副鼻腔炎の手術 備忘録その3
いよいよ手術当日である。
前日より睡眠時無呼吸症候群の検査を受けていた私は午前6時前に起こされ、元いた相部屋に戻っていった。
これから手術までは絶食であるので朝食はないし、もう水も飲めない。
7時になると医師の診察があり、診察が終わると抗生剤の点滴がある。
私にはこれから10時半の手術開始までの間にやらねばならないことがあった。
そう、遺書である。
いや、遺書はいらん。さすがに死なんでしょ。
せねばならないことは、そう、「下着の履き替え」である。
なんか手術の時には新しいパンツを履いておきたいナ〜という験担ぎ的な発想があり、事前に購入しておいたのだ。
本来であれば日本男児たるもの、ここは「白いふんどし」を締めて手術に挑みたいとこではある。
しかし、鼻の手術とはいえ、なんらかのハプニングで下腹部を露出する必要があった際、白いふんどしを履いていては医師や看護師に無用な動揺を与える恐れが強い。
そこで私は普段愛用しているワコール製のメンズ下着である「ブロス」より、派手な花柄をチョイスした。
おおよそ40過ぎのオッサンが履く柄ではないことは理解しているが、大変な手術ではなくともやはりそれなりに不安がある。
そこで下着だけでもアホみたいに明るく挑みたいという気持ちはご理解いただきたい。
そんなこんなで前の患者の手術が終わり、いよいよ順番が回ってきた。
歩いて手術室に入ると、医師や麻酔医、看護師含めて10名ほど居る。結構大掛かりじゃないか。
すでに行っている点滴を麻酔に繋ぎかえて昏睡状態へ誘う。
これは「全身麻酔あるある」だろうが、麻酔を受けながら、どこまで意識を保てるかを頑張ってみたくなる。
私も麻酔医の「はーい、ゆっくり眠くなりますからね〜・・・」の言葉に反抗し、意地でも意識を保っていた。
もう昏睡するつもりもなかった。
手術中にはっきりと覚醒したまま、医師に「おお、結構削りますね〜!!」とか「もうちょっとそこガリガリいっていいっすよ」とか喋りかけたい。
起きると、手術は終わっていた。
手術自体は2〜3時間ほどだったようだが、こちらからすれば一瞬の出来事である。
鼻には真綿のようなものが奥までぎっしりと詰められているのが解る。鼻で息はできない。
痛みはあまりない。
鼻の中がヒリヒリする程度である。
しばらくすると看護師の方が「ご飯食べられそうですか?」と尋ねてきた。
正直厳しい。
こちとら鼻を削っているのだ。
鼻削ってほやほやの状態で「ご飯〜❤️ご飯〜❤️」とは、BMIが26を超えている軽肥満な私でもいくらなんでもならない。
しかし腹は減っている。
朝は絶食だし、最後に食べた昨夜の夕飯も病院食ということで量は少なかった。
そこで思い切って食べてみることにした。
・・・食べにくい。
絶望的に食べにくい、
鼻から血が垂れないように鼻の穴にガーゼを貼っているのが邪魔になっているのもあるが、完全に鼻の穴が塞がれていると、なんとここまで食べにくいものなのか。
これまで両鼻が鼻水で全く通らない状態は何度でもあったか、それはやはり鼻の穴全体で言うと一部分。
今回は手術跡の失血を止めるために鼻の入口から奥まで完全にガーゼが敷き詰められており、鼻の穴通らなさ度は鼻水ごときの比ではない。
そのため食べ物や飲み物を飲み込む際の空気の行き先がない。
これまで意識したことはなかったが、人が何かを飲み込む際は口や喉にある空気は鼻を通って排出されていたらしい。
鼻が鼻水で詰まっていて鼻から空気が逆流できない時は、おそらくそれこそ副鼻腔炎により膿が溜まっている上顎洞のような空間に空気を送って圧力の調整を行っていたのではないだろうか。だから鼻水がどれだけ詰まっていても物を食べるのも飲むのも違和感なく行えたのだ。
しかし今回は違う。喉から上顎洞へ向かう通路もガーゼによって塞がれており、空気の行き先がない。そうなると食べ物や飲み物がうまく流れず、喉ではなく鼻に来そうになっている。明らかに迷うている。
味噌汁飲むたびに軽く溺れているような感覚がある。この歳になって、味噌汁で溺れるとは思っていなかった。
ご飯が終わり部屋に戻り、すぐに横になる。
さほど出血はないが体が休養を求めている。
寝れない。
とにかく寝にくい。
横を向いて寝ようとするとガーゼの隙間から鼻血が垂れてくるため仰向けになって寝るしかない。
私は腰痛持ちでベッドのマットレスの上にさらに低反発のマットを敷いて寝なければすぐに腰が痛くなるほどだが、病院のベッドは床に煎餅布団を敷いて寝るかの如き寝心地の悪さのため、仰向けに寝ていると数十分で腰が痛くなりだす。
しかし横を向くと鼻血がたらり。
腰を取るか鼻を取るかの二者択一を迫られたわけだが、私は優しいのでどちらか片方を切り捨てることはできなかった。腰も鼻も大好きなんですね。
なので横になって寝て、鼻の穴に当てているガーゼをさらにテープで補強することにした。
しかしここにきてさらにケアが必要な部位が出てきた。
それは「くちびる」である。
鼻が完全に塞がれているため、当然100%口呼吸となる。
するととにかく唇が乾くのである。
いくら南国熊本といえどまだ桜も咲かぬ季節。夜間はエアコンによる加温が必要であるが、そのエアコンによる乾燥も相まって、私の唇はもうカッサカサ。ゴビ砂漠にいったら逆に潤うんじゃないかというほどに水気がない。
家が近くであれば家族にリップスティックを買ってきてもらえるが、残念ながら車で片道1時間である。ちなみに徒歩では8時間かかる。
というわけで腰をモゾモゾ動かしたりまたに起きては鼻の穴に当てたガーゼを取り替えたりペットボトルの麦茶を唇に当ててなんとか潤いを吸収しようとしながら、寝たような寝てないようなよく分からん感じで手術当日をなんとか乗り切ったのである。
続く。