勇ましきもの、カイネル

この文書は以下の動画から見えた幻覚です。先に以下の動画をご覧ください。
https://youtu.be/GnqK04l9PIc

https://youtu.be/GnqK04l9PIc?t=780

登場用語は以下の通りです。
勇者、ヌルポコ
戦場を駆けるドクター、パスラス
ナルシストな美剣士、ミトカラルト
すぐ大砲をぶっぱなす豪快な海賊、ドラベル
美しき女格闘家、ドルア
トカゲ族の槍使い、ロアネシュ
泣き虫の吟遊詩人、カイネル

運河の町・レッドナイヤー

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勇者一行は、逃げていた。
新たな大陸への旅路を求め、運河の町レッドナイヤーに向かう道中にある洞窟。
洞窟というと聞こえは悪いがここはレッドナイヤーに通じる唯一の陸路であり、当然レッドナイヤーから派遣された衛兵たちがその中を守っている。そうでなければ、船を持たない者はレッドナイヤーに入れなくなってしまうから。
そして、その衛兵たちを信じて洞窟に入ってすぐ。10分もしないうちに、「背後から」モンスターたちが襲い掛かってきた。
……入口に居た衛兵たちは、モンスターが化けた姿だったのだ。詰所に居た者たちも皆そうであったのだろう、背後に見える大群は確実に僕らの戦力を凌駕している。
一切そんな噂を聞かなかったのは、モンスターたちが勇者である僕らだけを狙って襲ってきたからだ。これまで通った何百人もの一般人を見逃して……こんな周到で狡猾な戦い方は、「拷問人」の仕業に違いない。
「レッドナイヤー自体は貿易における重要な拠点であり、強固な国軍に守られているはず。流石にそこまでは化けた魔物も入り込めないでしょう。」
「ならば、レッドナイヤーまで抜けてしまえばひとまずは安全であろう。走り抜けるぞ!」
そんなドクター・パスラスとトカゲ族のロアネシュの提案で、僕らは逃げる選択肢を取ったわけである。

……だが、長い。山を安全に抜けるために作られたこの洞窟は、言い換えれば山を直線で突っ切る形なのだから、当然その長さも山ほどというわけだ。
背後から大量のモンスターに追われ、薄暗い洞窟を全力疾走。襲い来る弓矢と魔法を打ち落としながら……そんなムチャクチャな行軍、洞窟の終わりまで持つ気はしない。
「ドラベル!あんた海賊ならレッドナイヤーくらいは来たことあるでしょう!?あとどれくらいか分かんないの!?これ以上逃げ続けるなんて、足が持たないわよ!?」
「あたしゃ陸の道は知らないよ!勇者様ァ!やっぱり戦うしかないんじゃあないのかい!?」
「私は一度ここを通ったことがある、松明の近くに残りの距離が書いてある!……とはいえ、あまり近いとは言えないな!」
女格闘家のドルアと女海賊のドラベルが叫び合い、「美剣士」を自称する男剣士のミトカラルトが付け足す。やはり三人とも同じ考えだ。
その後ろでは、吟遊詩人のカイネルがずっと【旅の歌】で僕らの逃走を助けてくれている……が、明らかに息が上がって、足の運びも遅くなっている。
彼はもとより、とある村の普通の青年だ。ただちょっと村の文化で声に不思議な力を纏っていて、ただちょっと村の風習で勇者に付いていく定めだっただけ。
その力を活かして「吟遊詩人」として僕らのサポートに回ってくれているが、戦いの中で生きてきた僕らとは体力が違うのだ。
このままでは確実に、カイネルが背後のモンスターたちに追いつかれる……仲間を見捨てるわけにはいかない、やっぱりここで戦うか……!

「勇者様っ!逃げ続けましょう!」
僕が決意を固めて足を止めると同時に、普段はおとなしいカイネルの声が強く響く。同時に、響く歌も切り替わる。
今歌っている【護りの歌】はその名の通り、護りの力を高めるもの。なるほど、敵の遠距離攻撃は「打ち落とさない」ということか!
「分かった!皆!迎撃をやめて走ることに集中するんだ!」
即座にその意図を汲み、皆に檄を飛ばす。松明のそばを確認すると、飛んでくる攻撃を無視できるなら残りも十分走り切れる距離だ……!
皆も分かってくれたのか、武器を降ろし構えを解いて走りだす。少し、いやかなり痛いが、逃げきれないよりはずっといい……と、思っていると後ろから大きく砂の音がした。
それは、ザッ、と足を止める音。その主は、リュートを構えて敵をにらみつけている。

カイネルは、後ろから襲い来る敵に立ち向かっていた。

「カイネル!?何をやってるんだ、君も逃げるんだろ!?」
ゆっくりと、両手を広げるカイネル。まるで、ここにいるぞと挑発するように。
「ボク、ずっと足手まといだったから……今ここで……頑張んないと……!」
動かない的を見つけたモンスターたちは、嬉々としてそれぞれの獲物を構える。
「くっ……皆!カイネルを援護……っ」
言いかけて、ぐいっ、とドラベルの強い力に引っ張られる。構えかけた剣が暴れて、ドラベルの服を少し裂いた。
「何するんだドラベルッ!カイネルを助けてあげないと……」
「何すんだはこっちのセリフだバカ勇者ッ!カイネルの漢気を無駄にすんじゃねぇ、アイツはお前に逃げろっつったんだぞ!」
っ、言葉に、詰まる。カイネルは僕らの中で一番の泣き虫だ。……もともとただの村人なんだから仕方がないけれど。
ドルアが訓練で付ける生傷に驚いてはドルアよりも泣いて。パスラスがロアネシュの手当てをしているときも、ミトカラルトが瀕死の傷を負った時もそうだ。本人よりも、痛そうに泣く。
戦いの中で感覚が鈍った僕らの中で、誰よりも痛みに敏感で、誰よりも痛みに怯えていて……だから誰よりも、優しかった。
そんなカイネルが……囮を、誰に言われるでもなく、引き受けた。それも、確実に死んでしまう囮だ。
そんなカイネルの決意を、僕は踏みにじりかけたのか……。
「……っ、分かった、ドラベル。離してくれ……。走ろう。逃げるんだ。カイネルのために。」
パッ、とドラベルの手が離れる。急いで走り出して……カイネルの方を、振り向いてしまった。
「カイネルっ、避け……」「最後は、泣かない……!」
僕らの祈りの声を、カイネルの上ずった声を。上書きするように、鈍い音がいくつも響く。歌が途切れる。
あまりにも、残酷な最期。後ろ姿でもわかる、カイネルは最後まで怯えていて……きっと、泣いてすらいた。何が泣かないだ、何が足手まといだ……!
君は、カイネルは、こんなにも「勇者」じゃないか……ッ!
ザッ、とまた、砂の音。今度はカイネルが膝を付いた音だ。ぐらりと頭が揺れて、大きく後ろに倒れこむ。ちらりと顔が見えたカイネルは……

涙まみれで、笑っていた。

「カイネルーーーーッ!!!!」
「っ……カイネル殿……」
「アタシぁアンタのことバカにしてたけど……『漢』じゃねぇか……カイネル……!」
「…………」
「くっ……このミトカラルト、その魂に敬意を……」
「……走るわよ、皆。カイネルの勇気を無駄にしないために……!」
残りの距離はもうない。カイネルのため、レッドナイヤーまで走り抜けるんだ……っ!