夢への挑戦を終えて

 こんにちは、TDと申します。とある輸送系の会社にて、エンジニアをしています。この度、第6期JAXA宇宙飛行士選抜試験に挑戦しました。結果は第2次選抜にて落選。子供の頃からの夢の入り口に、2歩届きませんでした。

 今回一緒に挑戦した方、今後受験を考えている方への参考・一助となればと思い、選抜試験まで・選抜中の過程や準備内容、想ったことなどを文字化してみました。正直、まだまだ気持ちの整理がついておらず、文才も元々無い人間のため、多分な自分語りや、お見苦しい長文乱文も多くたいへん恐縮ですが、いち受験者の記録としてご一読いただけますと大変幸いです。

※本文章は個人の見解です。また、公開情報を基に記載しておりますが、もし内容などお気づきの点等ございましたらご教示頂けると幸いです。


選抜試験への挑戦 振り返り(時系列順に)

① 宇宙飛行士選抜試験まで(1992年9月~2020年10月)

 夢の原点は、約30年前、毛利衛宇宙飛行士のスペースシャトルエンデバー搭乗(STS-47)でした。NHKで放送された「宇宙授業」で、ふわっと浮かぶリンゴを手にして話す毛利さんの姿は、大人になった今でも鮮明に覚えています。これ以来、「宇宙飛行士になりたい」という気持ちが、心のどこかには常にありました。両親は理系出身ではありませんが、私が何となく宇宙や科学といったジャンルに興味があった為か、学研の科学や図鑑などの本や、「生きもの地球紀行」「たけしの万物創成紀」、毛利さんが出演していた「NHKスペシャル 生命」といったTVを見せてくれていました。特に、以下の本は、子供心にわくわくして読んだのを覚えています。(今でも大事に取っていて、私の子供がたまに読んでいます)

 地方出身だった私は、中学・高校まで地元の学校に進みました。当時は、まだ研究者とエンジニアの違い、理学と工学の違いもあまり分かっていませんでした。ただ、宇宙関係の研究に携わりたい!という気持ちはずっと持っており、大学に進学して航空宇宙工学を専攻しました。研究テーマには、将来的な宇宙輸送インフラの構造設計を選びました。将来の「大宇宙旅行時代」にも繋がるテーマで、(モデル化や解析などにかなーーり苦しみながらも)興味を持って取り組めたのを覚えています。一方で、研究を通じて、飛行機の様な大量高頻度輸送を宇宙で実現するには、まだまだ技術的な課題が多いのかな、とも同時に感じました。

 大学院まで進んだ後の就職活動では、宇宙業界とそれ以外の業界、いずれに進むか、かなり悩みました。当時取り組んでいた産官学プロジェクトに携わる中で、「自分自身の技術的な仕事が形になり、世の中で使われる」という仕事に惹かれたこともあり、エンジニアとして社会貢献したい、という観点で様々な企業を見ました。最終的に、自身の仕事が日本、ひいては世界の社会基盤にインパクトを与えられ得る、輸送系インフラの会社に就職することに決めました。

 この時の自身の判断が正しかったかどうかは、今でも正直分かりません。就職活動をしたタイミングが前回(2008年)の宇宙飛行士選抜試験後だったこともあり、宇宙飛行士へのキャリアパスを考える上で、宇宙業界への就職が必須ではない、と考えた事や、コンステレーション計画がキャンセルされ、将来的な有人宇宙開発のビジョンが不明瞭だったことも、就職先を決める要因の一つとしてあったように思います。ただ、子供の頃から憧れていた宇宙業界へと進まなかった、という自身の判断に対する小さなトゲの様なものが、ずっと心に残っていたのも事実です。選んだ仕事自体は大変ながらも充実しており、宇宙への気持ちをしまい込んだまま、10年以上の月日が経ちました。


② 募集アナウンス~要項発表(2020年10月~2021年11月)

