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戦国時代の二重人格



 藤本誠道は戦が大好きだ。戦は剣の技術と体力と、運がすべてを牛耳っている。血わき肉おどる
相手との戦闘もたまらない。鉄のにおいと生臭い血しぶき、鼻がもげるような馬の体臭、汗のにおいも男らしい。

いつか天下を取るような大将に仕えたい。
そして、自分のすべてを捧げるのだ。そのための準備はおさおさ、怠りない。


しかし満月になると、藤本はなぜか山奥に行く。そのときの藤本は、
武士ではなく、心優しい木こりとして、村人を助けているのだ。
冗談抜きで木こりとしての藤本は、ケガをした動物にも
手を差し伸べるような人間だった。


その満月の時の木こりに、恋をした女がいた。
満月がはじまると、どこからともなくやってくる藤本の謎に魅せられ、
なんとか彼の関心を引こうと、
髪をとかしてみたり
櫛やかんざしで飾ってみたり
髪油でにおいをつけてみたりした。

しかし、満月が終わると同時に、木こりはどこかに消えていく。
女は、木こりのあとをつけた。
ふしくれだった木の根や、足元をじゃまする下草にもめげず、
女は木こりを追いかける。

朝日がさしこんでくる山奥で、木こりはもとの藤本に戻る。
物影にかくれていた女は、
鎧を身につける藤本の足元に走り寄り、ひれ伏した。

「わたしも連れて行ってください」
女はかき口説いた。しかし藤本には、この女のことが
さっぱりわからない。
足で蹴飛ばすと、藤本は戦場へと出て行く。

そして、戦いがはじまった。藤本は、八面六臂の活躍をして、
戦場での賞金首となった。
命を狙われ、藤本は血みどろの鎧を誇らしげに見せながら、
次々と、兵士を倒していく。

女が、藤本の馬に駆け寄ってきた。
「藤本さま、どうか元に戻って!」
女が必死で言う。

「ええい、じゃまだ!」
藤本が、女を馬で蹴倒そうとしたそのとき、
木こりとしての藤本が目を覚ました。
「おゆうさん!」

女と木こりは、戦場を逃げだし、遠く山の彼方へと駆け去った。

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