消えていくお菓子「甘食」が愛おしくてたまらない
幾年ぶり甘食を食べた。久しぶりにじいちゃんと飯を食べてる気持ちになった。中野のワンルームに渋くて甘い実家の匂いが立ち込めた。
僕の家は山梨の片田舎の農家だった。
畑仕事の合間に決まって出されるのが、歌舞伎揚げにぽたぽた焼き、そして甘食であった。
使い込まれた菓子盆の上にこんもりと盛られていて、学校帰りの僕は縁側に腰掛けながら食べたのをよく覚えている。ほっこりとした気持ちになった。
地方への出張のとき、ふらりと寄ったスーパーでヤマザキの甘食を見つけた。
「なんだこんなところにいたのか」
思いがけない懐かしの顔との再会である。あいかわらずの赤と透明の袋に、2個づつ背中合わせに重ねられて入れられている。
最後に会ってから数十年。僕もいい年になり学校も出た。
風貌も変わり方言も消え、すっかり都会に染まっている。打って変わって甘食は何も変わらない。あの頃のままだった。
手に取り250円ばかりのお金を払って家に帰る。
シャカシャカとした袋を開けると甘い香りが部屋全体に立ち込めて、子供の頃の記憶が蘇った。
給食袋蹴りながら歩いた帰り道や薄いカルピスを飲みながらゲームをやった友達ん家、親に連れてかれた地域のお祭り…
ヤマザキの工場では袋詰めする前に、まだテレビのアスペクト比が4:3だったときの空気を吹き込んでいるに違いない。
富士山のような、UFOのような、お椀のような、無限に例えられそうな平べったい円錐形のフォルム。
べたべたの皮を掴み二つに割ってみると、ボロボロと崩れる。
一発で口の中の水分を奪っていく乾パンのような食べ心地と「甘」と名前にはいるのも納得の甘さ、口の中の上部にべったりと皮が貼りつく。
お菓子としてもパンとしても洗練されていないが、不完全なところが愛おしい。
「これ、また食べたいな!」
そう思い中野のスーパーやコンビニを何軒かハシゴしてみたのだが、売られていなかった。
店員に聞いてみると、ここ数年は入荷していないのだという。
家に帰り検索してみるとサジェストに「甘食 売っていない」と出てきた。
なんと、あれだけ食べていたお菓子が絶滅危惧種になっているようなのだ。
◇ヤマザキ以外の「懐かしい」を探して…
それからも街の小売店を何軒か尋ね歩いてみた。
探偵のように一軒、二軒、三軒と聞き込み調査をする中で新たな情報が入った。
情報をくれたのはパン屋が併設されているスーパーで、そのお店では5年前まで独自の甘食を提供していたそうなのだ。
頭から抜けていたが、ヤマザキ以外にも他にもたくさんの甘食があって、たくさんの「懐かしい」を作っていたはずだ。
…きっとどれも絶妙な美味しさを感じられるに違いない。
その考えが頭の中にビビッと走った瞬間、都内近郊の甘食を売っているパン屋を片っ端から巡ることにした。
○ ふわふわのクッキーのような食べ心地「オンディーヌ」(上野)
最初にみつけられたのは上野「吉池」併設のパン屋「オンディーヌ」だった。
吉池といえばアメ横に古くからあるスーパーで、鮮魚のイメージが強いけど地下のグロサリーもなかなかいい。
パン屋の入り口を覗くと、お目当ての甘食が並べられていた。
土曜の17時に行ったのにかなりの量が残っていて、明日も売ってくれるのか不安になる。
三角形の頂点が丸められていて、富士山型というよりも浅間山に近い。
なんとも可愛らしい見た目をしている。
一口頬張ると、見た目以上のふんわり食感。口の中に貼り付くことなく、さらりと食べられた。
食べ心地は小麦が焼けた香ばしさやミルキーな香りもあり、ふわふわのクッキーだと思ってくれていい。
ふむふむ、これが手作りか…。
工場生産の甘食しか食べたことがなかったからか、とても新鮮に感じる。
○100年以上も愛されている老舗の味「明治堂」(王子)
続いて訪れたのは王子の明治堂だ。
駅を出て小さな商店街を抜けると見えてくる街角のパン屋。1889年創業、地元の人に愛される老舗のパン屋である。
棚の片隅にひっそりと置かれていた甘食は、創業以来売り上げを支え続けているメニューだそうだ。
とはいえ煌びやかな表舞台でスポットライトを当てられていないのが、なんとも甘食らしい。
見た目は特徴的で、富士山が噴火してた。
焼き立てであったためか、外側のもそもそ食感から内側のしっとり食感へのグラデーションがいい。
甘さ控えめで卵の風味が強め。鄙びた街並みによく合う味だった。
○フランス発のおしゃれパン屋「ジョアン」(目白)
3軒目は目白の学習院大学前にある「ジョアン」。
フランス発、三越が展開するパン屋さんなのだそうだ。
街角のパン屋だけでなく、おしゃれなパン屋でも甘食を扱ってくれていて嬉しい。
甘食というとまとめていくら〜で棚に並んでるのをよくみるが、ジョアンでは1個づつで売られていた。
カフェが併設されていて、サクッと食べるにはこの量がぴったりだ。
色は美白。おしゃれなお店はこれまでの街角のパン屋とは一味違う。
食べ味的にはスコーンに近い。
非常に軽やかで甘さは控えめ、真の方までもそもそしている。
とにかくドリンクを欲しくなる味だったので、コーヒーを頼んでおいて良かった。
○誰もが懐かしく感じるあの味「みんなのぱんや」(丸の内)
最後は東京・丸の内で見つけた「みんなのぱんや」だ。
東京駅直結で意識が高いラーメン屋やおしゃれなカフェ店、格式高い定食屋が並ぶ中に突如としてゆるめなお店が現れる。
メニューを見てみるとコッペパンやあんぱん、カレーパンが売られていた。
「ノスタルジー」を売りにしているようだけど、
誰1人懐かしい気持ちを抱かないであろうこの町で、なぜそれを売りにしているのかいささか謎だ。
なだらかなお椀型。僕の手が大きいから小ぶりに見えてしまうが、割とビッグサイズだった。
非常に人気のパン屋なのだそうで、取り置きしてようやく手に入ったので、お店に行く際には気をつけて欲しい。
外側の狐色の部分も含め全体的にしっとりタイプ。
甘さがあり最も子供から好かれそうな味だった。
◇お気に入りの品との本当の別れとは?
いろいろと足を運んでみたが、やはり聞こえてくるのは「今はもう出していない」の声だった。
ネットに数年前の情報があっても終了してしまっていることが非常に多い。体感では3軒に1軒出していればいい方だった。
さらにパン屋独自の甘食だけでなく、工場生産の甘食までも少なくなっているのだ。
消えてしまった食べ物がある。
「梅ジャム」や「わたパチ」「らあめんババア」など、子供の頃の記憶が蘇る食べ物は次々と生産停止になっている。
思い出の品との別れは仰々しいものではなく、気づくと食べなくなっていて、生産終了のニュースを見て「えっ、終わっちゃったの!」と思うことが多い。
SNSのタイムラインに表示される「甘食生産終了」の文字を見て「あれ?いつ食べたっけな?あの時が最後だったんだ。」と思わないようにしっかりと味わっておきたい。
▲たまにインスタで甘食の情報を募集したり発信したりしているのでフォローしてください。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?