 「宇宙飛行士、募集するらしいで。」 大学時代の友人からLINEが届き、Yahooニュースを見ると、「13年ぶりの宇宙飛行士募集」の文字が。全身のぞわっとした感覚は今でも思い出します。30分後には「受けるわ。」と返信していました。

 とはいえ、具体的な情報が少ない中で、当初は手探りの対策を進めることになりました。まずは、前回の選抜試験に関する情報をもとに、時間のかかる対策から手をつけることにしました。

〇情報収集
 宇宙飛行士選抜に関する書籍など、関連しそうな情報収集を進めました。また、チームスキルなど、宇宙飛行士として必要とされる能力に関係する書籍も合わせて読みました。以下に読んだ本の一部をご紹介します。
・宇宙飛行士選抜試験 ファイナリストの消えない記憶(内山崇)
・ドキュメント 宇宙飛行士選抜試験(大鐘良一、小原健右)
・若田光一 日本人のリーダーシップ(小原健右、大鐘良一)
・宇宙飛行士という仕事 - 選抜試験からミッションの全容まで(柳川孝二)
・宇宙飛行士の採用基準(山口孝夫)
・最強のチームのつくり方(JAXA)
・宇宙飛行士の育て方(林公代)
・宇宙からの帰還(立花隆)
・ファイナル・フロンティア 有人宇宙開拓全史(寺門和夫)
・続ける力(若田光一)
・野口壮一の全仕事術(野口聡一)
・宇宙飛行士に学ぶ心の鍛え方(古川聡)
・星宙の飛行士(油井亀美也)
・ロジカル・シンキング(照屋華子、岡田恵子)
・武器としての決断思考(瀧本哲史)
・Team of Teams (Stanley McChrystal)
・The Astronaut Selection Test Book (Tim Peake)
・Engineering Systems (Olivier de Weck)
 

〇勉強面
 どのような試験が出題されるか当初見当もつきませんでしたが、前回の選抜試験情報などを断片的に集めて、まずは筆記試験で問われるであろう項目の勉強(高校過程の数学、理科、社会など各教科の復習、英検・TOEICなどの英語資格試験の受験)を少しづつ進めていました。

〇体力面
 泳力が絶望的に無かった(25m泳げるか泳げないかくらい。2008年募集要項でヤバい、と感じたところでした…)ので、近所のジムで大人の水泳教室に入会しました。地元のおじいちゃん、おばあちゃんより全く泳げないことに愕然としつつ、週1回の水泳教室を継続したところ、最終的に何とか数百m程度まで泳げる様になりました。結果的に、今回の試験項目からは泳力試験が削除されましたが、水泳を通じて体重も絞れたので良かったです。合わせて、ランニングも少しづつ始めましたが、後述する宇宙陸上部入会を経て加速度的にランニング頻度・距離が延びることになりました。最近はランニング沼にはまりつつあります…笑


③ 書類選抜~0次選抜(2021年11月~2022年6月)

 2021年11月19日。秋に出る、と言われていた募集要項はいつ出るんだろう、とやきもきしていた中、いよいよ募集要項が発表されました。エントリーシートで記載が必要な内容も明らかとなり、また0次選抜での試験レベルも少しクリアになったため、より具体的な対策を進めていくことにしました。

〇エントリーシート
 志望動機については、その字数の少なさから、何をエッセンスにして盛り込むか、という点に力を入れました。「エンジニア出身宇宙飛行士として果たすべき役割」や「職業宇宙飛行士(民間宇宙飛行士でなく)の意義」などについて色々と考えを巡らせ、落とし込みを進めました。

 自己アピールについては、逆にその自由度の高さから、どのようなレイアウトにするか、何を盛り込むか色々と試行錯誤しました。が、最終的には「自身が大切にしてきた軸」と「求められる特性に対する自身の強み」をストレートに表現することにしました。(後日、何人かの自己アピールシートを拝見する機会があり、豊富な経験やスキル、自己アピールの表現力など、「凄いな…」と気後れする場面が多々ありましたが…自分は自分のスキルセット、考え方で勝負する!と奮い立たせました)

