

このことが気になり、帰宅してから少し藤色について調べてみた。私はよく日本の伝統色についての本(長崎盛輝『日本の傳統色ーその色名と色調』青幻社、2001年)を持ちながら作品を鑑賞するということをやるのだが、その日は雨予報だったため湿気で本が傷むのを嫌がってこれを持って行かなかった。さっそく藤色の項目を引いてみると、想像していたのと少し異なる色見本が出てきた。少し青みが強かったのである。私の中での藤色といえば確かに今日見たあの色なのだが、この「正しい」藤色を見ても、確かにこれが藤色だったなあと感じる。私が間違って認識してしまっていたのだろうかと思い、今度は私が藤色だと思っていた色を探してみる。どうやらこちらは紅藤や薄色というものらしい。「藤」と付かない薄色の方が近いような気がするが、清方の色遣いを見ていると絹本彩色のものは独特の淡い色が多いし、紅藤の英語名がLilacであり薄色の英語名がPale Lilacであるところをみると、薄色は薄い紅藤と言っても差し支えないだろう。

梅丸友禅による江戸時代の染色指南書『手鑑模様節用』の色譜に「ふぢいろ。あゐふぢ、紅ふぢの二種あり、古名うすいろといふ。」との記述があるようだ。藤色といえばもともと私が想像していた藤色(=紅藤)と「正しい」藤色(=藍藤)の両方を指す言葉であったらしい。前述した『日本の傳統色』においては過去の文献における色名とその染色方法について1つ1つ実際に当時の染色方法を再現し照らし合わせるという検証を行っており、おそらくこの染色方法に基づいて出来上がった色と近い方を藤色として定めている。紅藤と藍藤のどちらが正統な藤色だというのではなく、この染色方法で出来上がる色と近かったのが紅藤ではなく藍藤の方だったということで学術的に規定する上では藍藤の方を藤色にしたということだろう。

そんなこんなで変なところに目をつけて作品を見てばかりいるので肝心の作品名を見るのを忘れてしまった。展示作品リストの中に菊池幽芳の書いた『月魄 藤乃の巻』に向けて描いた口絵が含まれていたので藤の繋がりで「もしや」とも思ったのだが、こちらは木版画であり例の作品は絹本に描かれていたような記憶があるので残念ながら違うだろう。

結局この作品の名前はわからないままである。

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