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旅路

海が見える田舎町で家具屋を営んでいた祖父母が亡くなってから暫くが経つ。

不景気の現在はニトリやIKEAのテカテカしたファスト家具が猛威を奮っているけれど、お店には本革のソファだったり木製のテーブルだったり、カラフルな絨毯やカーテンが沢山あって、子どもながらにとても胸がときめく空間だった。
かくれんぼでカーテンの中にくるまったり、ベッドの間に隠れたりしてよく遊んだ。夜になると店は閉まり、昼間の明るさが嘘のように薄暗くなる。本来なら人にみせるべきではない空間にいるという事実や、薄暗い中に佇む家具が怪しげな魅力を放っているように感じて心が高揚したのを覚えている。

駐車場の裏では祖母がシソを育てていて、一度シソを取るから来いと連れ出された。シソって何か分からないし嫌だと抵抗したけどその後に食べたシソおにぎりが美味しくて、シソが好物だと皆んなに言って回った。でもよく考えたらシソは好物ではなかった。
家具屋と併設している祖父母の住居のリビングにはフカフカしたソファが2つと大きなテレビとBOSEのスピーカーがあった。今になって思うのだけれど、あの辺の家具や機器全部欲しい。
そして情緒的なメロディが流れるオルゴールが棚に飾ってあって、1人でよく聴いていた。その曲がシナトラのMy Wayだったと気がつくのは10年以上後のことだ。

祖父母の亡くなり方は気持ちの良いものではなく、その街に行くこともめっきり無くなってしまった。特に思い出すこともないなと思っていたけれど、記憶の断片は当時の香りそのままに蘇る。20年後を想像することは目眩がしてしまうが、20年前の景色を思い返すのは数秒で出来るのは不思議なことだと思う。

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