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展示メモ1:日本美術の裏の裏@サントリー美術館

最近、企画展や美術館博物館を展示作品そのものだけでなくどう「展示」しているかという視点で見るようになってきたため、メモを残していくことにする。過去の展示についても遡って書いていけたら。将来自分が学芸員として展示を作るときの参考として敢えて批判的に見ているところもあります。

展示構成

章立てのトピックはまさに「日本美術史入門」。一歩踏み込んで見たい、の一歩目としてふさわしいものであるように思う。大学での日本美術史入門と冠された授業と同じようなトピック選択である。

第1章 空間をつくる→日本美術が全体として実用を主目的にもつ工芸的性格を備えており、単体ではなく飾る(使う、置く)場と合わせて空間構成に関わっているということ
第3章 心でえがく→写実性ではなく、写意の概念に代表されるような書き手の精神性や対象の本質を描き出すことを重視する価値観
第5章 和歌でわかる→中世、特に江戸期の日本美術(絵画から庶民の生活用品における意匠までの広範囲を含む)における見立て、やつしといった和歌の共通認識を前提とする表現形式

企画の章立てのうち、それがどういった日本美術史上の観点に基づいているのかをざっと書いてみた。展示内ではここまで深く言及されてはいなかったがいずれもこうした日本美術における重要な視点に繋がるトピックであり、例えば展示を見てその見方が面白いと感じればすぐに自分で調べて深いところに繋げていくことができ、「導入」の役割をうまく果たしている。

全体のボリュームとしてはやや余裕があるようにも感じたが、実はこのくらいがちょうど良いのかもしれない。商業施設内の美術館でありスペースも限られているが中は広々としている。それだけを目的とできるようなボリュームのある国立美術館や博物館に対して、商業施設に付随していることから、複数ある一日のスケジュールの中の一つに組み込まれることを想定するという形は私の中で新しい視点かもしれない。

会場デザイン

リニューアルしたばかりということで施設自体も素敵だったのだが、会場デザインもかなり凝っていると感じた。展示作品が「空間」に関わる屏風や掛け軸を扱っているからか第1章から襖のデザインとなっており、屏風の意匠に合わせてススキまで飾られている。洛中洛外図屏風の展示ゾーンは、本来横並びで飾られる右隻と左隻がバラバラの向かい合うガラスケースに展示されてしまうということが、足元の床に屏風の舞台となる京都の地図を置くことにより地図と対応させながら右隻と左隻の違いを見ることができるという形でむしろ活かされている。

長い壁面のガラスケースのうちに、一部すりガラスになっていることで作品を見ているときにその次の作品がちょうどすりガラス部分に重なって隠されることで目に入らない形になっている部分を見つけた。個人的に、ある作品を見ているときにちらりと見えるその次の作品に注意を奪われてしまって今見ている作品に対する注意が削がれるという経験がしばしばあるため、その作品に集中できるようにという配慮かもしれないと感じたが、ただのケース内の配線などの目隠しであるかもしれない。

ケース内のライト

第4章のやきものを扱った展示ケースに、小さな筒状のライトが設置されているのを見つけた。ライトと一見してわからないほど小さく、今までに見たことがなかったタイプなので新しいものなのかもしれない。既存の小型のライトよりもかなり小さいため、より繊細なライティングができそう。特に第4章は「景色」というやきもの独特の鑑賞法であり、光の加減による見え方、表情の違いを扱った章であったため、光の当て方には特別の注意を払ったであろう。

展示のオープンさ

全体のキャプションやコンセプトから感じられるのは親しみやすさの重視である。展示のコンセプトから見ても今回の企画展は日本美術に関する前提知識をあまり持っていない層を鑑賞者の主眼として置いている。バナーにもラップといった文言が登場したり、キャプションにも学芸員の独り言のようなフランクで自由な語りかけがある。サントリー美術館の展示を見るのは初めてであるのでこの企画展に限ったことであるかもしれないが、他の施設に比べてこうした親しみやすさは群を抜いている。企画展の公式twitterなどで学芸員による展覧会準備の動画を見たりもしたのだが、施設としての内情が感じられて良い職場そうだな、と感じてしまった。展覧会準備の動画ではどこまで学芸員が関わっているのかというところなどを知ることができて面白い。

全体として

(偉そうな言い方になってしまうが)開かれた美術館、を一定の条件としてよくまとめられていた展示であると感じた。暗い、難解、つまらないといった旧来の展示の姿から脱却しようとする近年の博物館美術館の動きをもっとも実現できているのではないかとも感じる。キャプションといった展示・施設のソフトの面からもそうした意図を感じるが、リニューアルしたばかりということもあり、施設のハードの面でもそうしたアップデートが可能であったことは大きいだろう。

こうしたわかりやすい、親しみやすい、明るい、面白い展示を作ることで新たな層(新しく美術館や博物館に興味を持つ層、新たにそのジャンルに興味を持つ層)を取り込むことと、既存の層(既に美術館や博物館に日常的に通っている層、そのジャンルに対する前提知識のある層)に十分な内容を提供することを両立していくことが、今後自分が展示を作っていく上での一つの条件であると改めて感じた。

最後に

サントリー美術館はリニューアル前にも足を運んだことはなかったのだが、今回の展示で所属学芸員たちの様子や展示内容、そしてサントリー美術館の基本理念(「生活の中の美」「美を結ぶ。美をひらく。」)を知り、自分の考えていることややりたいことに合致する部分が少なくないと感じた。この後の展覧会スケジュールを見ても興味深いものが控えているし、今後もお世話になりたい美術館である。

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