 エントリーシートの執筆は、業務歴を含め、自身の今までを振り返り、棚卸しをする良い機会でした。また、なぜ人類は宇宙を目指すのか?有人宇宙開発の意義は何か?といったそもそもの問いに対して考えを巡らせました。有人宇宙開発に対する様々な意見の対立は、立場の異なる「正義」が関係しているのではないか?と考えるようになりましたが、この辺りは別の機会に書ければと思います。

〇健康診断
 多くの方が語っているのと同様、病院選びに苦労しました。人間ドック関連の健診センター数か所、病院に断られ、最終的には意外にも近くの中規模な総合病院で健診を受けることができました。

 2022年4月22日。書類選抜の結果通知を受け取りました。書類選抜通過の通知に安堵すると共に、その通過率に愕然としました… 特に、TwitterなどのSNSで「この方凄いな…」と感じていた方から続々と落選の報告が上がっているのを拝見し、この選抜試験の過酷さを初めて肌で実感しました。後日のプレスリリース(下記)を読む限り、視力などの要素で医学的審査が為されたと推察できますが、私自身も目に対して一定の不安があり、医学的な観点から自分がどこまで通過できるか、で一つの指標になると良いなという想いもありました。(目の話はまた別の機会に。)

〇英語
 社会人になってからアメリカに海外留学する機会を頂いたこともあり、英語に関してはある程度いけるか?という(根拠の無い)気持ちはありましたが、帰国してから殆ど英語を使わない環境だったため、②に記載した通り事前に英検・TOEICを受験して試験慣れを進めました。反省点としては、会場ベースだけでなくオンラインでの受験も経験しておいた方が良かった、という点です。本番の試験は以下の通りオンラインでしたが、紙の試験と勝手が違う点はあらかじめ対策しておいた方が良かったと感じました。

 ゴールデンウィークは英語の追い込みに費やし、英語試験に臨みました。一般教養・STEMの勉強をしながらそわそわした日を過ごし、5月半ばに英語試験の通過連絡を受領しました。ほっとしたのもつかの間、最後の追い込みをかけつつ、0次選抜後半戦に臨みました。

〇一般教養、STEM、小論文、適性試験
 今回の選抜試験で最も時間を費やしたのがこの試験対策だと思います。範囲が膨大なのと、どのレベルの難易度までカバーすべきか分からなかったため、可能な限り手を拡げて対策しました。2021年11月以降、
-通勤時間はスマホでの授業動画視聴
-昼休みは一人で外食し勉強(職場で国家試験の参考書は開けない)
-帰宅後寝るまで問題集を解く
-ランニングしながら暗記物を聞く
など、使える時間は試験対策に費やしました。結果的に空振りになった箇所は多くありましたが、ここを徹底して対策したことで、想像を超えるレベルの問題は出なかった、と感じました。また、世界史や倫理など、大人になって改めて勉強するとこんなに面白いのか、と感じられたことも良かったです。以下、使用した教材の一部をご紹介します。

書籍関係 → 間違い箇所が無くなるまで繰り返し解く
-新スーパー過去問ゼミ6 人文科学/社会科学/自然科学
-技術計新スーパー過去問ゼミ 工学に関する基礎、化学、機械
-国家総合職 教養試験 過去問500
-公務員試験向けの小論文、教養試験、時事問題関連図書
-国家公務員総合職試験 過去問6年分 工学/数理科学・物理・地球科学/化学・生物・薬学 (共通科目は全て解く、選択科目は可能な範囲で)
 
動画関係 → スキマ時間にひたすら視聴
-「家庭教師のトライ」のYoutube動画(Try it):世界史や生物など、未履修の科目については一通り視聴しました。丸暗記でなく、意味を考えながら体系的に学ぶことがこんなに面白いのか、と感じられる良作も多いです。
-ヨビノリたくみさんのシリーズ:大学物理、化学、数学など、Try itの動画でカバーしきれない範囲の学習に。大学化学と熱力学が個人的オススメ。
-ここみらいチャンネル:倫理や政治経済など、文系科目の学習に。倫理/哲学が面白い。
-カズレーザーの一問一答:耳だけで聞けるのでランニングのお供に。

