これが我々
illustrated by スミタ2021 @good_god_gold
宇宙より飛来した謎の構造物が地表へ着陸してからすでに三日ほど経つが、着陸する際に砂埃を激しく巻きあげた以外、未だに何の動きも見せずにいた。
ときおり発光するクリスタルのような外壁は、透明なのに中を見通すことはできず、人々は数百メートルの高さにものぼるその巨大で奇妙な物体を遠巻きに取り囲み、ただ呆然と見つめるほかない。
動きもなく中も見えないのに、それでもなぜかこの透明な外壁の向こうに、誰かがいる気配だけは伝わってくるのが不思議だった。それも一人や二人ではない。かなりの人数がいるように感じられるのだ。
あれは人類を滅ぼしに来た凶悪な連中だからすぐに攻撃して排除しなければと騒ぎ立てる者もいれば、今後の人類を導くために訪れた偉大な存在なのだと畏敬の念を持って受け止める者もいたが、いずれにしても意図がわからなければどうしようもない。
各国の首脳たちはこの三日間、不眠不休の議論を重ねた末に、ようやく宇宙からの飛来物への対応について合意した。
「あの中には本当に誰かがいるのか。いるとしたらそれは誰なのか。そして地球へ何をしに来たのか。まずはコミュニケーションをとってそれらを確認すべし」
あたりまえの対応だが、誰もが納得できる対応だ。
宇宙人とのファーストコンタクトを託されたのは科学者たちだった。
「この宇宙で起こるほとんどの現象は、たった一つの数式で表すことが出来るのです。まず十七ある素粒子それぞれを振動する紐だと考えます」
科学者を代表して素粒子物理学者の丸古博士が嬉々として数式の説明を始めようとしたが、国連の担当者が慌てて遮った。
「今はその解説は結構です」
「え?」丸古が残念そうな顔になる。
「いいから先へ進んでください」
「はい。この数式を伝えれば、我々がどこまで宇宙を理解しているかが彼らにもわかる筈です。遠く宇宙から飛来しているのですから、当然この数式についても知っているでしょう」
どれほど姿形が異なろうとも、あるいは言語や文化や感覚が違っていても、少なくともこの宇宙を司る法則に従っている点は同じだ。見知らぬ者と接するときには共通するものを探すのがいい。数式を使って、我々もあなたたちと同じ存在なのだというメッセージを届けるのだ。
科学者たちの意見はすぐに採用され、構造物の前に巨大なディスプレイパネルが設置された。ここに数式を映し出すのだ。
世界中が固唾を吞んで見守る中、人類の知の結晶とも言える数式がパネルに表示された。
宇宙を表す数式。それは人類が表現する宇宙の姿であり、人類そのものを示す物差しでもある。
「ご覧ください。これが我々、人類です」
丸古博士がクリスタルの外壁に向かって自信たっぷりな声で厳かに話しかけた。
突然、それまで発光を繰り返していた構造物からふっと光が消えた。どうやら数式を読み取っているらしい。しばらく静寂が続いた。誰もが息を殺すように押し黙り、身体を強張らせている。
「ぷっ」
「ぷぷっ」
何かに我慢ができず、思わず噴き出したような失笑の声が構造物の中から聞こえた。
「ちょっと待ちなさい。何がおかしいのだ。この式をよく見たまえ」顔を真っ赤にした丸古博士は目を剥き、構造物に向かって大きな声を出した。
「ぶはっ」
「ん、んふっ」誰かの鼻から息が漏れるような音も聞こえてくる。
そうして再び静寂が構造物の周囲に漂った。
間違いなくあの中には誰かがいる。それも一人や二人ではない。そして、少なくともこちらからの投げかけに反応したことも確かだった。はたしてこのコミュニケーションはうまくいったのだろうか。各国の代表と科学者たちは不穏な表情で顔を見合わせた。
構造物は相変わらず何の動きも見せないままだった。
やがて。
ゴゴゴゴゴ。構造物から発せられた唸り声にも似た低い音が人々の腹の底に響き渡った。見ると巨大な構造物がゆっくりと宙に浮かび始めている。
人類と宇宙人とのファーストコンタクトを見物しに訪れていた人々は、ふわりと宙に浮いた構造物を唖然とした顔で見つめていた。
ヒュンッ。巨大なクリスタルの塊が突然、凄まじい速さで飛び去った。まっすぐ空へ向かった構造物はみるみる小さくなり、次の瞬間、流れ星となって天空を大きく横切り、そして消えた。
巻き起こった突風に倒されたディスプレイパネルが、丸古博士の目の前に落ちる。
「あああっ」パネルの数式を見た丸古博士が大声を上げた。
「一カ所間違ってた」
(了)
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