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吾奏伸の大局観④ ウェアラブル戦線異状アリ。スマートグラスは主役じゃない?

今年初めて開催されたウェアラブルEXPOに招待客として参加してきました。各社とも展示には大きく分けて「ウェアラブルなハードウェア」と「ウェアラブルなサービス」の二種類あり、それぞれにはっきりとした傾向があったように見受けられます。 


1)主役の座をひきずり降ろされる「スマートグラス」

ここ数年、グーグルグラスに代表される眼鏡型ウェアラブルコンピューター(スマートグラス)がウェアラブルの主役と目されてきました。しかしスマートグラスは伸び悩みの局面に突入しています。 


こちらはブラザー社が発表した「エア・スカウター」。眼鏡ではありませんが頭部に装着するタイプです。よく見ると、エプソンの先行製品「モベリオ」などと同じく、モニター部分とコントローラー部分が分かれている。関係者にお話を伺うと「頭部に装着する部分が重いと嫌がられる」という本質的な課題があり、しかしバッテリーは重いので、筐体が分かれてしまう傾向にあるようです(モニター/コントローラーの重量比はモベリオで88g/124g、エア・スカウターが35g/204g。携帯電話はiPhone5sで112g)もちろんバッテリーを頭部に搭載する一体型もありますが、やはり大きく重く無骨になりがち。だからといって強引な商品企画を行い、シェイプが細くて軽いスマートグラスを作ったとしても、おそらく値段がべらぼうに高くなり、なおかつバッテリーが長時間持たないという結果になることでしょう。

こちらはバッテリー一体型で軽快な印象をあたえるウェストユニティス社の「インフォリンカー」。市販の眼鏡に引っかけて使えるタイプで、スマートグラス系の有望株です。しかし表示される画像の解像度があまり高くありません。バッテリーの重さがネックになって、性能を上げられないのです。
電機メーカーの社員だった経験から思うに、こういった商品がもっと軽く小さくなるためには、半導体の集積(複数チップの機能をワンチップ化する)による省電力化が不可避。そういったチップ開発を計画するためには大量生産が前提となり、計画台数を大きく見積もることが必要になります。それも業務用に少量出荷するような想定ではなく、コンシューマー市場の圧倒的な立ち上がりを期待したい。ところが、残念ながらスマートグラスは爆発的普及の見込みが得られていません。逆風さえ感じられます。何故でしょうか。


ネガティヴな所見の一つに「用途がいまいち不明である」という声があります。機能としてスマートフォンとかぶる部分も多く(しかも1000ドル前後と高価)、「スマホでいいじゃん」という意見が根強い。もう一つには、アメリカ社会におけるグーグルグラスへの強い反発があります。すでに発表から二年たったわけですが、「頭に装着した眼鏡型のカメラで写真や動画を四六時中撮影するのは盗撮に相当し、プライバシーの侵害にあたる」などとされ、一般向け販売にはブレーキがかかったままの状態です。さらに「眼鏡をかけること自体が格好悪い」などという反発さえある始末……(アメリカ人は眼鏡=ダサさの象徴で、ハイスクールでは「いじめられっ子の記号」という認識が日本人以上に強い)。デザインが無骨だとか洗練されているとかいう以前に、そもそもファッションとして認められないアイテムなのだとしたら、かなりの苦戦を強いられそうです。


こういった傾向から、スマートグラス陣営は解像度の高い製品=比較的大柄で無骨な格好のまま、業務用に進路を絞って普及を狙っています。(こちらはブラザー社「エア・スカウター」の業務用展開例である放射能監視システム)

「スマートグラス単体では台数が出そうにないため、他のウェアラブル機器の進歩によってチップの集積化が進む(消費電力が軽減されて安価になる)のを待つ」という、消極的な戦略を取らざるを得ないのが本音ということでしょう。では他のウェアラブル機器とは何か? おそらくスマートウォッチ(リストバンド型)だろうというのが大局観になります。

(↑こちらは腕時計型の活動量計、いわゆるアクティビティトラッカーの「fitbit」。概ねNIKE社のフューエルバンドと同じコンセプトです)

まず、世界的に腕時計やリストバンドはファッションとして認知されており、眼鏡型ほどアンチがいないというのは追い風に違いない。また体温や脈拍といったバイタルサインを拾うセンサーやカロリー消費を追いかける活動量計としてみた場合、ポケットやバッグに入れてしまうスマホより肌に装着する腕時計の方が理にかなっている。棲み分けが進んで、スマホと両方持ち歩くことに違和感が少ない。これは筆者がNIKE製のリストバンド型センサー「フューエルバンド」を、iPhoneと供に一年以上持ち歩いた経験から実感した事実でもあります。そういった形勢にマッチする形で、業界大手のソニーは「SmartWatch3」を発表。ウェアラブルの戦略においてスマートグラスからスマートウォッチへ大きく舵を切ったように思われます(今回ソニーは別の会場で発表を行ったらしく、写真などが撮れませんでした。興味あればこちらの記事をご覧ください)。


ちなみにアップル社が春に発売するというApple Watchですが、「価格が高いので大ヒットはしない」とする予測記事が方々で見られます。公表されている情報によれば最低でも349ドル。ちなみに私が購入したNIKEのフューエルバンドは1万六千円。気軽に買える玩具としてみると、感覚的に上限ギリギリの設定でした。


 2)「AVC(音楽・写真・動画・通信)」はサービスの核にならない?