 0次選抜ではプレスリリースにある様なトラブルにも見舞われましたが、何とか完走。疲労感が物凄かったのと、一定の手応えがあり、かつ解答が無事送信できていることを確認できたため、追試は受けずに結果を待つ選択をしました。

 2022年6月28日。例の流行り病に罹ってしまい、部屋に軟禁状態の私のPCに、0次選抜の結果通知が来ました。結果は「通過」。咳込みながら、ドアの向こうの妻と子供に結果を伝えました。205人にまで絞られたという事実を見て、夢への入り口が少しだけ近づいたと感じました。同時に、選抜試験を通じて知り合った多くの仲間からの落選報告を受け、感情が激しく揺れた一日でした。


④ 一次選抜(2022年6月~2022年9月)

 一次選抜の実施内容は「一次医学検査」「医学特性検査」「プレゼンテーション試験」「運用技量試験」「資質特性検査」。7月中旬~8月上旬にかけて、それぞれの試験を順次受験していきました。

〇医学検査/医学特性検査
 医学系の検査については、特別な対策を立てるというよりは、これまでの体づくりを継続することにしました。特に、流行り病から回復したのち、Twitterにて拝見した宇宙陸上部に入部させて頂き、ランニングの頻度が加速度的に増えていきました。

〇プレゼンテーション試験
 内容非公開の為詳細は割愛しますが、今回の選抜試験で求められた「表現力・発信力」を図る試験の1つでした。「Perfect Presentation」など、プレゼンテーションの参考書も購入して対策しましたが、付け焼刃的な対策でなく、普段から意識して磨く必要のあるスキルだな、と感じました。

〇運用技量試験
 宇宙飛行士として必要な状況認識能力、空間認識などを問う試験でした。運用技量試験の一部はJAXA宇宙飛行士候補者選抜レポート(下記)に記載されていますので、合わせてご参照下さい。JAXAから郵送されてきた試験キット、中にいったい何が入っているんだろう?見たい…という誘惑と戦いながら、試験当日にレゴブロックが出てきた時はマジかよ…と思わず笑いました。事前の対策としては、マルチタスク能力強化につながりそうなアプリやWebゲームをやったり、「Think!Think!」のような、子供の空間把握能力を鍛える教育系アプリを活用していました。

〇資質特性試験
 こちらもJAXA宇宙飛行士候補者選抜レポート(上記)に記載されていますので、合わせてご参照下さい。オンラインとはいえ、初めて受験者と会話しながら受験する試験だったこともあり、とても印象に残っています。一緒にグループワークに取り組んだ方とまたお会いして話をしたいですが、試験中なので連絡先なども交換できず…この辺りはやはり対面でないと難しい点ですね。グループで発表資料の作成中に、「準備時間の短縮」という指示が出た際は、ヤバい、時間全然ないやん!と言いつつ、グリーンカードは実在した!と興奮したのを覚えています。会話しながら資料共有・発表資料のまとめを進めるなど、オンラインならではの難しさもありましたが、この辺りは海外留学の際にグループワークの資料をオンラインで議論しながらまとめる経験を繰り返した事が活きました。

 一次選抜終了(8月上旬)~結果通知(9月末)はかなり長く感じました。0次選抜と比べ、出来た/出来なかったの自己判断がより曖昧で、かつ一次の通過倍率が約4倍(前回実績を踏まえると、二次選抜の枠は50名程度と考えていた。果たしてそうなった)であることを踏まえると、通過を期待しつつもどこかふわふわとした気持ちで2か月を過ごしていました。今となってみると、この期間で自身をもっと追い込めれば良かったのかな、と思うこともありますが… ただ、宇宙陸上部でのオンライン駅伝、という激アツイベントに参加させて頂き、体力面で限界突破を試みることができたのもこの時期です。

