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『失恋ってなんだろう』

初めて恋をした。
無精髭、短い金髪、透き通る空のような青い瞳、
たくましい胸の勇者さま。

彼は、あたしを助けに来てくれた。
宗教帝国のA国から、国境を越えて
となりの自由の国へ、逃がすために。

ぼくの父親は錬金術師で
先に亡命していた。
ぼくは人質にされていたんだ。
彼は、いともたやすく
見はりをノシて
ぼくの手を取った。

そのときの手のぬくもりが
あたしのハートを射ぬいた。
あたしは、導かれるままに
拷問部屋から逃げだしたんだ。

「このあたりの土地は、
わたしがよく知ってる。
わたしは、このあたりで育ったのだ」
彼は、そう言った。
そのとおりだった。
追ってくる敵の先を走る彼は
確実に、敵をかきまわしていた。

だけど、国境近くになって
父がその向こうで待っているのを見たとき、
あたしは急に逃げるのがイヤになった。

逃げている間は、彼といられたのだ。
彼に守られ、彼の先導に従っていればよかった。
いつまでも、彼のそばにいたかったんだ。

国境近くで立ち尽くすぼくを見て、
父が、呼び掛ける。
「ウィーナ! 走れ、走ってこっちへやってこい!」
彼も腕を取ってあたしをせかす。
「早くウィン、国境を越えればこっちのものだ!」

あたしは、歩みを止めて彼を見あげた。
「行きたくない」
彼は目を丸くしている。

「このままつかまりたいのか?
つかまったら、どんな目に遭わせられるか……
今度は拷問だけじゃ、すまない!」

「あなたとわかれるぐらいなら、死んだ方がましよ!」
あたしは叫んだ。
「なにをバカなこと言ってる。
お父さんが、悲しむぞ」
彼が諭すように言う。

あたしは、彼の胸に飛び込んだ。
「このまま、ずっと逃げようよ。
あなたとなら、生きていける」

彼はそっとぼくを押しのけた。
「悪いけど、きみのワガママに
つきあってられない」

あたしの恋は実らなかった。

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