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挫折だらけの社会人1年目

第一の挫折は新卒。

18歳の春、高校生の頃にコンサートで見たカメラマンに憧れて芸術系の大学に行くため上京。
放送学科には行けず、映画学科でカメラの勉強をしていたがあまりピンっと来ず、2年になる時に転科試験を受けましたがやるとなったらきちんとやりたい性格の私は、1年の授業をしっかり受けていたので面接で1年で学んだことを細かく話したことで面接官からそんなに学んでいるなら映画の勉強をしっからはするのもいいのでは?と不合格に…
4年間は実習や卒制でそれなりに楽しんで卒業し、新卒で知り合いの紹介で大阪のテレビ制作会社にADとして入社。

そこで社会人としてまず第一の挫折・・・
入社した3日後に、いきなりADの洗礼を受けました。春にスイカ柄のビーチボールを探し回り、明け方5時に帰宅して7時には出社。
そのまま生きたままのタコが必要と言われて、市場にタコを買いに!もちろん市場の人に電話して死なないようにしてください!と訳のわからない注文をして大急ぎでタコを引き取りに。
しかし、もともと生きた状態で売るものではないタコは長く持つは訳もなく到着した時には動かなくなっていて…そのことでディレクターに怒られる。

その後、担当番組が決まりディレクターの指示のもと衣装やお弁当の手配などを行っていましたが、ある日海遊館にロケに行った際にあることを言われ、悩む日々。
他の支部にいた知り合いに相談したところそれはパワハラだと言われ、すぐに総務部の人との面談が始まりました。新卒だった私は何がパワハラなのかわからず、ただ絶望と何を見ても何をしても楽しくない日々を過ごしさらに追い打ちをかけるように大学で編集も学んでいたことで他のディレクターから頼まれたことで先輩ADから嫌がらせと陰口が始まりました。

入社して3ヶ月ちょっとが経った7月末に退社を決意。しかし、まさかの東京支社への転勤の内示を受ける。とりあえず東京に行くもののそこではカメラアシスタントとして、毎日始発〜終電orタクシーで睡眠時間も2〜3時間。
現場ではしゃがむと立てなくなるくらいの重い荷物を背負って走り回る日々。
毎日が楽しくなくて、なんで働いているのかもなぜ私はこの業界に憧れたのかもわからなくなってしまい転職することに…

初めての転職

転職先はすぐに決まりました。
業務委託で映像配信サービスのエンコードをする仕事。
部署はまだ出来たてで私を含めても3人の少人数な部署でした。
仕事自体には不満はありませんでしたが、業務委託なのに業務が終了しても上司の社員が帰るまで帰らせてもらえないということが続き、契約について話したところ理不尽なことが続いたので半年で転職することに。
この会社ではしっかり技術だけは身に付けていたので、次の転職先はすぐに見つかりました。

配信エンコードのいろはを教えてくれたもう1人の業務委託の人には今でも感謝しています。

必ずどんなところでも見てくれている人は見てくれている。私とまた働きたいと言ってくれる人がいるけど、そういう人がいるところでは働き続けることができないということをこの後の転職した先で思い知ることに…

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