押し込む
ふいに部屋の隅からガリッという耳障りな音が聞こえて、それまでソファに寝転んで本を読んでいた端美はゆっくり半身を起こした。いつのまにか日が暮れて部屋の中はすっかり薄暗くなっている。
「うわ、もうこんな時間?」
端美はスマートフォンで時刻を確認したあと、のろのろとソファから降りて壁のスイッチに手を伸ばした。
天井の明かりが灯ると、それまで室内に入り込んでいた休日の夕暮れはしばらくどこかへ追いやられたが、窓の外では空から夜が静かに降りつつあった。
喉がカラカラに乾いていた。テーブルに本を置き、ペットボトルの水を飲んでから音の聞こえるほうへ目を凝らす。
ガリッ。ガリガリッ。
硬いものを擦り合わせる耳障りな音は、どうやら電源コンセントの奥で鳴っているようだった。
両手でグシグシと目を擦り、そのまま顔を強く撫でてから端美は部屋の隅へ向かった。床に伏せるような格好になってコンセントの小さな穴から中を覗き込むが、暗くてよく見えない。テーブルへ戻ってスマートフォンを手にした端美は再び腹這いになった。
スマートフォンのライトを点けて穴にかざすとコンセントの奥で何かが動くのがチラリと見えたような気がした。
ガリッ。
もう一度音が聞こえて、それっきり音は止まった。
「えっ、何? 今の何?」
さらによく見ようとコンセントに顔を近づけた瞬間、いきなり穴から何かが飛び出して、端美は思わずのけぞった。
先の尖った針のようなものが穴から一センチばかり顔を出していた。太さは一ミリほどで黒いが、先端だけはクリームがかったオレンジ色をしている。どこかサボテンの棘に似ていると端実は思った。
「何これ」
棘はしばらくその場でくねくねと動いたあと、やがて飛び出してきたときと同じように素早く引っ込んだ。
ぞわと背筋に悪寒が走った。まちがいない。この中に生きものがいる。いったい何がいるのかはわからないが、中で感電でもされたら大変なことになりそうだ。
端美は唇をぎっと噛み、コンセントのパネルを見つめた。パネルは四隅をネジで留められているが、そのネジの頭がわずかに盛り上がっているように見えた。
ガリッ。
またあの不快な音が聞こえ始めた。
見ればあの棘が、コンセントの穴からこんどは数本飛び出している。さっきよりも飛び出しているが、根元がグニャリと曲がっていて、中から無理やり押されているようだった。やがてネジだけでなくパネルそのもののが壁から僅かに浮き始めた。あきらかにコンセントのパネルが内側から何かに押されていた。
「どうしよう」
端美は慌てて立ち上がり、二歩ほどあとずさった。恐くてたまらないのに視線をコンセントから外すことができない。
パキッ。妙に軽い音がして、コンセントのパネルが割れた。
続いてスポンッと空気の抜けるような音が鳴り、二つに割れたパネルが観音開きのように中央から左右に分かれると、中からテニスボールほどの黒い球体が勢いよく飛び出してきた。球体は床の上をガタガタと硬い音を立てて転がり、反対側の壁にぶつかって止まった。
端美はおそるおそる球体に近づいた。球体は黒く長い棘でびっしりと全体が覆われている。
「ウニ?」
ウニだった。
スポンッ。再びコンセントの中からウニが飛び出してきた。床の上を転がり、端美の足元を抜けて壁にぶつかる。続いてもう一つ。スポンッ。さらにもう一つ。スポンッ。さらにもう一つ。ウニは次から次へと飛び出してくる。
あっというまに床はウニだらけになった。スポンッ。それでもまだウニは飛び出し続けている。いったいどれだけのウニがコンセントの中にいるのだろうか。
近くに海があるわけでもないのに、このウニたちはどこからやってきたのだろう。それともコンセントの中で増えたのだろうか。
スポンッ。
どちらにしてもただごとではない。管理人に相談しなければ。
端美は増え続けるウニを背に、部屋を出た。端美の部屋は三階建ての二階にある。廊下をわたり、カンカンと音の良く響く金属製の階段を降りたところで、生け垣の中に長い脚立が立てられているのが目に入った。
スポンッ。端美の部屋からは相変わらず空気の抜けるような大きな音が聞こえている。
見上げれば、すっかり暗くなってはいるものの、三階の屋根にまで伸びた脚立の上で誰かが動いている影ははっきりとわかった。
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