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同じところで

illustrated by スミタ2024 @good_god_gold

 山合いのトンネルを抜けて緩いカーブを曲がり出したところで、前を行く車のハザードランプが目に入った。カーブの先は再びトンネルになっているから、その先がどうなっているのかはわからないが、どうやらここから渋滞しているらしい。
 甲斐寺が車の速度を落としてハザードランプを点灯させると、それを確認したのか先行車のハザードランプが消えた。車間距離を長めにとってゆっくりと後ろにつける。
 車列は完全に止まっているわけではなく、歩くほどのノロノロとした速度で動いているものの何があるかわからない。渋滞しているときに車間距離を取らずにぴったり近づけると、前の車がエンジントラブルで動かなくなった場合に身動きが取れなくなるから、普段よりも長めに車間距離を取るんだよと以前乗ったタクシーの運転手が教えてくれてから、いつも甲斐寺はそうしているのだ。
 カーナビに拠ればフェスの会場まであと二十二キロあった。どこまで続くのかわからないが、この車列がぜんぶフェスに向かっているとしたら、ここからしばらくノロノロ運転を強いられることになりそうだ。
 甲斐寺はスマートフォンで流していた音楽を切り、ラジオに切り替えた。チューニングを高速道路情報に合わせる。
――を先頭に忍トンネルまで十七キロの渋滞、しのぶ橋では乗用車どうしの事故のため――
「ふう」
 どうやら予想通り、この前にいるのはみんな同じフェスへ向かう車のようだ。交通の便が悪いところで開催されると専用のバスツアーに参加するか、こうやって自分で運転して行くよりほかない。
 甲斐寺はドリンクホルダーから缶コーヒーをとり、キャップを捻ってひと口飲でから、キャップを閉じてドリンクホルダーへ戻す。口の中に広がるのは苦い水で、コーヒーの風味はほとんど感じられなかった。
 ほどなく後ろから車がやって来た。後続車がハザードランプを点灯させるのをバックミラー越しに確認して、甲斐寺はハザードランプを消した。
「同じか」
 先行車に視線を戻してニヤリとした。
 甲斐寺が今乗っているものと同じレンタカー会社の車だった。それだけでなく車種も色も同じである。もしかすると前の人も同じ店で車を借りたのかもしれないなと甲斐寺は思った。
 たしかに最寄りのレンタカー店はあそこしかないし、この車種がたくさん並んでいたから、そういう偶然もあるだろう。いや、それどころか同じフェスへ向かっているのかもしれないのだ。同じ場所で同じ車を借りて同じフェスへ向かう。だったら一緒に行けばいいんじゃないか。そう考えて甲斐寺はさらに笑った。
 どうやら前の車の運転手も同じことを考えているらしい。半身を回してこちらを振り返り、呆れたように首を左右に振ったのがリアウインドー越しに見えた。
 ノロノロ運転はまだまだ続きそうだった。窓を開けて風を入れ、再び窓を閉めた。ゆっくり進む以外にできることは何もない。
 後の車がハザードランプを消すのがバックミラー越しに目に入った。さらに後ろから車が来たのだ。
 バックミラーをじっくり覗き込んだ甲斐寺はさらに笑い声を上げそうになった。後の車も同じレンタカー会社の同じ車種なのだ。
「全員同じかよ」
 そう言いながら前方を見て、甲斐寺は思わず眉根を寄せた。カーブの先、再びトンネルへ入って行くあたりまで、ずっと同じ車が並んでいるのだ。
「なんだこれ」
 いくら同じ場所で車を借りて同じフェスへ向かうにしても、こんなに同じ車がずっと並ぶなんてことがあるのだろうか。

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