彩葉
詩をまとめています
短歌をまとめています
神様の舟から落ちてはじまった世界には 屋根というものがある いつでも同じ光の強さだった世界は 屋根で光を遮り 穏やかな湖でしか見なかった水は 雨という名で降り それもまた屋根で遮られる 屋根がなければ光はきらきらと その日その日の顔をして降りてくる コップに水を入れて光をいれてみた その向こうには青い空 神様の舟はどのあたりにいるのだろう 雨の音は雨の機嫌によって変わるらしい グラスに水を入れてみたら 雨が入った気がした 雨の色の水 光の日 水の日 どんなことにも理由が
春にかわいい花を咲かせていた木の下で 月の香りを嗅いでいる もう花はなく 季節は夏になった きみを待つあいだ 夏の落ち葉の上で あのかわいい花を思い出している 月は白い小さな花を 灯りのように咲かせている その花の香りは今嗅いでいるものと同じ 月の香りは夏に甘さを増す
大きくなるだけの哀しみをしまう場所を探して 見つけては押し込んでいる 場所は増えすぎてしまい 全部を思い出せなくなった 間違えて開けてしまったら飛ばされてしまう 雷を見つけたら中に入ってバラバラにしよう 小さくなった哀しみは 静かに夜空で瞬くことができる そのなかでやさしさに出会えた哀しみたちは ゆっくりと呼吸をして 夜空が居場所となっていく 哀しみは穏やかな気持ちを知り かつて自分がいた場所を思い出せない けれど自分たちがやわらかくなったことに気がつく きれいに光る服を
セミが鳴いている 太陽の音みたいに鳴いている 呼吸をすると八月がわたしの体を出たり入ったりする 透明なボウルに氷をカラカラといれる 水を注ぐ いっぱいになるまで 透明と透明がいっしょになった 透明は八月のなか 両手をいれてみたら つま先へ真冬が流れていった セミが鳴いている 太陽の音みたいに鳴いている 手のひらは八月から逃れている
目が覚めたのはまだほんの少しまえ 起き上がったのはまださっき 15時間も何をどう過ごしたのか わたしのまわりに今いるのは夜 時の流れが速すぎるのは 過ぎゆく瞬間を手放せないから 毎日をつながったまま背負っている 朝も夜もわたしの足は時間の渦のなか 夜がきたから眠る 暗闇に浸かっていくと 短い時間だけ今を忘れる 夜の真ん中あたりで この闇に溶けてしまいたいと願う 知らない間にどんどん浸かっていく いつか暗闇の底に辿り着く そこは朝の頂上 今度は朝に浸かっていく
流れに抗いきれずに 落ちていった ここは滝壺のなか 底はあるのかまだ知らない くぐもった水の音 すべてのことを巻き取るような水流 もっていた苦しさは 落ちていく間に水にとけていった あんなに必死でふるい落とそうとしても 痛いぐらいにしがみついていたのに 苦しみはどこからどう生まれるのだろう いつだって底までまだ距離があって だけどそうは思えなくて 孤独が近づいてくる もともと滝壺のなかにいたように 投げ出したくなるのは事柄か感情か なぜふたつはつながるのか 何を恐れて
あのとき開きかけていた花 あれから咲いただろうか どんなふうに咲いたのだろう 季節をひとつひとつつなげて 同じ季節に辿り着いた あの花に今年も会えるだろうか もう咲いているだろうか 桜が終わり実が赤くなっている よく見ないとわからない 手が届きそうな高さに伸びる緑の下を歩いて行く 光を全部吸い込んで緑がやわらかい わたしをすり抜けていくのは こぼれ落ちた光 5月の風に乗ってどこまでもゆく あのとき開きかけていた花 咲いているだろう花 あのとき恋をしたんだ どんなふうに
朝がきて全身で光をうけて 夜が去ったことに安堵する その光は山をのぼるように輝いて 山をくだるように輝きをゆずる きみががんばった一日と混ざり合うために 光は高さを変えてきみに寄り添う うつくしいきみの一日と作った夕方の空
冬と春の境目に立ち 遠くを見ている その先にはきっと開き始めただろう扉 冬のなごりのひんやりとした空気のなか 新鮮な緑のにおいが過ぎてゆく 数センチほど開いたのだろう やがて風に揺らされた花の気配が ふんわりとやってくる そうしたら溜め息をついてもいい 黄色い蝶が片付けてくれる 春の入り口にコートのすそをひっかけた冬が ぼくらの憂いを抱えて 春の分量が増えたら扉を閉める そのときにはもう目を凝らさなくても春が見えている
月が輝くから目を閉じる 闇が濃くなっていく 深く潜って体を丸めていけば 雑音から遠のく 濃密な光でさえ届かないぐらいの場所 手のひらを広げてとじる ペンキのようにどろりと動くのは どこまでが自分なのかわからない 潜れば潜るほどのみこまれ 闇は一体化したいのだと知る まわりにいる者たちは きれいごとを重ね着しながら 近くにいるふりをしているだけ それなのに闇はわたしを求めている 氷がとけていくようにゆっくりと わたしを覆い尽くす あとどのぐらいで きれいな球体になれるだろ
冬がゆらゆらと天から降りてきている やっと灯った色ものみこむ白 春が天上のぬくもりのなか 白い花を吹くと 風は冬のコートを翻した わたしはあたたかな手のひらで 花びらをうける 儚く消える春からの便り
懸命に守ってきた炎が 小さくなっている いすにすわって ただ炎を見ていればいい日は 一年のうちにあまりない ときに風は強くて 立ち上がって 炎のまわりをぐるぐるする 消えないように ときに雨は痛いぐらい降るから 手のひらで受け止める そうすると凍えそうになる かなしくて そんなことを続けてきたけれど 気が付いてしまった この努力はおかしくないかなって もうこのいすから立ち上がらないことにしようかと 思い始める 炎が消えるのなら それが運命だから 受け入れることが答え
誠実さを言葉だけでふりまいて 奇妙な笑顔で上から見ている その人たちのあしもとには積み上げた角砂糖 目をこらしてみても 自慢だという宝石は 暗くてよくわからない 倒れそうなぐらい 積み上げていくのは 何が楽しいのか 想像力を働かせてみても 悲しくなるばかり 角砂糖は少しずつ欠けていき グラグラとあしもとを不安定にしはじめる 落ちてくるかけらで 甘い紅茶をいれよう そして大切な人の話に 同じ高さで耳を傾ける もう見えなくなった角砂糖の山のうえ 見上げることはもうしな
凍った空気のなかをザクザク歩く 真っ白で見えなくなったら 今朝のみこんだ朝日を 手のひらから少し解放して 目のまえを透明にする 視界の中心から外へ向かって 空気がとけていく様子を見つめながら 見えなくなったのか 見ないようにしたのか 考えながら足もとを見た この小さな花はいつから咲いていたのか 振り向こうとしてやめた 透明になった円の真ん中に口づける 落ちていく真冬の壁はきっと春への関門 のみこんだ朝日を少しずつ解放しながら いつだって振り向かずに進む 春に会うために