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躓いた女

illustrated by スミタ2024 @good_god_gold

 見上げるようにそびえ立つガラス張りのビルは、雨がやんだばかりの雲間から射す陽を受けて眩しいくらいに輝いていた。那津子は広々としたホールを抜けて外に出た。暑い。
 ふうと大きくため息を吐いたのは暑さのせいだけではなかった。どうしよう。足に力が入らず、うっかり気を抜けば膝が折れてしまいそうになる。乾き切った喉の奥にはヒリヒリとした感覚があった。ビルから一歩離れたところで那津子はぼんやりと足元を見つめた。濃いベージュ色のビットローファーが小さな水溜まりに入りかけている。
 目尻から涙が落ちそうになっていることに気づき、那津子はあわてて顔を上げた。
 休日のオフィス街にはほとんど人通りがなく、澄み切った空気と妙な静けさがあたりをそっと包み込んでいた。
 ダメだった。ダメになった。
 この事実をみんなにどう伝えればいいのかわからなかった。胃の奥にずしりと重いものが詰まっているように感じる。決して那津子のせいではないとはわかっているが、それでもこの悔しさはどうにも収まらない。

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