 2022年9月30日。会社での仕事中に、JAXAからのメールが届きました。すぐ開けるか家に帰ってから開けるか迷いましたが、誘惑に勝てずトイレに駆け込みスマホを確認。「通過」の2文字を見た時は叫びそうになりましたが、自重しました。50人に残った、夢の入り口が見えてきた、という高揚感と、いよいよ上司と相談しないといけない、という重い気持ちを感じながら、トイレを出ました。(結果的に、上司は応援して快く2次選抜に送り出してくれました。有難い限りです)


⑤   二次選抜(2022年9月~2022年12月)

 二次選抜は、10月~11月に亘って開催されました。二次選抜での実施内容は「二次医学検査」「医学特性検査」「面接試験(英語、資質特性、プレゼンテーション)」。試験の一部は2023/1/2にNHKのドキュメンタリー(下記)にて放送されたので、ご覧になった方もいらっしゃると思います。二次選抜は、オンラインでの試験と対面での試験から構成されており、ここで初めて「試験会場」で受験者の方々と会う機会がありました。対面の試験も分散開催だったため、全受験者と顔を合わせることはありませんでしたが、それでも同じ立場の方とお会いし、話をする機会があったのは有難かったです。

 二次選抜では医学に関する詳細な検査、運動能力に関する試験、面接試験があると想定されたので、引き続き体力作りや健康維持に努めつつ、改めて自身の志望動機や自己分析、エントリーシートの内容などを振り返って、想定QAを作成するなど、でき得る各種対策を実施した上で臨みました。 

〇二次医学検査
 内山崇さんが著書で書かれていた「体中の穴という穴を調べる検査」でした。複数日に亘り様々な検査を受けましたが、正直手応えがある/ないといった感触は他の試験に比べると分からず、なるようにしかならないかな、と感じながら帰路につきました。自身の目や鼻、耳など、日常生活への支障はないものの、一抹の不安がある器官もあったのは事実で、ぼんやりとした懸念は試験後も残り続けていました。 

〇医学特性検査
 「医学特性検査」という枠組みの中で、面接や心理系の検査、グループワーク、運動能力検査など、様々な切り口での検査を受験しました。
 運動能力検査はNHKの番組にて放送されていた通り、反復横跳びや四つ足歩行、ボール投げ、20mシャトルランなど、「大人のスポーツテスト」感のある試験でした。特に20mシャトルランについては試験直前に「宇宙シャトルランチャレンジ」(誤解無き様に書きますが、当然今回の試験内容を知る由もなく、2008年の選抜試験内容を基に企画した物です)を開催した事もあり、マジで来た!これだけは負けられん!と意地になって走っていました笑

〇面接試験
 数人の面接官を目の前にして、「なぜ宇宙飛行士になりたいのか?」など、様々な質問に答えていく試験でした。椅子のネジ緩みを確認しようと思って部屋に入りましたが、そんな余裕は全く無く、夢中で話していたら試験が終了していました。終わったら脇汗がダラダラ。手応えは正直何とも分かりませんでしたが、自身の動機、強み、スキルなど、これまで積み重ねてきた物全てをぶつけるつもりで挑みました。プレゼンテーション試験も、NHK番組での劇団ひとりさんの様にはいきませんでしたが、自身の伝えたいことをその場で考えながら話す、というマルチタスク的な要素も必要だと感じました。

 一次選抜と同様、やれることはやったものの、他の受験者と比べて相対的にどの位置にいるのか、医学関係での評価はどうなっているのか、など、約5倍と想定した倍率を考えると通過/不通過の確信は全く持てないまま、11月~12月を過ごしました。とはいえ、仮に通過した場合を見据え、運用技量試験に関する練習や、英語での長時間面接を想定したQA作成・面接練習、閉鎖環境で仕込める小ネタのブレスト(?)など、最終選抜に向けた準備は細々と続けていました。この頃になると、長かった選抜試験が終わりに近づいている、ということをより実感する場面が多くなり、結果は早く欲しいものの、この「宇宙飛行士選抜試験受験者」というふわふわしたステータスがずっと続けば良いのにな…と感じることもありました。


