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吾奏伸の大局観②ウクライナ問題を俯瞰する

はい、第二弾です。かなり複雑にみえるロシア・ウクライナの小競り合い。一説には「ウクライナの政変(親露政権の転覆)は欧米が仕掛けた陰謀で、ウクライナをNATOに取り込みたい。ロシアはこれに反発すべく軍事介入した」と囁かれておりますが、これをエネルギー革命を巡る投資合戦という違った視点から俯瞰してみたいと思います。「なんでロシアはクリミア以外の東部を編入しようとしないの?」「どうして欧米はネオナチと噂される極右政党の政変を支援したいの?」といった疑問について、納得できる説明を心がけます。最初に地図を見ましょうか。ロシアから欧州に続く天然ガスパイプラインの地図。面白いんです、これ。

欧州―ロシア間ガスパイプライン(出典)Economist,July16th,2009 http://www.economist.com/node/14041672

まずロシアはここ数年で経済的に疲弊しきっており、頼みの綱はパイプラインを経由した天然ガスの輸出であるという理解が必要だと思います。しかも、その八割がウクライナを通過する(「兄弟(BROTHERHOOD)」と「連邦(SOYUZ)」ライン)。ウクライナは経由国として値引きがあり、欧州諸国より割安でガスを得てきましたが、輪をかけて経済状態が悪く、ロシアに莫大な借金を抱えている。ほとんどがガス代の未払い(! ……ロシア側が値引きをやめたい=値上げを強行してくるという事情もある)で、過去何度もロシアは制裁のために「供給停止」を行ってきました(ソ連邦崩壊後は94年、97年、99年、06年に軽めの、そして09年)。そのたびにEUの天然ガス輸入国は、供給ガスの圧力が低下したりと迷惑を被っていて、経由国ウクライナの評判は最悪です。そういった経緯からロシアはウクライナという土地を、出来が悪くて借金ばかりする評判の悪い弟とみなしている。プーチン大統領は借金を返して欲しいので制裁こそすれ、自国の経済がよくない今、チェルノブイリという深刻な不良債権を抱えているウクライナと共倒れになりたいとは思っていません。(ちなみにロシアが対ウクライナのガス料金を値引きしたくなくなった理由は、フォーミュラ方式という世界基準の価格体系を導入したいからで、これにはガスの先物取引市場を石油市場なみに活性化させて、エネルギー経済における米ドル支配に一矢報いる狙いがあります)。なのでロシアは海上経由で(ウクライナやベラルーシ、ポーランドなどを迂回する)直通パイプラインの建造にご執心です。それが地図中の破線、NORD(北側)STREAMおよびSOUTH(南側)STREAMです。技術的に高度で莫大な投資が必要となり、供給先であるドイツやブルガリア、オーストリア、ハンガリーにも負担が発生します。ドイツはエネルギーの二割以上をロシアに頼っているといいますから、ざっくりいえばロシアとしては末永くEU(の一部)に食わせてもらいたいのです。「直で新しいパイプライン造ってさぁ、安定的にガス流しますってばー、市場もね、ちゃんと整えるよー、代金はもちろんルーブルでねっ(はぁと)」と笑顔で握手したいのがプーチンの思惑です。実はこの笑顔のかわいらしさが問題になります(全部読んでもらえばわかります)。

さて、ここに商売敵を紹介しましょう。LNG(液化天然ガス)業者です。実は世界の天然ガス市場において八割がパイプライン、タンカーで運ぶLNGはたったの二割で、そのうちほとんどが日本で消費されているといいます。欧州各国はパイプラインへの依存度が高く、ロシア原産ガスの備蓄施設を長い年月をかけて整備したおかげで、仮に供給が途絶えても数ヶ月持ちこたえる力があるといいます。他方、LNGを導入するにはまったく新規で沿岸部に結構な備蓄施設が必要になる(沿岸のない国にいたっては非現実的です)。投資がかさむのは面倒だし、価格単価も高い。もちろんパイプラインにも維持費はかかるし、前述したロシアが計画するNORD STREAM/SOUTH STREAMにも投資が必要で、いずれにせよ面倒にはかわりない。でも、この時点ではEU(の一部)はロシアと敵対するつもりはさらさらなく、むしろ安定したエネルギー供給元として大切にすべきで、いろんな資源輸入先と天秤にかける感覚はありつつも、そもそもパイプラインでやってきたし、いまさら単価の高いLNGに頼る必要はぜんぜん感じないことを覚えておきましょう。

そこへきて、中東からの石油輸入に頼りきっていたアメリカが……な、なんとLNG産出国として名乗りをあげました。岩盤を砕いてガスを採取する、例のシェールガス革命がきっかけです。シェールガスは安価で、しかも化学原料にもできるため石油の座を脅かすエネルギー源と考えられ、莫大な投資が米国に(もちろん米ドルで)集まってきました。しかしアメリカにとってこの「シェールガス景気」は痛し痒し。儲かる可能性はあるにはあるけれど、EUに輸出する場合はLNGにしてタンカーに乗せるから、ロシアのパイプラインと競争になる。そんなことをやっているうちに、石油が煽りをくらって不人気となり米ドルの優位性が崩れるのも困る。石油の先物市場において基軸通貨とされ、圧倒的な存在感を持つ米ドルですが、世界の為替取引において崩しきれない牙城があり、ルーブルが支配的なパイプライン由来のガス取引もその一つでした。そこでアメリカはパイプライン輸送の優位性に傷をつけ(ロシアに冷や飯を食わせ)、LNG人気を煽り、ドルが存在感を保てるようなプランを画策します。ポイントは、各国がタンカーを受けいれる港湾のLNG備蓄設備を建造すること。特にドイツやポーランドなど沿岸部を持つ国には、積極的な投資を促したい。その際、EUとロシアの蜜月を深める新パイプライン計画は邪魔になります。

