展示メモ2:漱石山房記念館

今回は夏目漱石の旧居「漱石山房」の跡地に立つ新宿区立漱石山房記念館を訪れた。住宅街の中に設置された黒猫モチーフの案内板を目印に辿りつくことができる。

一階部分手前は導入展示となっており、ここは無料で観覧することができる。漱石の書籍を閲覧できるコーナーなどもあり、ガラス張りのフロアが暖かくて心地よい。導入だけ無料という形は初めてなので面白い。

受付を通ると漱石の暮らした「漱石山房」の再現展示がある。記念館の建物の中に旧居が丸ごと再現されており、建物の中にさらに建物が内包される形になっている。書斎部分の再現も忠実で、彼の蔵書コレクションを元に本棚の背表紙まで細かく再現されている。二階部分へつながる階段の途中や吹き抜けなど、様々なところから再現展示を見ることができるため、屋根やベランダ式回廊の様子などもよく分かる。

二階展示部分へとつながる廊下には、漱石が作品や友人への手紙の中で綴った言葉が抜き出され絵画のように飾られている。彼の初版本における文字と紙のサイズが再現されている。いくつか気になった言葉があったので思わずノートにメモをしてしまった。

二階部分の常設展示では彼の人生年表に合わせてそれぞれの作品のあらすじが壁面に示されている。ケースの中には複製直筆原稿や初版本があり、原稿を見ると時代柄かなり変体仮名の残った表記が目に留まる。初期の原稿用紙は12文字×24行の松屋製の既製品だが、後年は「漱石山房」の銘の入った特注用紙になり、用紙サイズも半分になっている。

街中の案内板で見かけた黒猫が館内でも順路を誘導してくれるのが何ともかわいい。ちょうど良い規模感で落ち着く場所であった。

最後に、二階展示部分へとつながる廊下で飾られていた言葉のうち、気になってメモしたものを下に引用しておく。

百年待っていて下さい。
……百年、私の墓の傍に坐って待っていて下さい。きっと逢いに来ますから。
「夢十夜」第一夜 明治四十一年
呑気と見える人々も、心の底を叩いてみると、どこか悲しい音がする。
「我輩は猫である」 明治三十九年
「しかしこれからは日本も段々発展するでしょう」と弁護した。
すると、かの男は、すましたもので、「亡びるね」といった。
「三四郎」 明治四十一年
僕の存在には貴方が必要だ。どうしても必要だ。
僕はそれだけの事を貴方に話したいためにわざわざ貴方を呼んだのです。
「それから」 明治四十二年
世の中にすきな人は段々なくなります。そうして天と地と木が美しく見えてきます。ことに、この頃の春の光ははなはだ好いのです。私はそれをたよりに生きています。
津田青楓あての手紙 大正三年三月二十九日
所詮我々は自分で夢の間に製造した爆裂弾を、思い思いに抱きながら、一人残らず、死という遠い所へ、談笑しつつ歩いて行くのではなかろうか。ただどんなものを抱いているのか、他も知らず、自分も知らないので、仕合せなんだろう。
「硝子戸の中」 大正四年
あるのよ、あるのよ。ただ愛するのよ、そうして愛させるのよ。そうすれば幸福になる見込はいくらでもあるのよ。
「明暗」 大正五年

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