組み立て式の家具
部屋の中に置かれたダンボール箱をひと目見て、有音は不満そうに鼻を鳴らした。
大きなダンボール箱が二つ重ねて置かれた上に一回り小さなダンボール箱が無造作に乗っている。その塊が二つあるから全部で六つのダンボール箱が狭い部屋の中に置かれているのだ。
廊下に立ったままトートバッグをドサリと床に置いて、おもむろに腕を組んだ。
「なによこれ」
誰に言うともなく呟いて、もう一度鼻を鳴らした。
「棚」
部屋の奥から声が聞こえた。
「この間いっしょに注文したじゃん」
そう言って箱の向こう側からひょいと顔を出したのはルームメートの彩だ。どうやら箱と箱との間で寝転がっていたらしい。犬の絵が描かれたTシャツを着て、もともと短めの髪を頭の天辺でくくっている。
「こんなにたくさん頼んだっけ?」
有音は首を傾げた。頼んだのは組み立て式のワードローブとチェストだ。それにしては箱の数が多すぎないか。
「二つだよ」
彩が箱の隙間から廊下へ出てきた。
「まだ中を見てないけど、たぶん部品が別々になっているんだと思う」
手を伸ばしてダンボール箱をポンと叩いた。
窓から差す光が床に大きな輪を作っている。秋の柔らかな光線の中で、舞い上がった埃がキラキラと輝いていた。
有音は腕を組んだままだ。
「いっしょに開けようと思って有音が帰ってくるのを待ってたんだ」
笑うと彩は子どものような顔になる。
「あれ?」
有音の眉がすっと寄った。
「これって、組み立てサービスを頼まなかったっけ?」
「本当だ!」
彩の口があんぐりと開いた。
「配達の人、中まで運んでくれて親切だなって思ってたけど、そうだよね、組み立てお願いしてたよね」
「ちょっと彩。なんでそのときにちゃんと確かめなかったの」
「ごめん。忘れてた。どうしよう」
両手を合わせて腰を軽く曲げた彩が、上目遣いで有音を見た。口がわずかにへの字型になっている。彩が有音に何かを頼るときにいつも見せる表情だった。
「自分たちでやる? ダイニングのテーブルは自分たちでやったじゃん。たいへんかもしれないけどさ」
「まあだだよ」
開けっぱなしの窓の外から、子どもたちの遊ぶ声が聞こえていた。休日の午後が静かに過ぎていく。
有音はしばらく考え込んだが、やがて首を左右に振った。
「やっぱり電話しよう。お金も払ってるんだし」
有音はスマートフォンを取り出し、ダンボール箱に貼られた送り状に目をやった。
「ダメ、つながらない。日曜だから営業所はお休みっぽい」
スマートフォンの画面を消して、有音は彩に顔を向けた。
「ええっ、なんで」
「なんでって、営業所だからでしょ。配達とは別なんじゃないの」
「じゃあ、これどうするの? ちゃんとしてくれないと困るよね」
まるで自分の落ち度などなかったかのように、彩は堂々と言い放った。
「開けてみる?」
「そうねぇ」
いずれにしてもダンボール箱で部屋が埋まったままにはしておけない。
二人は一番大きな箱を開けることにした。部材と説明書を見て、手に負えないようなら、あらためて組み立てを頼めばいいと考えたのだ。
「どうしようもなかったら弟に来てもらう手もあるしね」
「伊輪くん、元気なの?」
「わかんないけど、元気なんじゃないの」
箱の中には、ネジ穴の開けられた大きな木製の板が何枚も入っていて、その間に四つ折りになった白い冊子が一冊はさまっていた。
「これだね、説明書」
冊子を広げた彩がうなずいた。部品の番号以外には文字を一切使わず、絵だけで組み立て方法を説明している。言葉がわからなくても簡単に組み立てられるようになっているのだ。
「たぶん、工具がいるみたいだ」
説明書を指で追っていた彩が困惑したような声を出した。説明の何か所かに工具の絵が描かれている。
「えっ。だってうち、工具なんてないでしょ」
「あ、ちがうちがう。組み立てに使う工具も入ってるんだね、そっちに」
彩はもう一つの大きなダンボール箱を指差す。
「さすがだね」
「とりあえず箱を全部開けて、部品が揃っているかどうかをまず確認しよう」
そう言って有音は、まだ梱包されたままのダンボール箱を開け始めた。
「きゃああっ」
いきなり有音が悲鳴を上げた。
「うわあああ」
いったい何ごとかと箱の中へ目をやった彩も思わず大きな声を出す。
ダンボール箱の中には、大柄な男性が入っていた。青いシャツに青いズボン。シャツの胸にはメーカー名が黄色い糸で刺繍されている。
「あなた誰ですか、何ですか、そこで何をしてるんですか」
上擦った声で有音が聞く。
「あ、僕、組み立てサービスの者です」
「はい?」
「組み立てをする人間も、工具などといっしょにセットになっておりまして、ほら」
彼は彩の手から冊子を取り、部品の一覧が載っているページを開いた。
部品表の最後には金槌やらペンチやらの絵が描かれていて、そこに風采の上がらない男の姿もあった。部品番号は〇一M-〇〇一。どうやら小型のドライバーや六角レンチなどの工具と同じく、彼もパッケージに含まれているらしい。
「ええっと」
二人はどちらからともなく顔を見合わせた。
「この絵が、あなた?」
男性に顔を戻して有音が聞く。
「はい」
男性は和やかに頷いた。
「もうご確認されましたか? 僕も含めて部品はぜんぶ揃ってますか?」
「ええ、たぶん」
「では、すぐに組み立てます」
箱の中からのっそりと出てきた男性はダンボール箱から次々に部材を取り出し、手際よくワードローブの組み立てを始めた。注文するときに組み立てサービスを頼まなければ、彼はついてこないのだろう。
「そういう仕組みなんだね」
「そうみたい」
底板に側板をとりつけて背板を仮止めする。側板にダボを打ち込み、棚板を乗せていく。扉の蝶番を嵌め込み、角度を合わせる。
さすがはメーカーが部品としてつけている組み立て要員である。みるみるうちに大きなワードローブができあがっていく。まさしくプロの仕事だった。黙々と作業を進める男性を二人は呆然と眺めるだけだった。
「できました」
男性は空になったダンボール箱を丁寧に潰して折り畳むと、二人に向かって軽く頭を下げた。
「すごい!」
「速い!」
二人が手を叩く。
「どこに置きましょうか?」
「そこの壁際にお願いします」
有音が部屋の隅を指差すと、男性は大きなワードローブを両腕で抱え込み、軽々と持ち上げた。ゆっくりと壁際まで進んで静かに下ろす。
二人の想像通りのワードローブが部屋に置かれた。完璧だった。
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