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【006】もうブレーキは踏まない?

 アクセル、ブレーキ、クラッチ、右からABCと覚えるべし。なんて教習所で教わった。いや、友達の兄貴からだったか。いずれにせよ、初めて乗った車はクラッチ付き。エンストさせないように緊張したのが懐かしい。でも、クラッチ付きの車なんてもう何年も乗ってない。マイカーはずっとオートマ。ペダルは2本だけ。それが電気自動車(EV)のホンダeで、ついに1本になってしまった。

 ペダルそのものは2本ある。アクセルとブレーキ。一般的なAT車と同じ。でも「シングルペダルコントロール」というモードがあって、スイッチを操作すると、右端のペダルがアクセル・ブレーキ兼用になるのだ。遊園地の電動カートを思い出してもらうといいかも。踏んだらヒューと走って、離せばググッと止まる。

 最初は怖くて使えなかった。普通のオートマ車だと、加速はアクセル、減速はブレーキ、どちらのペダルも「踏む」動作。でも、シングルペダルのブレーキは「踏み加減」ではなく、「離し加減」で調整する。じわっと踏むのは慣れていても、じわっと離すのは……至難の技。ふと、クラッチを思い出した。そういえば、あれも「離し加減」だった。ということは左足ならできる!……わけないよね。姿勢が無理すぎ。

 アイドリング状態で車が進む「クリープ現象」がなくなるのも、低速でギクシャクする原因に。少しずつ踏力を抜く動作には、これまで使っていなかった筋力が必要だったらしく、ドライブ中に足がつったりもした(やばい!と思ってすぐ休憩)。それでも、そこそこ使いこなせるようになるのに、そんなに時間はかからなかったと思う。

 そして慣れてしまうと、もう2本には戻れない。シンプルさが気持ちいいのだ。操作としてはペダルを左右に踏み替える動きが省略されただけ。コンマ何秒の違いだけど、感覚的にはまったく違う。ほんのわずかな圧力の変化にもダイレクトな反応が戻ってくる。モーターと右足が直接繋がっている感じ。

 加えて、安全運転になった。シングルペダルコントロールの減速は、内燃車をエンジンブレーキだけでドライブするようなイメージ。「離し加減」がわかってくると、この速度ならこれぐらいブレーキがかかる、と予測できるようになる。出ている速度によってブレーキを加減するのではなく、設定された制動力から逆算して出す速度を決めていく。すると発進から停止までほんとにペダル1本で運転できてしまう。

 これが楽しい。もちろんブレーキペダルも使用可。急ブレーキが必要なこともあるからだ。だけど、一回も踏まない日の方が多い。ブレーキを”踏まない"ために、車間距離を取る。交差点も手前から減速。狭い道ではそもそもスピードを出さない。いまでは、クリープ現象のことも「勝手に車が動くなんて怖い」と思うように。自動車各社で呼び方は違うが、ワンペダル機能は合理的かつ享楽的。そのうちスタンダードになる予感がする。

 ただし、運転について保守的で、サイドブレーキがスイッチ式になったのも「使いにくい」とこぼしていた妻は、断固としてノーマルモードで乗っている。

(夕刊フジ/2021.10.7)

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