雑・日本沈没
illustrated by スミタ2021 @good_god_gold
ロシア対外情報庁長官の元へ連絡が届いたのは早朝のことだった。
「長官、日本が沈没しました」
通信端末の向こうで担当係官が興奮している。
「ついに破綻したか。ここのところ経済も政治も空回りしていたからな」
長官はベッドに横たわったまま長く伸びたあごひげを指先で摘まみ、くるくるとねじった。
「いいえ。そうではなく物理的な沈没です。実際に沈没したのです」
その言葉を聞いた長官はガバッと上半身を起こし、腰を軸に身体を回すとベッドサイドに腰を下ろした。
「このあいだドラマでやっていたあれか? これまでにも何度か映画やマンガでやっていたあれか? あれが実際に起こったのか?」
そう尋ねながら、長官はサイドボードに埋め込まれているモニタのスイッチを入れた。刻々と表示される軍事衛星のリアルタイム画像からは、確かに日本が消えているように見える。
「本当に日本が沈没したのか」
「ええ。間違いありません」
「どこまでだ?」
長官は通信端末をスピーカーに切り替えた。
「はい?」
「北方四島は?」
「沈みました」
「おい、ちょっと待て。おかしいだろ。あそこはロシアだぞ! 我々の領土なんだぞ」長官はベッドから降りて、すっくと立った。
「いや、でも日本側は日本だと主張していますし」
「それで一緒に沈んだというのか?」声を荒らげる。
「ええ、まあ」
「なんて勝手なことを!」
長官は頭を抱えた。これをそのまま大統領に報告すればどんな叱責を受けるかわからない。
「ああ、もう日本め。雑だよ。雑すぎる。なんでその辺をちゃんと整理してから沈まないんだよ。雑なことをされるとこっちが困るんだよ」
長官はしばらくモニタを見つめたあと、黒いマジックペンを手に取って、モニタのガラス面に四つの細長い島を書き込んだ。
「もうこれでいいよ。あいつらが雑に扱うのなら、こっちだって雑に扱ってやる」
一人そう呟くと、長官は再びベッドに潜り込んだ。窓の外には夜明けの光が少しずつ満ち始めていた。
ここから先は
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?