もたれ掛かるための道具

 昨年の秋に股関節を人工関節に入れ替える手術を受けてから、そろそろ三ヶ月になろうとしている。病院でのリハビリ期間を省略して、あとは自分でやるから大丈夫ですとさっさと退院したのがいけなかったのか、それともやたらと太い骨や大きな筋肉を切り刻んだので治りが遅いのかはわからないけれども、まだそれなりに痛みがあって杖なしでは長い距離を歩くことができずにいる。じっと立っていると平気なのだけれども、歩いて足に衝撃が加わると、だんだん痛みが出てきて、やがて一歩も歩けなくなるのだ。
 それでも、これまではまったく動かない単なる棒の上に乗っていた上半身が多少は前後左右に動く棒の上に乗ったわけで、二十数年前に車椅子から杖での移動に変わったときに比べればずいぶん楽になったなと感じている。
 たとえ動く範囲は狭くても関節が動くのと動かないのではまるで感覚がちがう。このままあと数ヵ月も経てば痛みを感じることなく歩くことができるようになるのか、それともずっと杖が必要になるのかは、今のところまだわからない。
 とはいえ、まさかそんな状態で満員列車に乗る羽目になるとは思ってもいなかったから、杖をつきながら車両に乗り込むときにはかなり緊張した。もともと僕は満員列車が苦手だから、いつもなら混んでいない列車が来るまで何本でもやり過ごすのだけれども、この日はそのあと特急列車への乗り継ぎがあったので、速度を落としながら地下鉄のホームへ滑り込んできたその車両にどうしても乗る必要があったのだ。

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