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インド現地法人への出向制度の整備(上)-税務上の留意点について-

文責:佐藤賢紀、高野一弘

日系企業のインド進出は増加傾向にありますが、インドの税務における留意点には深刻なものが多々あります。特にPE(恒久的施設)課税とGST(物品・サービス税)課税について、厳格な規制が定められています。本稿では、特にPE課税リスクに対処するための重要なポイントを解説します。海外出向時の税務問題に不安を感じる方々に必読の内容です。


1.はじめに

グローバルに展開している日系企業においては、海外の子会社や関連会社に、日本本社や他拠点の従業員を出向させることも多いでしょう。この際、日本国内のグループ会社間での出向と同様の制度を構築しようとする企業がありますが、日本国内の出向と海外への出向とでは、考慮すべき要素やリスクが全く異なります。特に、インドのように税制が複雑かつ税務当局が積極的な課税措置をとっている国では、そのリスクが顕著です。直近では、2022年5月のインド最高裁判所の判決を受けて、日系企業を含む外資系企業各社が、インド税務当局による追徴課税や通知、あるいは今後の課税措置への対応を迫られるケースがありました(本件については、「出向者の給与にかかる物品・サービス税(GST)課税問題アップデート」を参照)。

これらの税務リスクを管理するためには、出向のための枠組みや書面をしっかりと整備し、税務当局から説明を求められた際の対応を準備しておくことが必要です。本稿では、インド現地法人への出向にあたって、留意すべき税務上のポイントについて解説します。

2.インドへの出向にかかる費用負担と税務上の留意点

(1)PE課税とは

駐在員(出向者)の給与支払いおよび日本本社の出向費用負担に関して考慮すべき税務上の論点として、インドにおける日本本社の恒久的施設(Permanent Establishment:PE)認定課税リスクの問題があります。出向者の給与や費用については、日本本社が出向者の給与を負担、もしくは費用を支払っているという事実が、日本本社の社員としてインド国内で活動を行っているという認定につながりかねず、日本本社のPE認定課税リスクに影響するおそれがあります。

PEとは、一般に事業を行う一定の場所等をいいます。業務を行っている場所等がPEに認定されると、当該国に支店などの拠点を有していない場合でも、事業等活動から生じる所得について、当該国において課税されます。

インド現地法人への出向者は、通常、出向期間中、インド現地法人との雇用契約を締結しますが、日本本社との雇用関係も継続しているケースが多いかと思います。このような出向者について、日本本社のコントロールが継続しており、給与も日本本社が負担している場合は、日本法人の社員としてインド国内で活動を行っていると認定され、日本法人がPE認定を受けるリスクが高まります。反対に、インド現地法人が出向者に対する指揮命令を行っており、契約書面においても、インド現地法人の社員としての地位に基づいてのみインドで活動を行っていることを明確にしている場合は、インドの税務当局に対し、当該出向者のインドでの活動は、全てインド現地法人のために行われていることを強く主張でき、PE認定リスクを低減することができます。

(2)PE認定リスク検討の際の要素

PE認定リスクの検討のためには、以下の要素を確認しておくことが重要となります。

ア)出向者の給与、各種手当や費用の負担者、その支払方法
例えば、日本本社が出向期間中も出向者の給与等の一部を継続して負担するケースでは、「日本本社との雇用関係に基づき活動を行っている」との指摘につながりかねません。例えば、「較差補填」であるなど、日本本社が出向期間中も給与の一部を負担している理由を明確にし、その負担を行うことの合理性を主張できるように準備しておくことが必要です。

イ)出向者への指揮命令系統(レポートライン)および評価者
出向者が出向先の指揮命令に服していることは、インド現地法人の従業員としての地位に基づき勤務していることの根拠の一つとなります。この点に関連して、日本本社とインド現地法人の間で役務提供契約などが締結されるケースでは、日本本社からの指示に従う等、規定しているケースもよく見られます。しかし、出向者はあくまでもインド現地法人の指揮命令に服していること、日本本社からの指示は業務委託契約に基づくものであることを前提としたものであるという点について、適切に設計しておくことが重要です。

ウ)出向者が従うべき勤務条件、規則・ポリシー
出向者は、出向先の従業員として活動している以上、出向先の勤務条件等に従うことがその形式に整合します。しかしながら、出向者が、通常の現地従業員とは異なる、追加的なベネフィットを受け取るケースは多く見られます。このようなベネフィットについて、日本本社、インド現地法人、いずれからのものとするのかを明確にしておくことが肝要です。その上で、日本本社から受け取るものと整理する場合は、上述の通り、日本本社がそのコストを負担する理由を明確にしておくことが必要です。逆に、インド現地法人の負担とする場合は、インド現地法人との間で締結する雇用契約書や就業規則上に、当該出向者を対象とするベネフィットについて記載しておくことが求められます。

エ)出向者の業務により利益を得る主体
出向者が直接的に本社の便益になる業務を実施する場合、出向者が日本本社の社員として活動を行っているとの指摘を受けるリスクが高まります。このような場合は、日本本社とインド現地法人の間の業務委託契約により、インド現地法人が日本本社向けのサポート業務を受託して行うことを明確にして、出向者の業務があくまでもインド現地法人の業務の一部として実施されているというストラクチャーとすることが考えられます。当然、業務委託対価の設定は必要となりますが、PEリスクを低減するという観点からは有効な手段となります。

3.小括

具体的な出向スキームの整備に関しては、出向に関する契約書や雇用契約書、現地法人の規則等の策定といった、法的書面等への落とし込みが重要となります。また、出向者の業務内容に合わせて、法人間の役務提供契約の検討が必要となることもあるものと考えられます。これらは法務と税務が密接に関連する分野であり、日本本社とインド現地法人、法務と税務の担当者等、関係者間で有機的な議論・すり合わせを行うことが肝要です。

なお、税務上の留意点を踏まえた対応策、法的書面の整備については、「インド現地法人への出向制度の整備(下)―リスクを踏まえた出向スキームの整備について―」にて解説します。


執筆者

佐藤 賢紀
AsiaWise Legal Japan パートナー
弁護士(日本)
<Career Summary>
2004年東北大学法学部、2009年首都大学東京法科大学院を卒業、同年司法試験合格。2010年弁護士登録。8年間都内法律事務所にて勤務した後、AsiaWise法律事務所入所。2010年の弁護士登録後、都内法律事務所にて勤務。中小企業から上場企業まで様々なコーポレート案件や、裁判等を中心に執務。
<Contact>
yoshinori.sato@asiawise.legal

高野 一弘
AsiaWise Group Tax Team Leader
公認会計士、税理士
<Career Summary>
大手監査法人にて法定監査業務に従事した後、大手税理士法人にて国内・国際税務コンサルティング業務に従事。同法人在籍中に、インド・デリーに駐在。その後上場企業にて税務部リーダーとして企業内から税務業務に従事し、現在に至る。特にクロスボーダー案件に関して豊富な実務経験を有する。
<Contact>
kazuhiro.takano@asiawise.legal


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