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抜く人

illustrated by スミタ2023 @good_god_gold

 席に着くとすぐに店員がやって来た。
「お飲み物のご注文からお願いします」
「じゃあ、ビール」
「僕もビール」
「私はレモンサワー」
「俺は烏龍茶。あったかいやつ」
 みんな口々に好きなものを注文していく。大学の同期だから互いに気を遣うこともない。
「うーん、どうしようかなあ」
 木寺はメニューを覗き込みながら首を捻った。
「何? 木寺はビールじゃないの?」
「うん。オレ炭酸が苦手なんだよね。ここがシュワシュワって痛くなるじゃん」
 木寺は喉のあたりを指先で摘まむような仕草を見せた。
「それがいいのに」
「あのう」
 店員がおずおずと口を開く。
「炭酸、少し抜きましょうか?」
「え?」
 席にいた全員がきょとんとした顔になった。
「サワーなんかでも炭酸が苦手な方がいらっしゃいますので、抜くことがありますし」
「そんなことができるの? だってビールだよ?」
「はい。専門のスタッフがいるのでたぶんできると思います。炭酸少なめになさいますか」
 店員は口をキュッと上げて歯を見せた。
「じゃあ、そうしよう。オレもビール。炭酸は少なめで」
「かしこまりました」
 店員はきちんと頭を下げるような下げないような、中途半端なお辞儀をして素早くその場から立ち去っていった。
「で、お前の会社どうなのよ」
「うちはもうヤバいよ」
 雑談が始まったところで、店員がやって来た。さっきとは別の店員だった。
「お飲み物をお持ちしました」
「来たよ、来た来た」
「ビールのかたは?」
「はい、で、こっちが烏龍茶」
 店員から受け取ったグラスを手早く渡していく。上司部下の関係じゃないのでこのあたりも気楽だ。
「ビール、炭酸少なめのかたは?」
「あ、オレです」
 木寺が手を上げた。
「はい、それでは」
 店員は、いきなりお盆に載っているビールジョッキにストローを差すと、その端をくわえて勢いよく吸い込み始めた。
「何? え? それって何してんのさ?」
 みんな目を丸くして腰を浮かせたまま店員をじっと見ていたが、やがて納得したように深く座り直した。
 ジョッキの底から小さな泡がどんどん湧き上がり、そのままストローの中へ吸い込まれていくのだ。
 しばらく泡を吸い続けた店員は、やがてストローから口を離して大きなゲップをした。
「炭酸、半分くらい抜いときました」
「あ、ああ」
 呆気にとられたまま木寺はジョッキを受け取る。
「ご注文がお決まりになりましたら、そのボタンを押してください。あと、何か抜きたいものがありましたら、そちらの黒いボタンで私をお呼びください。肉の脂とかお寿司のワサビなんかも抜けますので」

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