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夜まで待てば

illustrated by スミタ2024 @good_god_gold

 昼時の商店街に広がった香りに食欲を刺激されて、井間賀は思わずゴクリと唾を飲んだ。見ると、中華料理店の持ち帰りカウンターで饅頭が売られている。
「これって肉まんなの?」
 カウンターの前に立ってせっせと饅頭を並べているのは店主の妻と娘だ。息子は店の中で父親を手伝っているのだろう。
「あ、井間賀さん。こんにちは」
 饅頭の入ったケースを抱えたまま娘が軽く会釈をした。
「えーっと、肉まん。そうですね。肉まんになりますね」
「じゃあ、一つもらおうかな」
「はい、ありがとうございます」
 店主の妻は竹製のトングで肉まんを一つ掴み、白い片貼袋で包むと井間賀に手渡した。
「どうも」
「あ、それさ」
 代金を支払っているところに、カウンターの中から店主が顔を覗かせた。
「食べるの夜まで待ってよ」
「え?」
 井間賀は首を傾げた。
「夜なら肉まんだけど、それまではダメだから。ね。夜までダメだよ」
 店主は首に巻いていた青く細いタオルで顔の汗をぐわと拭き、再び店の奥へ戻っていった。
 
 チューブから絞った辛子をテーブルの小皿に乗せたあと、井間賀は肉まんの入った白い袋をしばらくじっと見つめた。
 夜なら肉まんだけど。
 店主はそう言ったが意味がわからない。それじゃ、今は肉まんじゃないのだろうか。肉まんじゃないとしたら何なんだ。夜までは何まんなんだ。
 井間賀は肉まんの袋を手に取って包みを開いた。八角の甘い香りが周囲に漂う。ぐうと腹が鳴った。やっぱり我慢できない。電子レンジで温め直すか、このまま食べるか。
 両手で肉まんを持って二つに割った。
「え」
 井間賀の目が丸くなる。中に人がいた。人が肉まんの中からこちらを見上げている。

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