野生動物じゃなかったから

 今日は朝から病院へ出向いていた。この十月に股関節を人工関節に置き換える手術をやったのだが、その経過を確認するための検査と診察である。
 検査のことはさておき、僕が手術をしてもらったのはそれなりに大きな病院だから、今日も朝からたくさんの人が院内にいて、それぞれが検査の順番を待っていたり、外来の受付に並んでいたり、会計窓口の電光表示板を眺めていたりする。入り口すぐのエントランスロビーはかなり広くて、たぶん二百人ほどの患者がベンチに腰掛けていたんじゃないだろうか。
 そんな彼らを見ているうちに、僕はふと気づいたのだ。もしも僕たちが野生動物だったら、ここにいる人たちの多くは、たぶんもう生きてはいないのだと。
 大きなケガをしたり重い病気に罹ったりした野生動物は、治療などできるはずもなく、ただ死を待つばかりである。もちろん簡単なケガなら自然治癒するだろうし、中には病気から回復するものもいるだろうが、きっと殆どの個体は生き延びられない。
 僕自身に限っても、今回の手術はたぶんやらなくても生きてはいけただろうけれども、それ以前に先天性の障害があるし、生まれかたにもやや問題があったから、おそらく生まれてすぐに死んでいたはずで、そう考えると長年かけて医療を発達させてきた先人たちには感謝するほかない。
 人類がここまで世界中に広がって今や地球の上で我が物顔ができるのは、少なくともその理由の一つはケガや病気を治す方法を手に入れたからなのだろう、なんてことを思う。
 昨今、医療者に対して辛辣な言葉を投げかける人たちを見かけることがあるが、自然界の生存率に鑑みると、もしも僕たちが野生動物だとしたら、そうした言葉を投げる人たちの多くは、すでにこの世にいないのだ。

ここから先は

0字
この記事のみ ¥ 100
期間限定 PayPay支払いすると抽選でお得に!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?