実のところアメリカはこれまでもロシアのパイプライン外交をさんざん邪魔してきました。ソ連邦が崩壊したのも、ソ連—アフガニスタン間のパイプライン敷設を(米が)阻止したことがきっかけで経済が破綻した為だといわれています。そして、アメリカは再びアフガン侵攻時に用いた謀略のシナリオを見直し、新パイプライン計画を破綻させる作戦を練り始めた。それが今回のウクライナ政変だと考えれば合点がいきます。狙いはずばり、ロシアという国に期待して投資するとすんげー損するよ〜、というアピール。ロシアが潜在的に持つカントリーリスク(国の政情不安が原因で、さまざまな投資が未回収になるというリスク)を顕在化させ、EU各国のエネルギー政策を新パイプラインではなくLNG系へとシフトさせることです。特に今回はソチ五輪の最中を狙った。プーチン大統領としては「ロシアは昔と変わったよ。アフガンの頃とはぜーんぜん違う。平和で友好的な国だよ。投資してね。カントリーリスクなんてないない、ぜーんぜんない」とアピールする絶好のチャンスと考えていたわけですから、そのタイミングで、プーチンの笑顔ごと潰したいわけです。従って「欧米」が「ウクライナをNATOに引き入れたい」のが動機であるという分析は若干甘いと思われます。欧と米では利害が大きく違う(さらにEU内でも西と東=パイプラインが届く国とそれ以外では目論見が全く違う)わけで、しかもアメリカとしてはウクライナという土地に興味が無く、むしろ政情不安さえ引き起こせば御の字という見方が正しい。だからネオナチのような過激派を支援する考えに至った。混乱を長引かせることだけが目的だから、支援する相手は誰でもよかった。

ロシアがクリミア以外への介入を避けたがっているのも、しょっちゅう戦車で乗り込む昔ながらの怖い国じゃないとアピールしたいが故で、そういった意味ではクリミアの編入ですら苦汁の決断でした。なぜクリミアは無視できなかったかというと、歴史的にみて要衝である黒海の軍港セヴァストポリを有し、そこに大量のロシア軍がもともと駐留しているから。何もしなければ過激派の新政権=反露勢力と衝突することが目にみえている。プーチンとしては暴力沙汰なく、つまりアフガン侵攻のような俗悪なイメージを生み出さずに軍港を維持したい。クリミアは92年に自治共和国としてウクライナからの独立宣言までしているし(いちおう国なんです)、何度となくロシアへの編入を求めてきたわけで、改めて投票までさせた結果なら国際世論も情状酌量してくれるだろうと見た。しかし! やっぱりアメリカは侵略行為だと批難する。EUにも経済制裁を促す。ここで困るのは石油もガスも石炭もロシアから大量に買っているドイツです。「ロシアは経済制裁すべき国」というイメージ作り=カントリーリスクの存在を、EUの実質的な盟主たるドイツの国内世論が無視できないレベルにまで印象づけることが、アメリカとしては大きな目的だった。

この見方を支える面白い情報をご紹介すると、今回のウクライナ問題に対しEUが経済制裁することに後ろ向きなドイツを、徹底的に非難しているのは隣国ポーランドです。ロシアが侵略してくると騒ぎたて、自国へのNATO軍配備まで求めている。メディアを通じて世界中にロシアのカントリーリスクを煽っている。地図を見れば一目瞭然ですが、ポーランドは長年ロシアとドイツを結ぶパイプライン通過国であったところが、NORD STREAM計画が実現すると迂回されてしまう国です。しかもシェールガスの埋蔵量が欧州一という噂まである。クリミア編入が宣言される3月19日の直前、3月11日にポーランドの首相は次々とシェールガス事業への税制優遇政策を打ち出し、投資を引き込もうと躍起になっています。この4月には「ドイツで余ったガスをポーランドで買うつもりあるよ〜パイプライン逆流用のポンプを設置したんで、シクヨロ!」と民間ガス業者が新聞発表した。わかります? ポーランドがガスを買いとってくれるなら、ドイツは自国での消費量を超えたLNG備蓄への大規模な投資をしやすくなる筈。そういうわけで、ポーランドはここぞとばかりにグイグイ横車を押している。アメリカとは安全保障上の同盟関係にあり、計算された連携プレーが光っています。

ついでに、ここ最近米国でシェールガス関連投資が失敗する(採掘しようとして空振りする)ケースが続出し、「シェールガスはバブルを生んでいる」と囁かれている事情も付け加えましょう。順風満帆とは言えないため、アメリカ政府は名誉挽回に必死なんです。ン兆ドル規模のビジネス……バラ色の未来をゲットするために、ウクライナの政情不安を引き起こしてルーブルの存在感を貶めたい……その費用が数百億ドルで済むなら、きっと安い買い物でしょう。プーチンも厳しい詰め将棋に喘いでいる。もともと軍属なので馴れ合いは苦手でしょうが、せっかくソチ五輪で頑張った(投機筋への)笑顔も今ではひきつり気味。同情したくなります。

というわけで今回のウクライナ問題を「基本、アメリカがロシアを悪者にしたくてやってるんだろうけど、間接フリーキックでドイツ狙いってとこあるよね。きな臭いっちゅうかガス臭いっちゅうか……ドロドロしてるというよりドルドルしてるw」と考えておけば、大局観としていい線いってると思います。


photo by ASSAwSSIN (Rome, 2013)

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