⑥ 夢の終わり(2022年12月23日)

 2022年12月23日。私にとって、忘れることのできない日。会社で昼食を食べている時に、そのメールは来ました。マイページを開き、レターボックスを見た段階で、通知を開く前に何となく結果の察しがつきました。ごく淡い期待を持って通知を開くと、「通過には至りませんでした。」の文面。目では理解していましたが、なかなか頭に入ってきません。呆然とした気持ちで、その日の午後は仕事をした記憶がありません。夕方に帰宅した私を、妻と2人の娘が迎えてくれました。家族の前では泣かない、と思ったのに、一瞬で涙腺が崩壊していました。

 妻とは学生の頃からの付き合いで、当時から私の夢をずっと応援してくれていました。今回の挑戦でも、試験勉強や対策など、色々な面で支えてもらいました。そんな妻から、結果を伝えた日にこんな言葉を貰いました。

「結果は本当に残念だったけど、正直に言って、すこしホッとした気持ちもある。まだ、地上でやるべき事がある、ということじゃないかな」

 やはり、宇宙飛行士という職業が家族に大きな負担をかけるのは事実で、不安な気持ちも抱きつつ応援してくれていた事を実感し、改めて申し訳なさと感謝の気持ちが大きくなりました。

 また、上の子も、私が宇宙飛行士選抜試験に挑戦する過程を見る中で、自身も将来は宇宙飛行士になりたい、と言う様になりました。どこまでその夢を抱き続けてくれるかは分かりませんが、一緒に目指す夢があるのは率直に嬉しいな、と感じています。父親として本気で取り組む姿を少しでも見せられたのは、良かったなと。

こうして、2年間に亘る、私の挑戦は一旦幕を閉じることになりました。


私の目指した宇宙飛行士

 今回の選抜試験を通じ、本当に多くの能力や特性(医学的特性含む)が職業宇宙飛行士に求められることを、改めて実感しました。そこに向けて、30年以上をかけて培った自身の全てをぶつけましたが、今の自分には少なくとも「何か」が足りなかった、という事なんだと思います。二次選抜の結果が出てからのこの1-2ヶ月、通常業務に戻って忙しい日々を送りながら、ふとした時間に「なぜ自分はいま職場で仕事をしてるんだろう、最終選抜にいなかったんだろう」と自問自答してしまいます。正直、まだ全然切り替えられていません。閉鎖環境試験受けたかったし、月面探査フィールドを歩きたかった。宇宙飛行士の面接を受けたかった。時折満月を見上げると、喉がカラカラになって叫びたくなります。狼男かお前は。

 何が足りないのか、その「何か」は果たして克服できる物なのか。現時点で分かるものはありません。仮に、その「何か」を獲得でき、職業宇宙飛行士になることができるなら、私はどういう宇宙飛行士になりたかったのか。ミッションの確実な遂行や、エンジニア出身飛行士として、設計~運用の各フェーズに関わる事で日本の有人宇宙開発に貢献したい、という気持ちはもちろん強かったですが、何より私は「皆に信頼され、そして愛される宇宙飛行士」になりたかった。

 まもなく、第6期宇宙飛行士選抜試験の結果が判明します。今回、宇宙飛行士候補者に選抜される方々は間違いなく優秀かつ人格的にも優れている方だと確信していますし、全力で応援します。が、ぜひ自身の魅力を世間に発信し、日本国民や世界中の人に愛される宇宙飛行士になって欲しい、と切に願っています。

夢への挑戦を通じて得たもの

 ただ、この選抜試験を通じて得たものは本当に、本当に大きかった。挑戦した事に対し、後悔したことは一切ありませんでした。自身の健康、体力。学力/教養、改めて勉強することの楽しさ。しまっていた宇宙への情熱。諦めない気持ち。

 そして何より、宇宙を目指す多くの同志/友人に出会えたことが、最大の財産だと思っています。数えてみると、2022年にお会いした宇宙飛行士選抜受験者、全部で75名。オンラインでお話した方も含めると、100名を超える同志と会うことができました。私の人生はこの2年で確実に豊かになりましたし、今後の人生も今回の挑戦で得たこの友人が大きな助けになることも多いと思っています。

