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ウタバしかいないのに(第2回):《クルアーン》ファジュル章14-16節をめぐって

「あとはあなたの問題だ」

そこで、ここでもイブン・イスハーク『預言者ムハンマド伝』[1]に従って、ムハンマドとウタバの間の初期のやり取りから振り返っておこう。

クライシュの長であったウタバ。人々と談笑中。ムハンマドが一人で礼拝所に座っていた。すると、ウタバは、ムハンマドのところへ行っていくつか提案をしてみるという。折しも、ハムザの改宗で、ムハンマドに強力な護衛が付くことになり、クライシュ族たちは迫害を多少控える必要があると感じていたのだ。ウタバの提案はこうだ。

「甥よ、お前はわれらの一族で、分かっているだろうが、一族の真ん中、系譜の中心だ。なのにお前は一族に厄介事を持ち込み、まとまりを壊した。一族の考えを馬鹿にし、神々と宗教を非難し、これまでの父祖たちを不信仰者だと言った。いくつか提案するから聞いてくれ。考えれば、受け入れられるものがあるはずだ。」

「聞いてみよう」とムハンマド。すると、

「甥よ、財産が欲しくてこんなことをしでかしたのなら、財を集め、お前を一番の金持ちにしてやろう。権威が欲しいのなら、長にして、なにごともお前抜きでは決めないことにする。王の位が欲しければ王にしてやろう。ライー(ジンの一種)が憑いていて自分では追い払えないのなら、治療法を探し、治るまで費用を負担してやろう。憑きものが人を操るのはうよくあることだ。治療すれば治る」(あるいはこれに類することを言った)。

これで終わりかと確かめると、今度はムハンマドが自分の言うことを聞いてくれと頼む。「聞いてやろう」とウタバ。すると、

《「慈悲深く慈愛あまねき神の名において。ハー・ミーム。慈悲深く慈愛あまねき御方からの啓示。御徴が解き明かされている啓典。分別ある人々のためのアラビア語のクルアーン。福音であり警告。だがほとんどの人々は顔を背け聞こうとしない。彼らは言う。「私たちの心には、お前の呼び掛けていること(イスラーム)をさえぎる覆いがかぶさっている」」』(フッスィラ章1-5節(41章1-5節)」。

 と、啓示の朗誦が始まった。「ウタバは両手を後ろに着いた姿勢で注意深く耳を傾けていた」という。朗誦は続き、ムハンマドは、《神に額ずけ》(フッスィラ章37節(41章37節))という箇所にくると額ずいて、そして言ったという。「アブー・アルワリードよ、聞いての通りだ。あとはあなたの問題だ」と[2]。

「いやなら勝手にしろ」

仲間たちの元に戻ったウタバは出かけたときとは違う表情で戻ってきたという。仲間たちの間に座ると、向こうでなにがあったのか尋ねられた。ウタバの答えは次の通りだ。

「向こうで言葉を聞いたが、神かけて、今まで聞いたこともないものだった。神かけて、詩でも呪文でも、巫者(ふしゃ)のお告げでもない」。

そして続けて言う。
「クライシュ族の諸君、私に従い、言う通りにせよ。あの男のことは放っておくのだ。神かけて、私が聞いた彼の言葉(啓示)によって、とてつもないことが起こる。もし彼がアラブに殺されることになれば、手を汚さずにすむ。もしアラブに君臨することになれば、彼の王権はお前たちの王権であり、栄光はお前たちの栄光である。お前たちは彼のおかげで最も栄える民となる」。

仲間たちはこれを聞いて

「アブー・アルワリードよ、神かけて、彼の言葉にたぶらかされたな」

と反応した。これに対してウタバ・ブン・ラビーアは、「これが私の考えだ。いやなら勝手にしろ」と答えたという[3]。

クライシュ族たちの3つの問い

そのころには、ムハンマドの教えは、「メッカにおいてクライシュ族の各家系の間に、男女を問わず広まっていったという。クライシュ族は、改宗したものを、監禁できる者は監禁し、迫害できる者は迫害した」。クライシュ族の多神信仰が確実に存亡の危機にさらされていた。そんな中、クライシュ僕の各家系の名士が集まって、ムハンマドに直談判を行う。そのときに第一に名前が挙がっているのが、ウタバである。また、その後彼は、ナドル・ブン・ハーリスとともにユダヤ教の律法学者を訪ね、ムハンマドのことについての決着方法の指南を受けてもいる。「太古の昔に消え去った若者たち、世界中をめぐり大地の東と西に行きついた男、そして霊とは何か」についてムハンマドに説明を求めてみよというものだった。

