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吾奏伸の大局観①オボカタ問題を俯瞰する

大声で語るとちょっとアレな気がするオボカタ問題ですが、いちおう京大大学院で物理工学修士を取得した後、企業戦士として日本だけでなく米国および欧州でも登録特許を取得した経歴を持つ理系人間として語らせていただきます。(14年4月17日の時点での大局観です)。

まずオボカタさんの記者会見における発言を受け、メディアが繰り返し主張する「作成のコツがあるならすべて提示しろ」という指摘は無意味だというところから語ってみたいです。この問題を理解する大前提として、そもそも論文というものは特許と違い、権利は放棄する前提で発表されるものだということ……「論文による研究発表はイコール権利放棄である」ということを理解しておくことが大切です。所構わず語ってしまうと、誰も権利を保障してくれなくなる。だから特許に意味がある。それが国際的な常識となっています。なので、オボカタさんチームは論文を発表する遥か前、13年4月時点で(おそらく現象部分に関する)特許を米国で出願している。作成手順(STAP生成条件)については特許による公開を準備中と考えるのが妥当で、それから論文発表となるはずです。それを今すぐ開示しろなどとギャーギャー騒ぐのはまったく無意味。あーだこーだ言ったところで、可能性として数百億円ぐらいの利益を生む可能性を持つ「コツ」を他人にほいほい披露するわけがありません。また、企業戦士ならばあえて特許にすら書かないという選択枝もある。特許に書けば二十年やそこらで権利は切れますが、完全にブラックボックス化して技術を独占すれば、商売が何十年でも安泰になりえます。だから、メディアがいちいち研究内容に疑義を申し立てたり、証拠があるなら出せと騒ぐ風潮は「研究開発というものを知らなさすぎる連中のたわごと」でしかないと感じます。「出すわけねーだろ」とか思っちゃいます。

次に、「こんな初歩的ミスをする研究者がいるなんて同業として考えられない」と騒ぐ理系研究者が何故多いのか? という副次的な問題にも触れてみたい。これはぶっちゃけ日本特有の事情です。というのも日本の研究機関には企業と違って特許出願で大儲けするカルチャーが育っていません。だからこそ真面目なんです。苛烈な競争に名乗りをあげないお人好し集団と言い切ってもよいと思います。他方、欧米には技術ベンチャーとしての一攫千金を目標に掲げた研究者が多くいる。とくに医療系では製薬利権の渦中で凌ぎを削っている。そういった競争で富を稼ぎ出す研究者を一発当てたい山師だとすれば、日本の研究機関は企業と違って、山師を輩出することに意欲的ではありません。どちらかといえば誰かの立てた仮説に対し、それを証明する過程を、しかも細分化した1プロセスのように地味な過程にも、しっかりと光を当て、捨て石のような仕事であっても博士号などを与えるべきと考えられている。ヲタク的な用語でいえば地味子路線です。そういった人たちを冷遇すると基礎研究なんて成り立たないからです。こうした地味子路線で研究を続ける姿勢こそ、日本古来の(たとえば朝永振一郎先生が取ったノーベル賞のような)学術的成功を支えてきたといってよいでしょう。しかも、こういった姿勢からはねつ造のようなトラブルが起こりえない。訓練不足な学生であっても、山師を目指していないから、つまり一発当てなくてもいいという前提があるから、無理に結果を盛らなくてよいわけです。

逆にオボカタさんの場合はハーバードに留学し、ハーバード由来の研究を請け負った日本的でない研究者のタマゴであって、山師的な性質を帯びているが故、内容を盛ったりという背伸び傾向があったということです。ところが話は複雑で、わざわざ彼女を招聘した理化学研究所は、そういった山師的部分を欲していた。昨今の研究法人は論文以外の国際競争力、すなわち特許による収益増も求められている。本音をいえば山師が欲しいのです。だからこそ「狙ってノーベル賞を取った」と豪語する野依氏が所長なんです。彼は笹井という人を再生医療部門の副センター長に置いた。笹井氏は再生医療におけるES細胞研究の権威ですが、京大の山中氏がiPS細胞で大幅にリードした結果、影が薄くなっているところがあり、STAP現象で一発逆転を狙っていた。山師的なギラギラを持っていた。そういった要素を持つ人事をふんだんに行った結果、論文より特許係争をにらむ態勢が構築され、次第に理化学研究所は今の状態へと押し流されていった。そして末端のひよっこがしょうもないミスをした。それが現時点の状況です。

総じてオボカタ事件は「山師的なカルチャーがそぐわない日本の伝統的な地味子研究機関が背伸びした結果、米国産の毒を盛られて、大慌てで毒を抜こうとしている」というのが大局観として適当であろうと思います。


  photo by ASSAwSSIN (Vatican, 2013)



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