同じ夢を目指した仲間たち

宇宙飛行士挑戦コミュニティ(AIM)
 内山崇さんのnote記事や著書を拝読するなかで、宇宙飛行士選抜試験に挑戦するコミュニティの存在を知り、加入させて頂きました。宇宙飛行士を本気で目指す方々と、宇宙に関する様々なテーマについて議論したり、エントリーシートの内容についてアドバイス頂いたり、切磋琢磨しつつ皆で目指す!という雰囲気が心強かったです。特に、0次選抜・一次選抜と進むにつれ、AIMのメンバーも通過/不通過と別れる中で、不通過となった方々に次の試験対策を全力でサポート頂く機会も数多くあり、「申し訳ない」「有難い」という気持ちを抱きつつ、チームで挑むという気持ちを強く持って二次選抜まで挑むことができました。

↓AIM活動の総括記事。本当に色々な経験をさせて頂きました。

 一部には、AIMやそらビといった活動に対し、「宇宙飛行士選抜試験をビジネスにするとは…」といった声もあったという事は承知しています。実際にこういったコミュニティに加入する/しないは個人の自由ですし、そもそも加入の有無が合否を左右するほど、選抜試験は生半可な試験ではないと思います。私自身は支出に対し、得られた物の方が圧倒的に大きいと確信していますし、こういった場を作って下さった内山さんに本当に感謝しています。

SNS(Twitterなど)
 今回求められた「表現力・発信力」をこういったSNSで発揮するのはアリなのか?有効なのか?情報収集源として活用するのが良いのか?など、当初はSNSの使い方についてかなり悩みました。この数年間はSNSに対し一定の距離を置いていた事もあり、Twitterのアカウントを作ったは良いものの、当初はROM専アカとして色んな方のツイート(タイムラプスや各ブログ等)を見ては「凄いな…」と思う事だけを繰り返していました。

 転機はGW頃。一方的に情報を貰うだけではつまらんし、何だかセコいなぁ…と感じ、少しづつSNS上での繋がりを深められれば、とおそるおそる活用頻度を上げていきました。結果的には、この時の判断は正しかった、と心から思います。宇宙陸上部に入らなければ、フルマラソンに挑戦しよう、とは夢にも思わなかったでしょうし、オンラインで色々な業界の方々のお話を伺うことができたのも、出張の度に色々なExpoloersとお会いして飲めるのも、SNSのお陰だなぁ、と思っています。

 何より、一次選抜・二次選抜と進むにつれ、本当に多くの方に背中を押して頂きました。皆の夢を背負って宇宙まで行けなかったことは本当に心残りですが、幸せだなぁ、と実感しながら挑戦することができました。

二次選抜の同志
 特に、二次選抜の対面試験で一緒のチームだった方々とは、同じ空間でシャトルランをしたり下剤を飲んだり、短いながらも濃密な時間を過ごしました。試験後、結婚式の祝電を送ったり、最終選抜に挑む方へのエールを作ったり、こちらも「チーム」を感じられるコミュニティだなぁ、と有難く思っています。願わくば、一緒に挑んだどなたかが宇宙飛行士候補者に選ばれると良いな。

夢の続きへ

 以上、私の自分語りにここまでお付き合い下さり、本当にありがとうございました。色々ありましたが、総じてこの2年間は最高に刺激的で、最高に楽しかったです。次の選抜試験の募集があった際、受けるかどうかはまだ分かりません。(かなりのエネルギーが要る事は事実なので…) ただ、得られる物の大きさはよく分かったので、何だかんだ、また挑戦するのかなぁ…とも考えています。少なくとも、今回の自分を超えられるよう、挑戦できる何かを探したいな、と思っています。

 最後になりましたが、今回の私の挑戦を支えて下さった全ての方々に感謝したいです!夢は、終わらない。また次の目標を見つけて、走り続けたいと思います!

TD


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