 機器のみならず、サービスにも大きな地殻変動があるように思われました。こちらは「ワラッテル」。センサーの一種で、装着している人間が笑っているかどうかを音声解析して信号化、bluetoothや無線LANを介してコンピューターへ届けるという製品。新種の老人見守り系アイテムです。「笑い」は広義の意味で健康を現す指標となりうるということで、今回の注目株でした。
開発者に話を伺うと、単にセンサーを売りたいわけではなく、将来的には体温や脈拍といった基本的な情報まで集約する「バイタルサインをモニタする統合サービス」を目指していきたいとの事。クラウド側で人工知能が医者のように所見を述べることになるのでしょうか……。このようにバイタルサインの範疇を逸脱した新ジャンルの、いわば「感情系トラッカー」は、MITのペントランド教授などが旗振り役となってビジネス用途への展開も始まっており、世界的にみて要注目のジャンルです。


こちらはグンゼ社のブース。みんなが知ってる、あのグンゼです。(衣服としての快適さを損ねることなく、電子的な機能拡張を施す事を狙っている模様)(発熱機能を持たせた医療用の着圧ソックス)

グンゼは導電性の布を編みあげることで、アパレル企業が如何にウェアラブルな未来を描けるようになるのかコンセプト的に模索していました。衣類という意味では、同好の出展者にTEIJIN社があります。「布を折り畳むと折り畳まれた形状が情報として出力される」という、ちょっと面白い機能性素材を出展していました。何の役に立つのかはまったくの未知数でしたが……(折り畳むと、接続したPC上に……)(折り畳んだ状態がCGとして表示される。水泳選手のフォーム矯正用水着とか? 開発サイドは「この素材で作った手袋を作り、熟練した外科医の手技を遠隔地へと伝える」といったアイデアを温めている模様)


グンゼとTEIJINの2社は「医療」を大きなターゲットに置いているという共通点を持つ新たなプレーヤーとして、注目に値します。さらに関連するデバイスとしてこちらを挙げておきましょう。スポーツ専用をうたうスマートグラス「RECON JET」、かなりの人気を集めていました。


(スポーティな印象……)(右下に見えるのがモニター画面。眼球の下方に位置しているため「視線を下げる=覗きこむ」という作業を行います)

こちらはCPUを内蔵した立派なコンピューターですが、やはり一体型なので画像サイズなどはごく平凡。やや大振りにも感じられます。ですが実は、コンセプト的に「単体での機能をさほど訴求していない」のです。デモ映像を見てみると……




RECON JETは腕や腰につけた心拍やカロリー消費、加速度を測定するセンサ群と接続し、リアルタイムに情報をモニタすることを主眼に置いて作られています。まるで車を運転しながら速度計や燃料系を睨むドライバーように、これからのスポーツ愛好家は全身をセンサーで武装した上でRECON JETを装着するというわけです。高度なコンピューターというよりも、むしろ「肉体と意識をつなぐインターフェース」、いわば「のぞき窓」でしかないという割り切り。しかも軽量サングラスといった面持ち、想定シーンは持つ喜びを上手く刺激するに違いありません。サングラスと眼鏡で大した差はなさそうに思えますが、性能を割り切ったスポーツ専用動画カメラ「GoPro」の成功ぶりから鑑みても、RECON JET には大いにチャンスがありそうです。

 
これらを俯瞰してみると、ウェアラブルは「身体に密着する=健康管理やスポーツに貢献する」というバイタルサイン〜アクティビティ系(に加えて感情系も?)センサーやサービスが牽引役となり(カメラは必須ではない!)それに適した機器がお互いに連携あるいは競合しつつ、駆け引きしながらコンシューマー市場を形成していくのだろうという予測が成り立ちます。一方で音楽や映像、通信といった従来型のコンテンツ系サービスは相変わらずスマートフォンやタブレットで消費される。そう考えるとスマートグラス陣営のとるべき戦略というか、「旗色」は自ずと見えてきます。「スタイリッシュなイヤフォン・カメラ・マイク一体機器」としてみてしまうと、電話と競合せざるを得ない。そうこうするうちにRECON JETのような「割り切り系」勢力が存在感を得て普及し、主役の座に座ってしまうかもしれない。あるいは視力矯正や紫外線カットといった本来グラスが担うべき機能を推し進める眼鏡メーカーが現れ、別種の存在感を醸すことになるやもしれません。つまりAVC用途を見切った方が(スマホに任せたほうが)、結果的にチャンスを広げることになる。そんなムードが漂っています。

さらに……こんなゲテモノが!
こちらは総務省傘下の情報処理研究機構(NICT)が発表した脳波を測定できるヘッドセット型センサ。α波の強弱で車ゲームを操作できるというデモです。集中するとスピードが上がるらしいのですが……脳波ですよ、脳波。脳だから頭部に装着せざるを得ない。「眼鏡型コンピューター」ではなく「脳に近いからセンサーを頭につける」というコンセプトにこそ、面白い可能性があるのかもしれない——こうなってしまえば、確実にスマホとは競合しなくなりますよね。あー、未来だなぁ。(ちなみに私も装着させてもらいましたが、集中しようと思えば思うほど車が遅くなりました。残念……)


というわけで「ウェアラブルって、スマホと競合する機能やサービスを見限る(そっちはスマホに任せちゃう)メーカーが伸びると思うぞ。スポーツ系が鍵になるんじゃないか?」を、現時点での大局観とさせていただきます。


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