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視力検査

illustrated by スミタ2021 @good_god_gold

 簡単な問診が終わって、看護師が検査の準備をしている間に、とりとめのない雑談になった。
「それにしても、最近インチキ療法に引っかかる人が多いじゃないですか。あれってどうしてなんでしょうね」
 眼科医の飯尾先生は、甲斐寺と同じ地元高校の出身で、かつ同じ町内に住んでいることもあって普段からよく顔を合わせるものだから、ここへは診察というよりも茶飲み話をしに来ている感覚に近い。
「あんなの、どう考えてもおかしいじゃないですか」
「基本的に人間は、自分の見たいものしか見えないようにできているんですよ」
 飯尾先生は肩をすくめてみせた。
「見たいものしか見えない、ですか」
「心当たりあるでしょ?」飯尾がニヤリとする。
「いやいや、目医者がそれを言っちゃダメでしょう。ちゃんとなんでも見えなきゃ困りますって」
「あははは、確かにそうですね」
 照れくさそうな顔で飯尾は顎に手をやり二、三度掻いた。
「先生、準備が出来ました」
 タイミング良く看護師の声が掛かる。
「はい。それじゃあ始めましょう」
 ブラインドが閉じられ、窓からの明かりが遮られた。
 カシャンと機械的な音が響いて、飯尾の向こう側に置かれた画面が暗くなった。
「それでは右目から。左目をふさいでください」
「はい」 
 甲斐寺は黒いスプーン状の器具を左目に当てた。
 カシャン。再び音が鳴って、画面に何かが映し出された。
「見えますか?」
「ええ、輪が見えています」
 飯尾は真剣な顔で頷いた。画面には視力検査でお馴染みの、一部が欠けた輪の絵が映っている。
「いくつ見えますか?」
「右……、あ、えっと、三つ……ですね」
 甲斐寺は一瞬詰まってから答えた。ふだんの検査では、輪の欠けている方向を答えるから、今日もつい向きを答えようとしたのだった。
「三つ?」
「はい」
 体の他の部位と同様、年相応に視力も衰えてきたとはいえ、さすがに輪の数くらいはわかる。これならいつもの検査よりも簡単なくらいだ。
 カシャン。
「では、これは」
「二つです」
「ううむ、それではこれは?」
 カシャン。
「五つです」
「五つ?」
「ええ」
「うーん」飯尾が唸り声を上げた。
 何か答え方が違っていたのだろうか。
「あ、すみません。わけて言うんですね。赤が二つと青が三つです」
「なるほど」細かく頷きながら飯尾はパソコンに向かって何やら入力を始めた。
 いったい何がなるほどなのか、甲斐寺にはさっぱりわからない。はっきりしていた。赤が二つと青が三つ。もっと言えば、赤のうち一つは右側が欠けていて、もう一つは下が欠けている。青は右と右と上だ。

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