「明日答える」とはしたものの、15日がたった。それらについての啓示がなく、ジブリールも訪れなかったのだ。だがついに、啓示がもたらされた。

第1の問いについては、「洞窟章」の洞窟とラキームの人々の啓示(9節以下)が降り、詳細まで明かす。第2の問いについては、同じく「洞窟章」のズ・ル・カルナインの啓示(83節以下)が降る。こちらもヤージュージュとマージュージュの働く悪を鉄と銅で防ぐなど内容は具体的だ。霊については、《「霊は、わが主の事柄に属している。お前たちに授けられた知識はわずかなもの」》(夜の旅章85節(17章85節))というアッラーの御言葉がある。そのほかクライシュ族はいくつかの難問をムハンマドに投げかけていた。

さらなる難問

クライシュ族は、「山々をどかして大地を切り刻み死んだ父祖を生き返らせること」についても説明を要求してきた[4]。それについては、《たとえクルアーンが、それによって山々が動き、大地が切り刻まれ、また死者と語れるものであるにせよ、それらはすべて神に属する事柄》(雷電章31節(13章31節))と啓示が降る。

「自分のためになることをしてみよ」というクライシュ族の言葉についても啓示が降った。《彼らは言う「なぜこの使徒は飯を食い、市場を歩き回っているのだ。なぜ天使が遣わされて一緒に警告しないのだ。なぜ彼に財宝が降ってこないのか。なぜ食べるに困らない果樹園がないのか」。さらに悪者たちは言う。「お前たち(信徒)が従っているのは、魔術にかかった男。「見よ、彼らがお前をいろいろなものに喩えるのを。彼らは道に迷い、道を見つけられずにいる。至福なる神は、望み給えば、それ(市場を歩き回って生活費を稼ぐ)より良いもの、つまり、川の流れる果樹園と、宮殿をお前に授けて下さる》(識別章20節7-10節(25章7-10節))。
彼らのその言葉に対しては、さらに《われらがお前より前に遣わした使徒も、みな飯を食い、市場を歩き回っていた。われらは、それをお前たち(人間)への試練として、耐えられるかどうかを試している。お前の主はすべてを見ている》(識別章20節(25章20節))という啓示も降った。

また、クライシュ族の人々が、ムハンマドに財産を提供しようと申し出たことがあったが、それについてアッラーは《言え。私はお前たちに報酬を求めない。それ(お前たちの財産)は、お前たちのものだ。私の報酬は神が下さる。神はすべての証人である》(サバア章47節(34章47節)と啓示が降る。

 『預言者ムハンマド伝』に言う。「このようにアッラーの御使いはクライシュ族の人々に、彼らも認める真理(啓示)をもたらした。彼らもムハンマドの話すことが正しく、彼が預言者という地位を授かっていることが分かった。質問したことについて、神秘の知[啓示]をもたらしたのだから」[5]。

しかし残念なことに、「嫉妬心が妨げとなり、ムハンマドに従い、アッラーの御使いと認めることができなかった。彼らは神に不遜な態度をとり、あからさまに神を無視し、あくまで不信仰にとどまった」のである。彼らの一人は言った「クルアーンに耳を貸すな。しゃべり散らしていれば、圧倒できる(クルアーンを無意味なたわごととみなし、からかいだと思え、そうすれば使徒を圧倒できる。) 彼と議論し、論争すれば、負かされるだけだ」[5]。

「神かけて、私が聞いた彼の言葉(啓示)によって、とてつもないことが起こる。…お前たちは彼のおかげで最も栄える民となる」というウタバの言葉のが思い出される。
(次号へ続く)


脚注

[1]『預言者ムハンマド伝』(全4巻)イブン・イスハーク著、イブン・ヒシャーム編注(後藤明・医王秀行・高田康一・高野大輔訳)岩波書店、2010年。
[2]『預言者ムハンマド伝』(第1巻)278ページ以下。「ヤズィード・ブン・ズィヤードが、クライザ族のムハンマド・ブン・カアブから聞き彼は人から伝えられた話として私に伝えた」とされている。
[3]同上
[4]『預言者ムハンマド伝』(第1巻)297頁以下。
[5]『預言者ムハンマド伝』(第1巻)299頁。

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